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【企画】夜行バスに乗って

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2024.3月に行われた企画の収納マガジンです。 夜行バスに乗って新宿に向かう人々、見送る人々、あるいは……!! 珠玉の note クリエイターが描く、春の群像劇をどうぞみなさま…
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#短編小説

短編小説 | スタートライン

 集合場所に集まった全員、メガネだった。夜行バスだからね、こうなるわなと最初に言ったのは隼人だ。ワックスをつけていないせいか、いつもより髪がさらさらして爽やかに見える。華のメガネ初めて見たかも、と言って私のメガネをひょいと奪った優里に、マジでやめて、見えないから、と返すよう催促する。湊おせえな、と隼人がスマートフォンをいじりながら言う。湊が時間通りに来るわけないじゃん、と言いながら優里は、手鏡を持ち、ひっきりなしに前髪を撫でている。そのとき、突然背後から声がした。湊、家出るの

帰るためにバスに乗る【#夜行バスに乗って|豆島圭さん企画】参加記事

豆島圭さんの企画【#夜行バスに乗って】参加します。お題としてお借りし、後は独自設定にて。 夜行バス。冬の北国のそれは、休日前とは言え閑散としていた。早く暖かくならぬものだろうか。待合室で両手をこすり合わせる。 「どちらまで行かれるの?私はね、孫夫婦に会いに行くのよ」 話し好きそうなご婦人が、隣から俺に声を掛けてきた。実家に帰る旨を告げると「そうなの。それはご両親がお喜びでしょうね」と笑顔が返された。 喜んでいてくれるのだろうか。こんな俺を待っているのか、2人は。しばし

夜行バスに乗って。

帳面町の片田舎から新宿へ。 僕は東京へ行く。帳面町から僕の存在を消すために。 僕には妙な力がある。 人の心の声が聴こえるんだ。 この能力にだいぶ参ったけれど、蓋をする事を覚えてからは心が保てるようになった。 今ではコントロール出来るようになって狙いをつけた人だけの声が聞けるようになった。 確実に異能力だ。それを人に言ってしまうと僕は孤立することがわかったから誰にも言わない。 帳面町から逃げるように東京へ行く。 僕は……町の人から気持ち悪がられているから。 20:45 早

【短編小説】ニシヘヒガシヘ~夜行バスに乗って~ 第1話

   第1話 21:00 帳面駅バス停 出発 「本日はご乗車いただき、まことにありがとうございます。こちらの夜行バス『風林火山号』は帳面駅発、バスタ新宿行きでございます」  帳面駅前ロータリーの一角にある路線バスの発着場は、帰路につく人たちが列を作っている。  それとは反対側の端に停車する鮮やかなデザインのバスに近づき、入り口の前で足を止めた。バス停に立つ制服姿の女性にチケットを見せる。 「ありがとうございます。3月9日、21時発、バスタ新宿行き。風林火山号ですね。

【短編小説】ニシヘヒガシヘ~夜行バスに乗って~第2話

   第2話 23:00 〇〇サービスエリア(休憩20分)  広い駐車場を横断するように進んでいたバスが、静かに動きを止めた。断続的に鳴り始めた高い音を合図に、車体がゆっくりバックしていく。 「〇〇サービスエリアに到着です。こちらで20分の休憩になります。23時10分までにはお戻りください」  運転手のアナウンスに続いて、エンジン音が止まる。少しだけ車内が騒がしくなった。特に耳に入ってくるのは、若い男女の声。きっと学生さんなんだろうね。だって春休みだもん。満席っていう

【短編小説】ニシヘヒガシヘ~夜行バスに乗って~第3話

   第3話 24:00 バスの中  バスの中は薄暗い。若い子たちの話し声はちっとも聞こえてこなかった。眠っているのかとそっと後ろを見ると、みんなスマホを片手になにかしていた。友達同士の旅行のはずなのに、それぞれが自分のスマホとにらめっこ。その顔を、液晶画面が発する、色のついた光が照らしている。なんだか奇妙な光景。まあ、うるさいよりはいいんだけれど。  ブブッ。リュックサックのポケットでスマホが震えた。取り出して画面を開く。 『お母さん、今どこ? お父さんから連絡があ

春と風林火山号に乗って #短編小説

1  とうとうこの日がやってきた。  直紀は抑えきれぬ想いを胸に、帳面駅バス停に到着した。駅前の掲示板に貼られた一枚のポスターに目をやる。    春と風林火山号に乗って新宿に行こう!  弾けるような文字が躍り、そこにはバス乗務員の制服を着た女の子のキャラクターが描かれていた。何度見ても、溌剌とした明るい笑顔が可愛いらしい。  直紀はこれまで、こういった萌え系のキャラクターには全く興味がなかった。それなのに、この女の子には一瞬でグッと心を掴まれてしまった。  このポスターを

リスタート 《企画》#夜行バスに乗って

この町を出ようと思ったのは3日前だった。 出てどう生きていくのかはよくわからなかった。そもそも計画するってことに慣れていない。 だけど、コイツがあれば、きっと大丈夫だと思えた。 男がソレを拾ったのは3日前だった。 高速サービスエリアでゴミを収集していた時だ。 『家庭ゴミを入れないでください』 どれほど張り紙が貼られようと、ゴミは溢れかえっている。袋を持ち上げた拍子に、何かの液体が跳ねて作業服に飛んだ。いつものことだ。 表情を変えぬまま、男は次のゴミ箱の袋を引っ張りだす。 ゴ

マリンスノー【#夜行バスに乗って】

 2024年、3月8日の午後7時。スマートフォンが震えた。東京に住む姉が、緊急入院したという。姉は、僕にとっては、たった一人の「生存している」血縁者だ。ここ、帳面町は、日本の東と北の間にある、小さな町だ。空港も、鉄道も無い。それに、もう夜も更けた。今から夜通し車を走らせるよりは、夜行バスに乗った方が安全だろう。明日は忙しくなる。バスの車内で少しでも仮眠をとっておいた方がいい。  幸いなことに、切符はまだ残っていた。財布から金を取り出した時、手が震えていることに気付いた。

【短編小説】ニシヘヒガシヘ~夜行バスに乗って~第4話

   第4話 02:00 △△サービスエリア(休憩20分) 「△△サービスエリアに到着です」  エンジンの音が止まった。運転手の声が合図のように、静かだったバスの中に、たった今、目を覚ました人たちの気配が広がる。  ちっとも眠れなかった。昨夜もまんじりともせず布団の中で寝返りを打ち続けているうちに朝を迎えて、それなのにいつも通りに仕事もしてきたのに。 「こちらでは予定よりも長めの30分休憩になります。2時までにお戻りください」  道路は空いていて、予定よりもずいぶん

短編小説/わたしはゲーム(#夜行バスに乗って)

「取材してもいいですか?」  と声を掛けてきた女の人がいて、彼女も新宿行きの夜行バスを待っていた。駅前のバスターミナルで突然取材の申し込みと同時に名刺を渡される。でも、本名じゃなくてトレローニーって呼んでください、と彼女は言う。髪はぼさぼさで牛乳瓶の底みたいな分厚い眼鏡をかけている。月の光で水晶玉が…と言い出して瓶底をきらきらさせたりはしないのだけど、にやついている。不気味。  名刺に記載された会社はスマホゲームの開発運営を行っていると言った。 「バスの旅をテーマにゲームを作

【短編小説】ニシヘヒガシヘ~夜行バスに乗って~第5話

   第5話 03:00 バスの中  バスは静かに走り続けている。時計は3時を指していて、人が一日の中で一番眠くなる時間帯だ。  帳面駅を出発してからずっと静かだったバスの中が、今は人の寝息や鼾でかえって賑やかなのが面白い。  運転席に目をやる。ここからじゃよく見えないけれど、大丈夫かしらね。あたしでよかったら話し相手になるけれど。どうせちっとも眠れないし。  真ん中の列のシートからは、どちらの窓も遠い。フロントガラスも前の席が邪魔でよく見えない。それでも、目は無意識

名もなき夜に【#夜行バスに乗って】

帰る、ということは 帰る場所がそこにあるということだ。 帰る場所には待っている人がいる。 それで初めてそこがホームとなる。 僕の帰る場所と呼べるところは、 もうどこにもない。 東京の部屋はただそこに居を構えているだけで、帰る場所という言葉には値しない。僕の帰る場所はずっと、生まれた時から住んでいたあの家しかなかった。 だけど、父を追うように安らかに空へ還った母の葬式を終え、実家を処分して荷物を整理し終えると、そこはもはやただ仕切りで区切られた空間でしかなかった。 夕

【短編小説】ニシヘヒガシヘ~夜行バスに乗って~第6話

   第6話 04:00 〇△サービスエリア(休憩20分) 「〇△サービスエリアに到着です」  眠っている乗客たちのために、運転手が囁くように言った。駐車場に入ったバスがスピードを落とす。  不意に誰かが立ち上がった。運転席へ向かって、足音も荒く駆け寄る。 「停まるな!」  あたしは驚いて首を伸ばした。他にも、起きていた人たちが声のする方に顔を向けている。 「このまま出発しろ!」  その声に聞き覚えがあった。まさか。  背もたれにつかまりながら、動くバスの中でシート