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この夏の夜のままで

高層マンションの光が水面に揺れる23時。隣には釣りをするおじさんがいて、後ろのベンチにはいい雰囲気の若い男女が座っていて、酔っ払った私たちはハイボール片手に手すりに寄りかかってぼんやり眺めていた。

「あのおじさん、どうしてこの時間に釣りしてるんだろう。しかもママチャリだよねあれ」
「きっと明日の朝ごはんですよ。お腹を空かせた子供たちが家で待ってるんですよ」
「いやこの高級エリアでそれはないでしょ」

「あの男女、イチャイチャするかな」
「私たち大人が見本見せなきゃですね」
「僕にそういう趣味はないよ」

ゆらゆら。くるくる。あはは。このまま時間が止まればいいのにと本気で思ったのはいつぶりだろう。



「きっと、僕は今日のことを忘れてしまう。あなたは消えてしまいそうなんだもの」今日やりたかったことのひとつを叶えながら彼は言った。

空虚を感じる人。儚い人。消えそうな人。わたしはどれほど中身のない人間なんだろう。

「いいんです。よく言われます」背中に手を回して顔を埋めた彼のYシャツはいいにおいだった。



『夢の中にいたみたいな、不思議な感覚です。すごく楽しかったです。きっと、ずっと忘れないと思います』

翌日に来たメールに笑ってしまった。でもいいや。わたしたちは会っている時だけの関係だもの。明日に続く女にはならない。伝えなくても想っているだけでしあわせという幸福な時間。

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