海藤文字

ホラー小説を書いています。 第4回最恐小説大賞受賞作「悪い月が昇る」竹書房より発売中!…

海藤文字

ホラー小説を書いています。 第4回最恐小説大賞受賞作「悪い月が昇る」竹書房より発売中! https://www.amazon.co.jp/dp/4801939937

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  • 空き家の子供

    創作大賞・ホラー部門参加の長編ホラー小説です。空き家に潜む「子供」の恐怖を、現在(冬)と過去(夏)を交錯させながら描きます。

  • 悪い月が昇る

    第4回最恐小説大賞受賞の海藤文字「悪い月が昇る」発売中です。夏の山荘を舞台に、現実と幻想が交錯するホラー小説です。

最近の記事

【書評】 宇津木健太郎「猫と罰」

「猫と罰」の宇津木健太郎さんは、「第2回最恐小説大賞」受賞のホラー小説「森が呼ぶ」でデビューした人です。 私(海藤文字)と同じ賞の先輩なので、勝手に親しみを感じている作家さんです。 賞を一つとるだけでもすごいのに、更に今回、「猫と罰」で日本ファンタジーノベル大賞を受賞されました。 新人賞を2回受賞! す、すごい。 それだけに、「創作」への思いは並々ならぬものがある人なのだと思います。 「森が呼ぶ」は最恐にふさわしい、おぞましいホラーでしたが、「猫と罰」は全然ホラーじゃない

    • 【書評】 緒音百「かぎろいの島」

      最恐小説大賞は、小説投稿サイトのエブリスタと竹書房共催によるホラー小説のコンテストです。 2019年の第1回から、これまでに5回開催され、竹書房から6冊の単行本が刊行されています。 どれも、非常に個性豊かなホラー小説です。決して一つの方向に偏らず、様々なタイプのホラー小説を選んでいるのが、最恐小説大賞の特色じゃないでしょうか。 (「最恐」という言葉が目立っちゃいますが、決して「恐い」だけではないというか。ミステリ調であったり、イヤミスであったり、SF的であったり、今をとき

      • 空き家の子供 第21章(終章) 現在・春

        終章 現在・春 そして十五年が過ぎ、私は今も聡子の体の中にいた。  新しい空き家になった我が家の前で、私はしばらく放心状態だった。肺が落ち着き、鼻血が止まるのを待ってから、私は携帯でタクシーを呼んだ。タクシーが着くと、杖を失った私は這いずりながら植え込みの影から現れた。タクシーの運転手は幽霊でも見たような顔をしたけれど、落ち着きを取り戻すと私が乗り込むのを手伝ってくれた。  タクシーの窓から、最後に私は空き家を眺めた。あの子が……聡子が、そこから出て来ようとする気配はなかった

        • 空き家の子供 第20章 過去・夏(10)

          第20章 過去・夏(10) いーれーて……  あーそーぼ……  くすくすくすくす。まるで楽しい遊びがようやく始まったとでもいうように、闇の中の少女は嬉しそうに笑い続けていた。笑いながら、時々遊びに誘う呼び声を上げながら、聡子と慶太の周りを走り回った。 「幽霊なんか怖くないぞ!」と慶太が怒鳴った。「なんだよ、もうとっくに死んでる幽霊のくせしやがって……」  ドン、と何かが勢いよくぶつかって、聡子と慶太は突き飛ばされた。繋いでいた手を離してしまい、思わず床に手をつく。見えない床は

        【書評】 宇津木健太郎「猫と罰」

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        • 空き家の子供
          21本
        • 悪い月が昇る
          3本

        記事

          空き家の子供 第19章 現在・冬(10)

          第19章 現在・冬(10) 私は夢を見た。空き家の夢だ。闇の中に取り残され、パニックになっている。私の周りを、声がぐるぐると回っている。  いーれーて……  いーれーて……  入れちゃダメだ、と私は思った。でも声が出ない。私の代わりに慶太が答えた。 「いいよ」  私は絶望した。入れちゃダメなのに。  取り留めなく、夢は移り変わっていった。闇が退き、光が溢れる。蔓草が伸びて、緑がはびこり、次々と花が咲いていく。濃厚な緑に満ちた庭に私はいて、体は小さくなっていた。子供だ。体は羽根

          空き家の子供 第19章 現在・冬(10)

          空き家の子供 第18章 過去・夏(8)

          第18章 過去・夏(8) 雨を逃れて、洋館の一階の洋間へと聡子と慶太は入って行った。二人の足下で、床の落ち葉がガサガサと大きな音を立てた。聡子はバッグとスケッチブックを落ち葉の積もる床に置いた。  振り返ると、雨はあっという間に激しさを増していた。庭の草木が、勢いよく降る雨に一気に洗われていく。緑の葉はツヤを増して光り、地面にはいくつもの川の流れができ始めている。  ザーッという雨の音が、家全体を包んでいた。  画材バッグからタオルを出して、聡子は濡れた髪を拭いた。顔を上げて

          空き家の子供 第18章 過去・夏(8)

          空き家の子供 第17章 現在・冬(9)

          第17章 現在・冬(9) やがて二月になって、私は退院した。  大塚が車で迎えに来てくれた。みかんとお節のおばさんたちが、ぱちぱちと拍手して私を見送ってくれた。  私はまだ杖をついていたが、片方だけのシンプルな杖になっていた。歩くのもずいぶん速くなった。玄関へと向かう私に、トレーナーの澤田さんが並んで歩き、 「うん。大丈夫。リハビリはばっちりですね」と言った。 「おかげさまで。ありがとう」 「すごく頑張ったから。杖が完全にとれるまでもう少しリハビリに通っていただくことになるけ

          空き家の子供 第17章 現在・冬(9)

          空き家の子供 第16章 過去・夏(8)

          第16章 過去・夏(8) 空き家に行けなくなって、数日が過ぎた。  お母さんの言う通りに、聡子は絵を描くのをやめた。かと言って何か新しいことを始める気にもなれず、目標を失って張り合いのない日々が続いた。  朝も出かける準備をしてそわそわすることがなくなったので、妙に余裕ができてしまった。聡子は台所に立って、朝ごはんの用意をするお母さんの手伝いをしさえした。 「珍しいねえ」とお母さんは言った。「これからもっと早く起きて、お父さんの朝ごはんの用意もしてくれたらどう?」 「うーん。

          空き家の子供 第16章 過去・夏(8)

          空き家の子供 第15章 現在・冬(8)

          第15章 現在・冬(8) トラックと正面衝突した車は大破し、運転席にいた父は即死、助手席にいた母も搬送された病院で死亡した。トラックのドライバーは軽いけがで済んだ。私は大けがを負ったが、命は取り留めた。  体中に包帯をまかれギブスをはめられて、病院のベッドで私は目覚めた。事故から二日が経っていた。自分が生きていることを確かめながら私は、あの子が父と母を取って行ったことを知った。祖母もだ。祖母の遺骨は事故現場に散乱して、とても回収は不可能だったと聞いた。  私だけは取り損ねたの

          空き家の子供 第15章 現在・冬(8)

          空き家の子供 第14章 過去・夏(7)

          第14章 過去・夏(7) 八月の半ば。私は空き家に入れなくなった。  もうすぐお盆休みという頃、いつものように穴に近づいた聡子は、塀の向こうに声を聞いた。ドキッとしたが、あの子の声じゃない。男の子たちの話し声だった。  聡子は身を屈め、素早く穴をくぐり抜けた。音を立てずに茂みを通り抜ける技を、聡子は既に身につけていた。茂みの影から覗き見ると、空き家の前には四人の子供たちがいた。  そのうちの一人は、慶太だった。あとの三人も、クラスの男子たちだ。しげっちょ、タクヤ、はまちー……

          空き家の子供 第14章 過去・夏(7)

          空き家の子供 第13章 現在・冬(7)

          第13章 現在・冬(7) 通夜の夜。蒼太が帰っていった後、親戚たちも皆帰ってしまって、私たち家族三人だけが会館に泊まった。  会場の奥にある畳敷きの宿泊室に布団を敷いて、久々に親子三人並んで横になった。私は今夜も眠れそうにないと思っていたし、もし夢を見て悲鳴を上げるようなことになったらどうしようと、密かに心配していた。  明かりを消してずいぶん経ち、誰かの寝息が聞こえ始めた頃に、  ポーン  エレベーターの音がした。  父がもぞもぞと起き上がった。その暗い影が闇の中に見える。

          空き家の子供 第13章 現在・冬(7)

          空き家の子供 第12章 過去・夏(6)

          第12章 過去・夏(6) 少し迷いがあったけれど、聡子はやっぱり空き家へ向かった。描きたい絵のことを思い浮かべると、気持ちがうずうずしてきてしまった。それでもまだ迷っていた聡子の背中を、最終的に押したのはお母さんの一言だった。 「今日は絵はやめときなさいよ」と、出かける際にお母さんは言った。 「どうして?」 「毎日描かなくたっていいでしょ? 勉強でも友達と遊ぶでもいいけど、もっと為になることしなさい。だいたい、そんなにいっぱい描いてどうするの?」  反発心がむくむくと立ち上が

          空き家の子供 第12章 過去・夏(6)

          空き家の子供 第11章 現在・冬(6)

          第11章 現在・冬(6) 祖母の遺体は通夜の会場である葬儀社の会館へ運ばれていった。母に続いて父も帰宅し、私たちは父の運転する車で会館へと移動した。運転席に父、後部座席に母と私。助手席にはお通夜と葬儀のための着替えを入れた大きな鞄が積まれていた。  年末に向かう時期、道路はひどく渋滞していた。父はイライラと体を揺すりながら、何度も大きなあくびをした。 「大丈夫?」と母が聞いた。「着いたらしばらく昼寝する?」 「大丈夫。今日明日はきばるさ」  父は答えた。が、また大きなあくびが

          空き家の子供 第11章 現在・冬(6)

          空き家の子供 第10章 過去・夏(5)

          第10章 過去・夏(5) 聡子は夢を見た。今から二十年前、空き家がまだ空き家ではなかった頃の夢だ。  白い壁に赤い屋根。二階の窓ではカーテンが風にそよいでいる。平屋の雨戸は開け放たれ、風鈴が微かな音を立てる。畳の上には小さな木馬があって、僅かに揺れていた。古いおもちゃだ。ピンク色のペンキがあちこち剥げて、木の地肌が見えていた。  まだ空き家ではない。まだ廃墟ではないけれど、この家自体が既に古びて、ペンキの剥げた木馬のように感じられた。花柄の壁紙はまだ健在だけれども、継ぎ目の部

          空き家の子供 第10章 過去・夏(5)

          空き家の子供 第9章 現在・冬(5)

          第9章 現在・冬(5) 祖母は真夜中過ぎに臨終を迎えた。両親と私が最期を看取った。既に意識もなくなっていて、ただ装置の数値を見守るだけ。私は強い感慨は感じなかった。 「とにかく、一旦家に帰りなさい」と父が言った。「お父さんとお母さんは、まだいろいろとやることがあるみたいだから」 「私も手伝うよ」 「私たちだけで大丈夫よ」と母が言った。「どうせ、待ち時間が長いみたいだから。疲れたでしょう。家に帰って休みなさい」  なんだか両親とも優しくて、私は居心地が悪かった。  看護士さんが

          空き家の子供 第9章 現在・冬(5)

          空き家の子供 第8章 過去・夏(4)

          第8章 過去・夏(4) 夕方、二階の自分の部屋で、聡子はスケッチブックを一枚一枚、丹念に見直してみた。最初の日に描いた絵と今日の絵だけでなく、他の絵にも影が隠れていることに聡子は気づいた。  よく目を凝らして見るといくつもの絵で、洋館の窓に、雨戸の隙間に、うっすらと人の形が潜んでいた。ただ黒く塗りつぶしただけであったつもりの場所に、他より僅かに黒の濃い輪郭が潜んでいる。自分でも気づかずに、そんなものを描いていた。いや、描かされていたのだろうか。聡子はぞっとした。  一人でいら

          空き家の子供 第8章 過去・夏(4)