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とるに足らないような日々の重なり

ルシア・ベルリン
綺麗な人だ。
そして、この本に詰まった短編の中に、人間の真実を見るようで何度も読む。

レイモンド・カーヴァーやリディア・デイヴィスをはじめ多くの作家に影響を与えながらも、生前は一部にその名を知られるのみであったという。

毎日の、ふとした瞬間の積み重ねが人生を作っているのだけれども、切り取り方次第でこんなに魅力的になるものなのか。
人を観察する、自分の内側を探索する・・・。
そして端的に表現される、日々のこと。


ルシア・ベルリンは、アラスカ生まれだという。
若い頃、ニューヨークに行くつもりで直行便に乗ったが、その飛行機が途中でエンジントラブルを起こし、アンカレッジに降りたことがある。
9月のことだった。
他に乗り換えることなく、飛行機の修理を待つ間に白夜を楽しんだ。
ヒルトンホテルの玄関には、真っ青な目に黒髪の美しいベルボーイがいたのを思い出す。

私は、そこで指輪をなくした。
小さな濃い青のサファイアのついたアンティーク。
アンカレッジ空港についてから気づきホテルに電話をすると、丁寧に探してくれたのだった。
しかし、見つからなかったという連絡を受けた。

ところが、電話を切った後に、手品のように荷物の隙間から指輪が出てきた。
縁のあるものは残る、というのも信じる。

こんなことでもなければ、一生行くことはなかったであろうアラスカ。
しかし、一生のうちで訪れる場所には、何かしらの縁があると聞いたことがある。
いや、むしろ縁のないところに導かれることはないのだろう。

そんなことを考えながら、この作家の短編を読む。
この出会いもご縁であるかのように思われる。


今日は、不思議なことがあった。
いつも乗るバスが、曲がるのを忘れて大通りを直進してしまった。
若い運転手さんはしきりに謝って、Uターンしますので・・・とアナウンスしたが、乗客は何も起きていないかのようにそのまま本を読んだり、スマホでニュースを見ていたりした。
たまに、いつもと違う景色を確かめながら、笑顔になる人もいた。
私も楽しい気持ちになってきたのだ。

終点に着き、運転席から降りて深々と頭を下げて謝罪する運転手さんに、
乗客は口々に、

「気にしないで。」
「大丈夫、大丈夫。」

と言いながら降りていく。
私は、バスを降りてから、大きく運転手さんに手を振ってみた。
若い運転手さんは、運転席から何度もお辞儀をしてくれた。

何か良い空気が生まれる瞬間があって、それを最初に掬って優しさに変えた誰かがいたのだろう。
そして、空気は振動して伝わった。

全く知らない客同士の、空気のやり取り。
でも、そんな取るに足らないようなことが折り重なって人生になっているのだな、と思う出来事だった。


ルシア・ベルリンの文章の始まり方が好きである。






書くこと、描くことを続けていきたいと思います。