海藤文字

ホラー小説を書いています。 第4回最恐小説大賞受賞作「悪い月が昇る」竹書房より発売中!…

海藤文字

ホラー小説を書いています。 第4回最恐小説大賞受賞作「悪い月が昇る」竹書房より発売中! https://www.amazon.co.jp/dp/4801939937

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  • 空き家の子供

    創作大賞・ホラー部門参加の長編ホラー小説です。空き家に潜む「子供」の恐怖を、現在(冬)と過去(夏)を交錯させながら描きます。

  • 悪い月が昇る

    第4回最恐小説大賞受賞の海藤文字「悪い月が昇る」発売中です。夏の山荘を舞台に、現実と幻想が交錯するホラー小説です。

最近の記事

空き家の子供 第16章 過去・夏(8)

第16章 過去・夏(8) 空き家に行けなくなって、数日が過ぎた。  お母さんの言う通りに、聡子は絵を描くのをやめた。かと言って何か新しいことを始める気にもなれず、目標を失って張り合いのない日々が続いた。  朝も出かける準備をしてそわそわすることがなくなったので、妙に余裕ができてしまった。聡子は台所に立って、朝ごはんの用意をするお母さんの手伝いをしさえした。 「珍しいねえ」とお母さんは言った。「これからもっと早く起きて、お父さんの朝ごはんの用意もしてくれたらどう?」 「うーん。

    • 空き家の子供 第15章 現在・冬(8)

      第15章 現在・冬(8) トラックと正面衝突した車は大破し、運転席にいた父は即死、助手席にいた母も搬送された病院で死亡した。トラックのドライバーは軽いけがで済んだ。私は大けがを負ったが、命は取り留めた。  体中に包帯をまかれギブスをはめられて、病院のベッドで私は目覚めた。事故から二日が経っていた。自分が生きていることを確かめながら私は、あの子が父と母を取って行ったことを知った。祖母もだ。祖母の遺骨は事故現場に散乱して、とても回収は不可能だったと聞いた。  私だけは取り損ねたの

      • 空き家の子供 第14章 過去・夏(7)

        第14章 過去・夏(7) 八月の半ば。私は空き家に入れなくなった。  もうすぐお盆休みという頃、いつものように穴に近づいた聡子は、塀の向こうに声を聞いた。ドキッとしたが、あの子の声じゃない。男の子たちの話し声だった。  聡子は身を屈め、素早く穴をくぐり抜けた。音を立てずに茂みを通り抜ける技を、聡子は既に身につけていた。茂みの影から覗き見ると、空き家の前には四人の子供たちがいた。  そのうちの一人は、慶太だった。あとの三人も、クラスの男子たちだ。しげっちょ、タクヤ、はまちー……

        • 空き家の子供 第13章 現在・冬(7)

          第13章 現在・冬(7) 通夜の夜。蒼太が帰っていった後、親戚たちも皆帰ってしまって、私たち家族三人だけが会館に泊まった。  会場の奥にある畳敷きの宿泊室に布団を敷いて、久々に親子三人並んで横になった。私は今夜も眠れそうにないと思っていたし、もし夢を見て悲鳴を上げるようなことになったらどうしようと、密かに心配していた。  明かりを消してずいぶん経ち、誰かの寝息が聞こえ始めた頃に、  ポーン  エレベーターの音がした。  父がもぞもぞと起き上がった。その暗い影が闇の中に見える。

        空き家の子供 第16章 過去・夏(8)

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        • 空き家の子供
          16本
        • 悪い月が昇る
          3本

        記事

          空き家の子供 第12章 過去・夏(6)

          第12章 過去・夏(6) 少し迷いがあったけれど、聡子はやっぱり空き家へ向かった。描きたい絵のことを思い浮かべると、気持ちがうずうずしてきてしまった。それでもまだ迷っていた聡子の背中を、最終的に押したのはお母さんの一言だった。 「今日は絵はやめときなさいよ」と、出かける際にお母さんは言った。 「どうして?」 「毎日描かなくたっていいでしょ? 勉強でも友達と遊ぶでもいいけど、もっと為になることしなさい。だいたい、そんなにいっぱい描いてどうするの?」  反発心がむくむくと立ち上が

          空き家の子供 第12章 過去・夏(6)

          空き家の子供 第11章 現在・冬(6)

          第11章 現在・冬(6) 祖母の遺体は通夜の会場である葬儀社の会館へ運ばれていった。母に続いて父も帰宅し、私たちは父の運転する車で会館へと移動した。運転席に父、後部座席に母と私。助手席にはお通夜と葬儀のための着替えを入れた大きな鞄が積まれていた。  年末に向かう時期、道路はひどく渋滞していた。父はイライラと体を揺すりながら、何度も大きなあくびをした。 「大丈夫?」と母が聞いた。「着いたらしばらく昼寝する?」 「大丈夫。今日明日はきばるさ」  父は答えた。が、また大きなあくびが

          空き家の子供 第11章 現在・冬(6)

          空き家の子供 第10章 過去・夏(5)

          第10章 過去・夏(5) 聡子は夢を見た。今から二十年前、空き家がまだ空き家ではなかった頃の夢だ。  白い壁に赤い屋根。二階の窓ではカーテンが風にそよいでいる。平屋の雨戸は開け放たれ、風鈴が微かな音を立てる。畳の上には小さな木馬があって、僅かに揺れていた。古いおもちゃだ。ピンク色のペンキがあちこち剥げて、木の地肌が見えていた。  まだ空き家ではない。まだ廃墟ではないけれど、この家自体が既に古びて、ペンキの剥げた木馬のように感じられた。花柄の壁紙はまだ健在だけれども、継ぎ目の部

          空き家の子供 第10章 過去・夏(5)

          空き家の子供 第9章 現在・冬(5)

          第9章 現在・冬(5) 祖母は真夜中過ぎに臨終を迎えた。両親と私が最期を看取った。既に意識もなくなっていて、ただ装置の数値を見守るだけ。私は強い感慨は感じなかった。 「とにかく、一旦家に帰りなさい」と父が言った。「お父さんとお母さんは、まだいろいろとやることがあるみたいだから」 「私も手伝うよ」 「私たちだけで大丈夫よ」と母が言った。「どうせ、待ち時間が長いみたいだから。疲れたでしょう。家に帰って休みなさい」  なんだか両親とも優しくて、私は居心地が悪かった。  看護士さんが

          空き家の子供 第9章 現在・冬(5)

          空き家の子供 第8章 過去・夏(4)

          第8章 過去・夏(4) 夕方、二階の自分の部屋で、聡子はスケッチブックを一枚一枚、丹念に見直してみた。最初の日に描いた絵と今日の絵だけでなく、他の絵にも影が隠れていることに聡子は気づいた。  よく目を凝らして見るといくつもの絵で、洋館の窓に、雨戸の隙間に、うっすらと人の形が潜んでいた。ただ黒く塗りつぶしただけであったつもりの場所に、他より僅かに黒の濃い輪郭が潜んでいる。自分でも気づかずに、そんなものを描いていた。いや、描かされていたのだろうか。聡子はぞっとした。  一人でいら

          空き家の子供 第8章 過去・夏(4)

          空き家の子供 第7章 現在・冬(4)

          第7章 現在・冬(4) 十二月に入ると、街には大勢の人が溢れた。夜の飲食店はどこもいっぱいで、私と彼は冷え込む夜の街を長いことさまよい歩いた。駅のガード下にある大衆居酒屋にようやく落ち着いた頃には、私の体は冷え切っていた。 「とりあえずビール」と彼、大塚は言った。 「この寒いのに?」と私は呆れた。 「聡子はお湯割りにする?」 「ううん、熱いウーロン茶で。ウーロンハイじゃなくて、ウーロン茶」 「なんだ、飲まないの?」 「酔っ払いたくないの」  大塚は少し心配そうな目つきで私を見

          空き家の子供 第7章 現在・冬(4)

          空き家の子供 第6章 過去・夏(3)

          第6章 過去・夏(3) 毎日、聡子は空き家に出かけていった。二日目以降荷物に増えたのは、蚊取り線香と虫除けスプレー、蚊取り線香に火をつけるためのマッチ、ペットボトルの水が二本(絵の具用に水道水を詰め直したものと、自分が飲む用に未開封のもの)、それにペンタイプの懐中電灯が一つ。それから汗を拭くタオルを持って、帽子も被った。  荷物を画材バッグに詰め込んで、もう片方の手にはスケッチブック。気温が上がるほどにひと気が消える町を歩いて、聡子はまっすぐアパートの裏へと向かった。左右を伺

          空き家の子供 第6章 過去・夏(3)

          空き家の子供 第5章 現在・冬(3)

          第5章 現在・冬(3) 祖母が入院した。十一月の終わりに近い日曜日、私は病院に出かけていった。  病院へ向かう途中の地下鉄の駅で、私は子供の声を聞いた。私を遊びに誘う声。あの日以来、私は度々その声を聞くようになっていた。  いーれーてー……  あーそーぼー……  ひと気の少ない日曜の午後のホームに、どこからか声が聞こえてくる。周りを見ると、列車を待つ乗客は誰も聞こえていないようだ。平然と、本を読んだりスマホをいじっている。  どうやら声が聞こえるのは、私だけのようだ。そういえ

          空き家の子供 第5章 現在・冬(3)

          空き家の子供 第4章 過去・夏(2)

          第4章 過去・夏(2) 聡子が絵を描く準備をする間、慶太はポケットに手を突っ込んでうろうろし、空き家の様子を眺めていた。 「なんかここ、くせーなあ」と慶太は言った。ぷらぷらと歩き、近くにあった石の筒を覗き込む。井戸のようだ。  井戸に向かって、慶太は「あーっ!」と大声をあげた。反響させようとしたようだが、思ったほどの効果はなかったようだ。つまらなそうに、井戸から離れる。 「どっかに死体でもあるんじゃないか?」と慶太は言った。 「やめてよ」  ぞっとして、聡子は振り返った。 「

          空き家の子供 第4章 過去・夏(2)

          空き家の子供 第3章 現在・冬(2)

          第3章 現在・冬(2) 音もなく降り続く冷たい雨の中、私は逃げるように、足早に歩いた。空き家の子供からだけでなく、慶太の冷たい視線からも逃げるように。  相変わらず、通りにはまったくひと気がなくて、この町は無人のようだった。細かい雨は、町の輪郭をぼんやりとあいまいにしていた。  私は何度も気配を感じた。後ろから、何かがついて来る気配。何かが走って来て、近づいたり離れたりしている気配。  それでも私は振り向かなかったし、立ち止まりさえしなかった。一定のペースを緩めず、早足で家ま

          空き家の子供 第3章 現在・冬(2)

          空き家の子供 第2章 過去・夏(1)

          第2章 過去・夏(1) 十五年前の夏、小学校が夏休みに入った最初の日。十一歳の平井聡子は、朝からそわそわしていた。朝ごはんを食べる間も、お母さんがパートに出かける準備をしている間も、ずっと落ち着かず時計ばかり見ていた。  お母さんはそんな聡子を訝しげに見つめた。 「あんた、何か悪だくみしてるでしょ」 「何のこと?」聡子はとぼけた。「悪だくみなんてしてないよ」  お母さんは全然信用していない様子だったが、どのみちもう出勤しなくちゃいけない時間だった。 「何するつもりかしらないけ

          空き家の子供 第2章 過去・夏(1)

          空き家の子供 第1章 現在・冬(1)

          あらすじ現在・冬。久しぶりに実家に帰った私(平井聡子)は、子供の頃に深い関わりのあった「空き家」が壊されたと知る。その跡地に出かけた私は、「空き家の子供」に襲われる。危ないところで近所に住む慶太に助けられるが、慶太は「捕まればよかったのに」と言うのだった……。 過去・夏。十五年前、十一歳の平井聡子は、空き家の絵を描くことに夢中になっていた。クラスメートの慶太の導きで空き家に入った聡子は、「空き家の子供」の呼ぶ声を聞く……。 現在と過去が交錯しながら進行する物語。十五年前の空き

          空き家の子供 第1章 現在・冬(1)