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いかのおすし⑨ 【給食】

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《美桜》

夏休みにあれだけワクワクした桜公園には、あれから一度も行ってなかった。だけど、秋の土日はフリーマーケットとか保護猫のジョート会とか福祉のなんとかイベントとか、色々やってるらしい。

「美桜ちゃん、明日ひさびさに自転車乗って桜公園まで行かない?」
「あれ。あの公園は危ないって、だれかに言われたじゃん」
「あのおじさんは人が少ないときは危ないって言ってたんだよ。覚えてないの?」

ああ、そうだ。あのおじさんに言われたんだった。すっかり忘れてた。えーっと、なんて名前だったっけ。

わたしはちょっと悩んだけど、友香ちゃんの「覚えてないの」って言い方にもちょっとムッとしたし、今週も来週もママは土曜出勤だって言ってたからちょうどいいかも。別にママは桜公園に行っちゃいけないなんて言ってないし、と思った。

わたしは、友香ちゃんと公園で遊ぶってママにちゃんと伝えた。ママのほうが先に家を出てお仕事に行った。
友香ちゃんは友香ちゃんのママに「桜公園のフリマに行ってきます」って言ってきたって。

ほら。何も問題ない。


 
久しぶりの桜公園に着いたら、ひとりで歩いているアンを見つけた。
「アーーン!」
友香ちゃんが叫んだら、夏休みに4人でバドミントンして遊んだことも思い出して急に胸がドキドキした。
 
ひさしぶり。元気? 一緒にあっちのお店見にいこうよ。でもあたし金欠なの。パパの洗車手伝って100円ゲットした。いいなー。ママだと50円。あ、グミあげるね。

3人でフリマのお店を順番に歩いて回る。わんちゃんのお洋服とか、お金持ちの家にありそうなガラスのコップとか、おいしそうなドーナツを売っている店。

今月のお小遣いはほとんど使ってなかったから何か買えるかと思ったけど、ドーナツ以外は意外と高かったし、欲しいものは特に売ってなかった。
アンはお腹空いていないって言うから、わたしと友香ちゃんだけドーナツを買った。
 
みんなでベンチに座ってひさびさのおしゃべり。
昨日のミクちゃんのイラつくじまん話、このまえ高橋先生が木村のタブレットを取りあげたら落としてヒビが入った話、理科の山田はえこひいきが酷すぎて死ねばいいのにって話。
 
ひととおりアンに教えてあげたあと、友香ちゃんが聞いた。
「アンは、結局どこの学校なの。この近くだと西小?」
「行ってない」
当たり前のように答えたアンに二人してびっくりする。
「えっ? 行かないでいいの?」「なんでなんで」と聞くと「忙しいから」という簡単な返事。
忙しいと学校いかなくていいの。なにで忙しいんだろう。
「塾とか、習いごと?」
友香ちゃんが尋ねると、無表情のままアンが答える。
「おばさんの手伝いしないといけない」
「おばさん?」
「うん」
アンはずっと無表情で、聞かれたことには何でも当たり前の顔で答えるから逆に質問しにくい。
「おばさんの赤ちゃんと遊んであげたり、ご飯作ったり」
「へー」
私たちも無表情になった。どんな顔で返事するのが正解か分かんない。おばさんの赤ちゃん?
「かわいいよ」
「そうなんだ」
やっといい感じの言葉が聞けたから、わたしはほっとして、もうちょっと話を聞いてみた。

アンのおうちには、おばあちゃん、アンのお兄ちゃん、アン、の他に、おじさんおばさんと、そのこどもが3歳と1歳。
前はお兄ちゃんがおうちのことを色々やってくれたけど病気になっちゃって今は寝てることが多いらしい。
土日はみんなお休みだからアンもゆっくり遊ぶ時間があるんだって。

「お母さんもいないの?」
友香ちゃんが素直に口に出すとアンは「うん。子供の頃に」と言った。
子供の頃に……。離婚したのかな。死んじゃったのかな。
「でも、大家族で楽しそうだね。うちはパパいなくて。ママとふたりだけだから」
わたしの言葉にアンは「大家族」と繰り返して言うだけで、ちっとも楽しそうな顔はしなかった。なぐさめようと思ったのに、ちょっと失敗。
 
アンはもともとよく笑うタイプじゃなかったけど、3年生の時はもうちょっと笑顔だったのにな。せっかく遊べる土曜日に、わたしたちと遊んでもつまんないのかな。
ちょっとさみしくなった。
 
「お兄さんが病気なら、思いやりの心で優しくしてあげないといけないね」
友香ちゃんが教科書でも読んでるみたいな感じで言ったからびっくりした。どっかで聞いたセリフだ。
「あ!」
「うん」
「アレだね。この前の、車いす体験の」
「そう!」
先週、学校の「総合」の時間に車いす体験学習があった。どこかの施設の人の話を聞いてから、ペアで本物の車いすに乗ったり、押してあげたり。ふざけている男子はめっちゃ怒られてたけど、わたしはふざけることなんてできなかった。車いすに乗ったら楽ちんと思ってたのに全然そんなことなくて。ちょっとした坂もすごく怖かったし、ちょっとだけ早く押されてもすごく怖かった。
あの時、「お互いの信頼関係が大切だね」「相手を思いやる心が大切だね」って先生が言ってたから、そのまま作文にも書いたんだった。

「車イス?」
アンが首をかしげた。
「そう。アンの学校にも体験学習あるでしょ?」
にっこり答えてから「あっ」と気づいた。
さっき、アンは学校に行っていないって言ってたのを聞いたばっかりなのに。わたし、ばかじゃん。ぜんぜん思いやりの心がないじゃん。ばかばか。

「ごめん」と私が言う前に、アンは新しく開きはじめたお店に向かって走り、お店の人と何か話しをしはじめた。
「あれは、なに屋さんだろうね」
「さあ」
「からあげ屋さんがいいね」
「コロコロとか売らないかな」
「ガチャガチャでも」
私たちはもぐもぐしながら遠目でアンを眺める。
 
「そういえばさ。アンのお兄さんってさ、きょねん6年生だったでしょ」
友香ちゃんが水筒のフタをかぱっと開けて言った。
「そうなんだ」
「うちのお兄ちゃんと同じ学年なの。そういえば冬ころね、何月だったかな。自殺したんだよ」
「ええっ!」
びっくりしてドーナツを落としそうになった。
友香ちゃんは「しっ」と言って人差し指を口の前にあてる。
「死んじゃったの?」
小さな声で聞くと「死んでないよ」と友香ちゃんは笑って言う。
「なんかね、先生たちが騒いでて、お兄ちゃんからいろいろ聞いたんだけど。リスカか、飛び降りか、そんな感じ」
「全然知らなかった」
「デリケートな内容だから、みんなには知らせてないみたいよ。もともとあんまり学校に来てなかったみたい。アンのお兄さんは。頭良かったらしいけど」
みんなは知らないデリケートな内容を友香ちゃんが知っているなんて。友香ちゃんはすごい情報ツウだな。
「あたしが言ったって、アンにはナイショね」
「うん」
ドーナツを食べ終わったわたしたちは包み紙をリュックにしまって、アンのいるところに駆け寄った。
 
アンがいたのはアクセサリー屋さんで、リボンとかヘアゴムとか手作りっぽい可愛い柄のものをたくさん並べていた。
さっきコロコロコミックが売ってたらいいって言ってた友香ちゃんも「かわいい」と目をキラキラさせてる。
テーブルの上には髪を結んでるモデルさんみたいな写真もたくさん飾られてて、みんな目がパッチリしてて、アンみたいな子ばっかり。

「いらっしゃい」
ローマ字で書かれた名札のお姉さんの、編み込みの髪型も可愛い。友香ちゃんは名札をひともじずつ読んでる。わたしはいまだにローマ字が苦手。
 
「これ、いくらですか」
アンは黒と金のリボンのクリップを指さして聞いた。アンの指が震えてる。
「ちょっと座ってごらん」
お店のお姉さんはにっこりしてアンに椅子を差し出し、後ろに回って髪をとかしはじめた。
あっという間にアンの髪をくるくるっと丸めてクリップで留め、丸い鏡をアンに手渡して見せた。
「後ろだから、見えないか」
お姉さんは、もう一つの鏡を取り出す。
 
あ。

いつかの夢で見た、パパの美容院での「お客様、いかがですか」みたいだ。
かっこいい。
 
鏡を覗き込むアンに、すごく似合ってるといくら褒めても緊張した顔を崩さない。ありがとうございます、これ買います、おばさんにプレゼントします。と言ってクリップをはずし、ポケットをもぞもぞして小銭を出した。
「プレゼントか。アンに似合ってたのに」
わたしが言うと「まさか」と言ってアンは少し笑った。
それにしても、お姉さんのしなやかな指さばきはすごかったな。目が離せなかった。
 
わたし、美容師になりたいな。
このお姉さんみたいな。

 
アンは、お釣りとショップカードを受け取ったら、ちょっと慌ててトイレのほうに走って行った。
なんだ。もじもじしてると思ったらトイレ我慢してたのか。

「ね、美桜ちゃん。これ半分こして買わない?」
友香ちゃんが2つで100円というヘアゴムを見せてきた。
「いいね。かわいい」
ハート模様と星模様。わたしがコッチ、あたしはコッチ、と決めてお金を払う。
「あのショップカードもらってもいいですか」
友香ちゃんが、さっきアンが貰ってたカードを指差してお姉さんに聞いた。
お姉さんは意外にも強く「だめ」と言った。
カードはたくさんはなかったから、高いものを買わないとダメなのかも。
ちょっとムッとしてる友香ちゃんを見て慌てて、わたしはお店のお姉さんに話しかけた。
「あの……わたしの髪も、結んでもらえますか」
「いいけど」
ワクワクしながらお姉さんに背を向けたけど、さっきアンが結んでもらっていた時みたいに、ブラシでといたりしてくれない。
それって、買ったのが安いのだったからかな。ふたりで半分こなんてケチったからかな。それで結んでください、なんて図々しかったよね。
急に恥ずかしくなって下を向きたくなった。
「はい。できた」
「見せて見せてー」
友香ちゃんに背中をむけて見せてあげると、お姉さんはもう座ってお金を数えていた。
「美桜ちゃん、かわいい」
友香ちゃんは褒めてくれたけど恥ずかしい。
「ありがとうございました」
小さな声で御礼を言って、その場から走ってさっきのベンチに戻った。

やっぱり美容師なんて憧れるのやめよう。
ちょっと嫌な感じ。


 
ベンチに座ったら、友香ちゃんはスマホの画面を見ながら歩いてきた。
「友香ちゃん、歩きスマホはだめなんだよ。なに見てるの?」
「さっき、ケチだからショップカードくれなかったでしょ。だから美桜ちゃんが髪の毛結んでもらってる間にカードのQRコード読み込んだんだ」
「え。それ、ダメなやつじゃない? 先生言ってたじゃん。勝手にとったらいけませんって」
「え、全然それとは違うじゃん。だってQRコードだよ」
そうか。友香ちゃんがそう言うなら間違いない。
「でも見てよ。なにこれ。読めない」
友香ちゃんが見せてくれたスマホの画面に、可愛らしいアクセサリーがいっぱい載ってるのかと思ったら、そこには文字がぎっしり書かれてるだけだった。
「英語じゃん。読めなー」
「えー。ちがうよ。ほら、ここのニョロンは英語じゃないよ」
「ふーん。あのお姉さん、ナニ人なのかな」
「いや、どう見ても日本人しょ。日本語しゃべってたじゃん」
「そっか」
「よく見たらオバサンだし」
「え、そうかな」
「そうだよ」
友香ちゃんはスマホをリュックに片づけた。
「でも、美桜ちゃんの髪型すっごくかわいいよ。いつも結びなよ」

そうかな。

なんども友香ちゃんが、かわいいかわいいって言うから、ちょっと嬉しさが戻ってきた。こんなに女の子をわくわくさせる職業って他にドーナツ屋くらいしかないと思う。
遠くから、また甘い匂いがしてきた。ああ、いい気分。
 
やっぱり、美容師さんになるのもいいかもしれない。
 
わたし、美容師になろうかな。
パパみたいな。

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