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【詩】白檀

白檀の立ち昇る甘美あまい香りは、
私の心を身体から解き放ち、
遠く、何処か遠く離れた異国の、
月光に浮かび上がる密林の奥深くへ、
未知なるはなが咲き乱れる場所へ、私をいざなう。
不思議の華園はなぞのの向こうから、
白檀の神秘なる香りが静かに流れて来る。
私は其処に、金色の月明かりに照らされた、
異教の巫女、褐色の宝石の様な一人の女性の姿を視る。
月光の眼差しの麗貌、長くまつわる銀色の絹糸の髪。
一点の歪みも無く伸びやかで、且つ蠱惑こわく的な其の肢体。
其の華麗さを際立たせるべく、至る所に装われた黄金こがね
そして、憂いを秘め引き締めた、
明るい華の色で紅を差した貴女の口唇くちびるに、
私は、其の全てに、魅せられた。

貴女は軽やかな足取りで森を行く。
流れる様に、舞うかの如く。
森は暗く、しかし全てが金色に照らし出されている。
白檀の香りを辺りに振り撒きながら、貴女は行く。
貴女は行く。月光の密林を何処までも。
私は行く。夢幻の甘い芳香かおりに曳かれて。
深く沈む様に香る薫香と、
視界に揺れる薄衣の貴女の腰付き、
そして金色に輝く森は、
私の心を、魂魄までもとろかし、
私を永遠に、この世界のことわりの内に埋める。

知らぬ間に、貴女は立ち止まった。
森の拓けた丘の上で、月明かりはより一層強く、
堪らなく、この上無く優しく降り注ぐ。
貴女は両手を拡げ、其の長いまつげを伏せて、
いと高き虚空そらに浮かぶ月を仰ぎ、
美しいからだの端々まで、月光に浸していく。
其処に有るのは只、何の介在も許す事の無い、完結した美。
何人も何物も、其れを乱す事の出来無い、絶対的な美。
私は陶酔の中で立ち尽くす。
私は其の儘、貴女の姿にいざなわれる。
そして、御身に触れたいと、震える手を差し伸ばす。
私の指先が貴女の風に揺れる銀の髪に触れようとする其の時、
何時の間にか白檀の香りは消え去り、
私は追憶の中に、無限の憧憬を以て、
遥か遠い南国の貴女を、夢想するのだ。

<了>

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