夜行バスに乗って。
帳面町の片田舎から新宿へ。
僕は東京へ行く。帳面町から僕の存在を消すために。
僕には妙な力がある。
人の心の声が聴こえるんだ。
この能力にだいぶ参ったけれど、蓋をする事を覚えてからは心が保てるようになった。
今ではコントロール出来るようになって狙いをつけた人だけの声が聞けるようになった。
確実に異能力だ。それを人に言ってしまうと僕は孤立することがわかったから誰にも言わない。
帳面町から逃げるように東京へ行く。
僕は……町の人から気持ち悪がられているから。
20:45
早く来た方だが、もうバスには乗り込んでいる人が居た。
中央4Bの席にはパーカーのフードを被った若い男が既に着席していた。
1番後ろの座席に賑やかな女子がふたり。ひとりはピンク髪の子で目立つ。
21:00発の夜行バス。
僕が乗ったのを機に乗客が次々乗り込んでくるが、満員にはならなそうだ。
月の綺麗な夜。
疎らに埋まった席の夜行バス。
出発は定刻通りに。
21:00 帳面駅バス停 出発
23:00 〇〇サービスエリア
(休憩20分)
02:00 △△サービスエリア
(休憩20分)
04:00 〇△サービスエリア
(休憩20分)
06:00 バスタ新宿 到着
運行予定通りであれば6時には東京だ。
1番後ろの座席に居る女の子たちは、楽しそうに話している。
「飛行機じゃなくて、夜行バスなのがなんかおもしろくていいねー」
「ごめんねぇ、今回の仕事予算がちょっと少なくて、経費あんまり使えないんだ」
若いのに出張だったのか?片田舎まで。少し気になるが、能力を使うのはやめよう。
能力か……。
ある意味才能として捉えなきゃな。
人には出来ないことが出来るのだから。名前でも付けておこうかな。
今日は月が綺麗だから……『月読』とでもしておこうか。
忌むべき能力に名前をつけた。それは、彼がそれを認めて共に生きると決めた瞬間でもあった。
バスは順調に高速道路に乗り、軽快に道を行く。
後ろの女の子ふたりも、喋り疲れたのか眠りについたようだ。
少ない乗客も、寝息を立てている。
23:00のサービスエリア着には乗客はトイレにも行かずに眠りについている。
休憩したのは運転手だけだった。
23:20
定刻通りのサービスエリア発。
すこぶる順調にバスは運行されている。
僕はいまいち眠れなくて、スマートフォンにある小説を読み続けていた。
僕の後ろに座っている笑顔が素敵な優男が僕に声をかけてきた。
「小説ですか?読んでいるのは」
周りに配慮した小声だが、僕には充分聞こえた。
「え、あぁ、そうですよ」
少し振り返って答える。でも、何故スマートフォンを弄っているだけのを見て小説とわかったのだろう。
「何で小説だと分かったんですか?」
「あ、えーっと指の動きがゆっくりのスワイプだったので、ゲームより何かを読んでる方かと。漫画ならページめくる速度は早いから小説かと。ニュースはそんなに見るほどたくさんはないだろうから……と思った次第です」
ーー観察眼ってやつか。よく見てたな。
「すいません、邪魔してしまって」
「あ、いえいえ」
「どんな小説読まれてるのか気になってしまって」
「あ、『胸いっぱいの愛と情熱をあなたへ』って今年の小説大賞の特別賞だった物語です」
「へぇ、おもしろそうですね。ありがとうございます。私も読んでみようと思います」
優男は頭を下げてスマートフォンを弄り始めた。
02:00
パーキングエリア着。
流石に、乗客がトイレに行き始める。
後ろの女子ふたりも、ピンク髪の子がもう1人の子を起こして、パーキングエリアに消えていく。
僕もトイレに行くことにした。
何となく隣の席のパーカーの男に目をやるが、彼は動く様子は無い。
眠ってもいないようだった。
トイレを済ませて、喫煙所で煙草を燻らせて、バスへ戻る。
パーカーの男は身動きもせずじっとしていた。
席に着いて小説の続きを読もうとスマートフォンを出してアプリをタップする。
賑やかな女子2人がバスに戻る。
牛串片手に、このサービスエリアで有名なメロンパンと大量のお土産を持っていた。通路を抜ける際にパーカーの男にぶつかってしまったピンク髪の女の子。
「あ、ごめぇん!」
ーーゴトッ
ぶつかったバックから茶色い紙袋に包まれた重たいものが落ちた音がする。
急いでそれを拾ってバッグへと戻すパーカーの男。
「大丈夫です」
と小声で返していた。
何の気なしに僕はピンク髪の心の声を聞いてみようとした
ーー能力発動『月読』
『あ、あの落としたもの、拳銃だわ』
ーーゾワッ。
拳銃?見えたのか?
更にピンク髪の子の声を聞く。
『見えなかったけど、わかる。アレじゃバスジャックも出来ないよね。する理由もなさそうだし。素人だ』
ーー素人。つまり逆を言うとあのピンク髪の子はプロってことか?
なんのプロ?きっと……命のやり取りのプロってことか?
ピンク髪の子と目が合ってしまった。
ピンク髪の子はニコっと笑って後部座席へ。
普通の高校生にしか見えないが……。
小説どころでは無い。
パーカーの男の心の声を聞こう。
ーー能力発動『月読』
『見られてはいない、大丈夫だ。拳銃はバレていない。こんなところでバレる訳にはいかないんだ。新宿でアイツを殺るまでは』
ーーとてつもない憎しみ。彼は自分で終わらすのだろう。それを止めることは僕には出来ない。とてつもない憎しみと決意だった。
それよりも、後ろふたりの女の子は何者なんだ?もうひとりの声を聞いておきたい。
『拳銃を持っているって言うヤツがいるって危なそうなヤツを追加されたけど、このバス、どんだけ危ないヤツ乗ってんだか……』
どういう事だ?まだ居るのか?危ないヤツが。
『ルナが察知してくれるから、ひとまずは大丈夫でしょ』
ーー絶大な信頼がある。ピンク髪の子はそんなことが出来るのか……。
更にピンク髪の子の声を聞く
『とりあえずあの釣り人の持ち物は日本刀でしょー、あの優男は手榴弾やたらと持ってるし、あの女の子のカバンの中身はナイフだらけ。動きそうならすぐカヲルに知らせて、ふたりで抑え込めばいっか』
嘘だろ?なんだよ!?このバスは。
そんなのに気付いていて、あのピンク髪の子は笑ったのか、僕に。
まて、優男と言ったか?もしかして、僕の後ろの席の男が手榴弾を……。
何が起きてもおかしくないバスの車内。
僕は変な脂汗をかきながら、祈ることしか出来なかった。ピンク髪の子の心の声は終始聴きながら、新宿までの時間を過ごすしか方法がなかったんだ。
04:00
サービスエリア着。時間通りの順調な運行は続く。
バスの中のCHAOSを後目に。
このままサービスエリアに留まったら人数が足りないのを悟られてバスは出発しないだろう。僕は覚悟を決めてバスへ戻った。
戻る際に『月読』をバスの中全員に仕掛けて、危険なヤツの場所を掴んでおいた。
『あの連中を吹き飛ばしてこの国を変えてやる』
『あの男、絶対に許さない』
『ーーー』
釣り人風の男から心の声が聞こえなかった。こんな人間居るのか?
有り得ないぞ?そんな奴が日本刀を所持してこのバスに居る。
危険なのはこいつじゃないのか?
他2人には着いてからの目的がある。
ここで何がする気はないだろう。
不気味なのは釣り人の男だ。
後ろでボソボソと女の子ふたりが話している。
かなり小声なので僕には聞こえない。
その会話は心の声になっていないから把握出来なかった。
06:00
新宿バスタへ到着。
何事も起こらずに新宿まで来れた。
気が張っていたのか、やたらと疲れた。能力をこんなに使ったこともなかったから余計に疲れたのかもしれない。
バスを降りていく乗客達。
ナイフだらけの女の子。
『今、逢いに行くね……』
釣り人。
『…………。今宵で終わりだ』
やっと聞こえた声がこれか。
今夜何かをやるつもりなんだな。
パーカーの男。
『今日で全てが終わる。仇は絶対に討つからな……』
きっと彼は死ぬつもりだ……。
僕の後ろの席の優男。
『たとえこの身を捨てたとしても』
命をかけて彼は逝くのだろうな。
「あ、あのっ」
僕はたまらず優男に声をかけてしまった。
「あ、小説教えてくれてありがとう。面白くて読んでしまったよ」
「あ……良かったです……あの……気を……付けて」
優男は笑ってお辞儀したあと『ありがとう』と心の声が聞こえた。
僕は最後に降りるつもりで、荷物をゆっくりと纏めていた。
ピンク髪の子が通り過ぎる。
もうひとりの女の子が声をかけてきた。
「あの、あなたも能力……持ってるのよね?」
「え!?」
「ビックリさせてごめんなさい。もし、行くところに困ったらここにおいでね」
と、名刺を受け取った。
『スズタニ運送 社長 鈴谷玲子』
「あ、わたしは社長じゃないんだけどね、おねぇちゃんが社長だから」
「あ、の……何で?」
「あなたの気持ちがわかったみたいでさ、ルナが声掛けておいてって、あ、ルナってピンク髪の子のことね」
「カヲル~!早く~!」
「今行く」
ーーあなたも……って言った。つまり、僕以外にも妙な能力を持ってる人がいるって事だよな。あのふたりも能力を持っているから……僕のことがわかったのか?
忌み嫌われた僕が……居てもいい居場所。
僕は……。
気付いたらあのふたりを追い掛けていたーー。
[完]
・帳面町からバスタ新宿までの夜行バス
・① 「4B」の席には
10代後半~20代くらい?男性?
(フードを被ってマスクをして
いるのでよく分かりません)が
出発直前に乗り込みます。
・夜中の2時過ぎ、サービスエリアの
休憩中に座席に座ったまま、
ある物を床に落とし慌てて拾い上げます。
それは「拳銃」に見えました。
上記設定になります。
下記企画に参加させて頂きます!
下記、お話の中に居た人物を描かせて貰いました。
わたしの長編小説キャラを愛でて使ってくださるスズムラ氏へのリスペクトを込めて。
夜行バスに乗って × 胸いっぱいのアイと情熱をアナタへ
サポートなんてしていただいた日には 小躍り𝑫𝒂𝒏𝒄𝒊𝒏𝒈です。