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Lunatic tears _ASTERISK 1

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Lunatic tears _ASTERISK 第1巻「静寂に奏でるアリア」
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記事一覧

LTRA4-1「End Of Holy Girl」

 朝一、信者に緊急の招集メールが届いた。渋谷の大教会にて緊急集会を開き、教団の未来についての重大発表を行う。来場するように、とのことだ。それにはモンドリヒトと署名が入っていた。
「……動き出したか……」
と詩応は呟く。それに反応したのは同室のアルスだった。日本語は判らないが、何か有ったことだけは想像できる。
 流雫とアルスはホテルでもよかったが、ほぼ連日それも如何なものか、と思った澪が、半ば強制的

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LTRA3-8「War For Accession」

 フランス人が避けながら突き出した足は、男の脛を引っ掛けた。文字通り足下を掬われた男は、盛大に転んだ弾みで銃を落としている。反撃の心配は無い。予想外の呆気なさに、アルスは僅かに唖然とする。
 男の後ろ首を掴み、腰に膝を突き立てる詩応。その表情には殺意を滲ませている。
 ……澪や流雫を危うく殺されるところだった。アルスと同じ黒幕への怒りが、その手下と思しき男に向く。 
「……背振は何処にいる!?」

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LTRA3-7「Broken Gears」

 ヴァイスヴォルフが、トラッカーを仕掛けられていた。完全に予想外の出来事だが、アリシアに伝える時間は無い。詩応は
「救急車が来るまで、アタシがつく!」
と言い、銃を持ったまま周囲を見回す。アルスが銃を持てない以上、今ヴァイスヴォルフを直接護れるのは彼女だけだ。
 詩応の視界に怪しい影は無い、但し今の瞬間は。ボーイッシュな少女は警戒を緩めない。
 白昼堂々、しかも割と近距離からの犯行。近くにグルがい

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LTRA3-6「Will In Abyss」

 ツヴァイベルク。アルスはその名前を思い出す。何度か耳にしたことが有ったからだ。
 「20年前、後に血の旅団を結成する過激派の連中を、片っ端から追放したことでも知られている。異名はムッシュ・エピュラシオン。ミスター粛清と云う意味だ」
とアルスは言う。彼が生まれる2年前から、その異名は変わっていない。
「今度は、クローンと云う反乱分子を粛清しようとした?」
「アデル失脚の報復として。そうとしか思えな

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LTRA3-5「Pride Of Mother」

 アルスから見せられた写真と同じ顔のドイツ人が、2人の目の前にいる。その片方は、テネイベールと同じ瞳の持ち主。2人の名前を知らないヴァイスヴォルフが、破壊の女神の名を口にしたのも或る意味では仕方ない。
 2人のことは、事件の動画で見ただけだ。
 腕時計に触れながら澪の1歩前に出た流雫は、しかし少し様子が違うことに気付く。ポーカーフェイス然としていても拭えないハズの戦意は、微塵も感じられない。
 「

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LTRA3-4「Unexpected Consensus」

 小さめの声で繰り広げられたフランス語のラリーは、店内の雑踏に容易く掻き消される。しかし、流雫とアルスにとっては好都合だった。
「前聖女の……」
と流雫は言う。アデルに関しては夜中、アルスから一通り教わっていた。
 「資質を理由とした失脚は前代未聞だ。本人にとっても最大の汚点だろう。だが、総司祭の過干渉がそうさせた。アデルもその意味では被害者だ」
一度は聖女に選ばれたのだから、やはりその点は評価さ

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LTRA3-3「Cling To Honor」

 「僕は……アリスを救いたい」
その言葉に目を見開く聖女。その目を見つめながら、流雫は続ける。
「聖女アリスを愛する人が……泣かなくて済むのなら」
 ……神でないものに縋る、それはタブーだと教えられて、アリスは生きてきた。人に頼ることを知らないまま育った。そして、助けるだの護るだのと言ってくる信者もいたが、全部言葉だけだった。
 今は、謂わば非常事態。それでも信じてはいけないのか、否か。予想外の言

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LTRA3-2「Lost Place」

 父の職場に泊まるのは初めてだったが、流雫とアルスが何処で夜を明かすか、と思えば逆に好都合。澪はそう思った。そうやって、少しでもポジティブになるものを見つけなければ、やってられないのが本音だ。
 性別の都合で流雫とは相部屋にできないのは、仕方ないが不満。だから澪は、隣のコンビニに行く口実で流雫を外に誘った。
 冷たいココアを口にした後で、臨海署裏の岸壁に並ぶ2人。こうして隣にいるだけで感じられる安

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LTRA2-13「Bit Of Light」

 「る……な……!?」
そう口にした澪の頬が濡れ、絶望と焦燥感が少女を支配する。
 やだ……!
「流雫……!」
最愛の少年の名を呼びながら近付く澪。その身体を抱え、唇を重ねる。この身体に残る全ての酸素を送りたい。
「……っ……!」
今人工呼吸しても、何の役にも立たないことぐらい判っている。しかし、何が何でも流雫を救いたい。その唇と絡めた指に残るほのかな熱に、一縷の希望を託して。

 大教会の前は騒

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LTRA2-12「Dancing Blue」

 アリスに背を向けて立ち上がった澪と、扉の近くに立つ流雫。その2人に挟まれる形の男は3人。揃って着ているネイビーのスーツは、太陽騎士団の制服のようなものだ。
 アリスがクローンだと知っていたから、撃った。敬虔な信者としての正義が暴走したのか。いや、そこまで高貴なものじゃない。そもそもどうやって、アリスの秘密を手に入れたのか。
 2人のスマートフォンがほぼ同時に鳴った。しかし、通知に目を通すことはで

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LTRA2-11「Roar Of Justice」

 赤毛の少女が気に入っているのは、ミルク多めのラテ。普段は恋人と一緒だが、今日も1人だ。窓側のカウンター席の端に座り、愛用のクリア地のタンブラーを傾ける。
 1人で飲むのはつまらないが、少し生意気なスパダリが地元にいない以上、仕方ない。偶には、それも悪くないのだが。
 しかし、好きな味さえも、少女を落ち着かせるには足りない。早朝の一報が引っ掛かっていたからだ。
 ……本来、アリシアは中国への偵察を

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LTRA2-10「Sense Of Distrust」

 レロワ・シュルツ・マルティネス。ドイツとの国境沿い、ストラスブールに構える東部教会の主で、元総司祭。娘のアデル・マルティネスを聖女に輩出した。
 ミドルネームからも判るように、ドイツとの縁が深く、今でもドイツの教会とは一定のパイプを有する。
 アデルが聖女の資格を剥奪されたことで、総司祭の座を失脚した。そして、東部教会のトップの座も追われた。肩身は狭くなったが、今でも教会の上級職に就き、常駐して

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LTRA2-9「Absolute Ally」

 2組の取調が終わったのは、ほぼ同時だった。フランス人3人は渋谷、日本人3人は臨海副都心と、それなりに離れている。2組の連絡役は流雫とアルス。
 誰も銃を持っていないことは、今に限ってはリスキーだ。しかし、プリィさえも見ていられないほど沈んでいるセバスを思えば、今は分かれたままでいることが最善策だと、流雫とアルスが思った結果だった。
 プロムナードの端に並ぶ3人の表情は暗い。アルスからのメッセージ

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LTRA2-8「Holy Teardrops」

 救急車のサイレンが止まり、救急隊員が駆け付ける。英語で応対するアルスは、流雫に短文のメッセージを残すと、フランス人2人に混じって救急車に乗る。
 心電図は、時々無機質な音を立てるだけだ。それが一層、3人を不安に陥れる。
 プリィはただ祈るだけだ。セバスはただ三養基を見つめている。そしてアルスは、スマートフォンの画面を見つめていた。
 恋人からのメッセージは、アルスにとって気を紛らわせるのに有効だ

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