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コーディネーターはスワンボートに乗ってⅤ②§ Lakta Vojo : Milky Way §

 得意気なフリーコックが指したのは、運河の十字路。目的の岸の手前に、流れがぶつかる場所がある。こちらからの流れと、向かい側からくる流れ。それらがぶつかるところに、右側からの流れがぶつかっている。3つの流れがひとつになって、左の支流に入り込む。
 
 激しい飛沫。水音は、さっきまでそう気にならなかったのに、今はやけに耳について鼓動を走らせる。
 
「ぶつかりあいが起こっているところは、乗る流れを間違うと転覆しかねない。だから慎重に行かないといけないんだ。マルコがちゃんと状況を見て先導するし、チェルボは慎重派だから任せておけば安心。だけど、ちゃーんと掴まっておけよォ」
 
 転覆。この前の、運河にダイブとは危険レベルが違う。
 
 水面の流れよりも、水面下の流れのほうが急で、予測できない危険が潜んでいる。その怖さは、俺もよく知っている。子どもの頃、深みの急流に捕らわれて、危うく溺れかけたことがある。
 
 あの時は一瞬だったな、と思い出す俺の隣で、フリーコックはわざとらしく腕組み。そして、
 
「川の流れとは時に穏やかで、時に激しく、まさに人生そのもの。そして人生とは、旅そのもの……byオレ」
 
 人生じゃなく、ヒヒ生だろ。緊張感のないヤツ。操縦がチェルボで良かった。本当に。
 
 マルコとチェルボの息の合った動きで、ハウスボートは無事、目的地のポルクの岸辺に近づいた。目の前には、マルコが言っていた通りの光景。
 
 岸辺に設置された塀で、どちらの町の様子も窺えない。いつもならパッと飛び立ち、様子を見に向かうマルコだけど、今日はずっと、ボートのそばを飛んでいる。どうしたんだろう。
 
 不思議に思ってチラチラと見ていると、ブランカが甲板から身を乗り出した。
 
「Lakta Vojo」
「ん? なに?」
「ラクタ・ボーヨ。ポルクの名前みたいよ。素敵ね」
「素敵?」
「天の川って意味なの」
「え? こっちにも天の川があるのか?」
「知ってるの?」
「ああ」
「へえ。有名なんだね」
 
 ブランカは動揺もせずに言った。いや、これは大変な事実だぞ。
 
 
 俺達の世界とリンクしている部分がある?
 いや待て焦るな落ち着け
 呼び方が同じだけで
 別のものかもしれないじゃないか
 
 
 自分に言い聞かせるも鼓動は加速。一旦落ち着け。
 
 天の川について深く掘り下げるのは、今でなくてもいい。まずは、ブランカの知っていることを軽く、さくっと、聞いてみたらいい。
 
「なあ、って……はえーよ動きが!」
 
 ブランカの姿は、すでに右の岸に。上陸の喜びを表現しているのか、ただの体操かわからないけど、側転からのバク転を華麗に決めて見せる。
 
 いいぞォー、と歓声を上げたフリーコックに、俺は行き場を失った問いをぶつけた。
 
「フリーコック、ちょっといいか」
「どうした、船酔いか? 今ならトイレ空いてるぞ」
「いや、そうじゃなくて……このポルクの名前、聞き覚えがあったから」
「あれ、オレ教えてたっけ?」
「そうじゃなくて……天の川って言うんだろ?」
「そうだ。マサキのいたところにもあるよな」
「知ってるのか?!」
「知ってるさ、有名だし」
「それとこれって、同じなのか?」
「同じだけど、それがどうかしたのか?」
「あ、いや……なんで同じなのかなと思って」
「え、同じだとなんかマズイ? なんでなんで? 知りたい知りたーい!」
「うるせえな俺が聞いてんだけど」
「だってオレも聞きたいんだもーん」
「じゃ順番な。お前が先に答えろ」
「あらまあ強引だことォ。そんなに気になるのか?」
「気になるだろ。自分のいた世界との共通点みたいなものだし」
「そんなの、そこいら中にあるでしょーが。なんですか君は今更」
「今更って……」
 
 言われてみれば。町の様子、食べ物、着ている物。基本は一緒、といった感じ。今まで、そう深く考えなかった、というか、考えなくていいくらい自然と受け入れてた、ということなのか。
 
「マサキ?」
「ん?」
「大丈夫か? 疲れてるならボートで休んでてもいいんだぞ」
「え……あ、いや、大丈夫……悪い、考えすぎた」
「謝るなよォ、お前が考えすぎ男子なのは知ってるし」
「やめろってそれ」
「世界は繋がってるんだから、そっちの情報がこっちに伝わってることもあるさ。空も川も、どこにだって全部繋がってんだよ。だからお前もここにいるんだろォ。な?」
「な、って言われても」
「ほらぁ、大丈夫なら降りるぞ。依頼主がいるのは右の町だ。気合入れて行くぞォ!」
 
 右の岸辺にあるのは、係留施設、というよりは、船着き場、といった感じ。管理者はいなく、ひっそりとしている。一方の左の岸には、小型ボートが何艘も係留されている。橋を使わず、あれで行き来するのだろうか。
 
「おーいマルコ。塀の中の様子、見てきてくれるか?」
 
 フリーコックの呼びかけに、マルコは首を横に振った。


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