【小さなパンと大きなスープ】第一話『ココットのジャム屋』
*はじめに*
〚小さなパンと大きなスープ〛は
とある街が舞台の短編童話集です。
“大人の方にも読んで頂ける童話”
そんな気持ちで書きました。
第一話
〚ココットのジャム屋〛
「いつ来ても品揃えの悪い店だねぇ。」
口の悪いマーサおばあさんが店内をぐるりと
見渡してそう言うと、
双子の妹のローザおばあさんが言いました。
「そんな事ないよ。
どこ見てんだい。見てごらん。
バターだって、砂糖だって、塩だって、
缶切りだって、あるじゃないか。」
「ここはよろず屋じゃあないんだよ。
あんたこそよく見てみな。
『ココットのジャム屋』って、
表の看板に書いてあるだろう。なのになんで、
『いちごジャム』しかないんだい。」
マーサは、いちごジャムの瓶を手に取ると、
レジの前に置きました。
「おはようございます。
マーサさんローザさん。」
店番をしているマルメロ坊やが、
二人にあいさつをしました。
「小さいのにいつもよく働いて感心だねぇ。」
ローザはそう言いながら、
バターを一箱レジに置きました。
「それにひきかえ、姉ちゃんは何やってんだい。」
マーサがお金を出しながら言いました。
「ココットお姉ちゃんは今いちごジャムを
作っています。」
マルメロは手際良く二人の商品を袋に包みます。
マーサはそれを受け取ると、わざとらしいため息をついてこう言いました。
「姉ちゃんに言っときな。
いちご以外のジャムも作りなってね。」
「はぁ、一応伝えます。」
するとローザが小声で言いました。
「これも伝えておくれ。バター置いてくれて
ありがとさんよってね。
あたしゃバター派だから。」
「はい!必ず伝えます。」
マルメロは二人を見送ると工房に行きました。
工房ではココットが、グツグツと煮え立った
大きなお鍋をかき混ぜていました。
「マルメロ、今お客さんだった?」
「うん。」
マルメロはさきほどの二人の言葉を伝えました。
「バターを置いておいて良かったよ。
フン、フフ、フンフ〜。」
ココットは鼻歌を歌っています。
マルメロは言いづらそうに話しました。
「あの…もう一つの、
いちご以外の、ジャムのことは?」
「いつも言ってるけど、
いちご以外は上手く作れないからね。」
「でもうちは『ジャム屋』だよ。
いちごの季節が終わったら、
次の季節までないんだよ。」
「いいのいいの。
これでなんとかやっていけてるんだから。
フンフフフンフ〜。」
のん気にジャムを瓶に詰めるココットを見ていたら、マルメロは少し腹が立ってきました。
「出来ないなら、出来ないなりに、
もう少し努力したら良いじゃないか。
お父さんもお母さんも、
ちゃんとレシピを残してくれたんだから。
いつもお客さんに文句言われるのは僕なんだぞ!」
マルメロはそう言うと
工房から飛び出して行きました。
ココットは驚いて瓶を落としました。
熱々のジャムが少し手にかかり
ひりひりと痛みます。
瓶詰めが終わり、ココットは店内に
ぽつんと立っていました。
真ん中の丸いテーブルには
真っ赤ないちごジャムが山積みですが、
周りの木の棚には、ジャムでない物。
塩、砂糖、缶切り、バター、石鹸、飴玉、雑誌。
これではジャム屋とは言えません。
しかし、ほんの2年前まではどの棚にも、
色とりどりの季節のジャムが並んでいたのです。
ブルーベリー、オレンジ、キウイ、ラズベリー、
洋梨、りんご、他にもたくさん。
ココットとマルメロの両親は、
ココットが生まれた年に、
『ココットのジャム屋』を始めました。
とても腕のいいジャム職人でしたが、
2年前に事故で突然
亡くなってしまいました。
後を継いだココットは、
なぜだか、いちごジャムしか上手に作れません。
そのため、他の物を売りながら、
たまによそでアルバイトをして、
姉弟でなんとか暮らしています。
ココットはしばらく何かを考えると、
工房に向って走り出しました。
夕方。マルメロが帰って来ました。
マルメロは気まずそうにしていましたが、
ココットはいつもの調子でした。
「マルメロお帰り。
晩ごはん食べよう。」
テーブルの上には食事が用意されています。
椅子に座ると、ココットは明るく言いました。
「いただきます。」
「…。」
マルメロは無言でパンに手を伸ばしました。
そしてふと気が付きました。
いつも置いていないジャムが置いてあります。
ココットを見ると、ココットは少し緊張した面持ちでスープを飲んでいます。
マルメロは黄色いジャムを、
恐る恐るパンに塗ってみました。
そして一口かじってみました。
「まずっ…!」
思わず口から漏れました。
ココットは目に涙をためています。
マルメロが慌てて謝ろうとすると、
それより先に、
「ごめんなさい。」
ココットが号泣しながら謝りました。
「お姉ちゃん、どうしたのさ。
せっかく作ってくれたのに、僕こそごめん。」
「違うのよ。私が悪いんだよ。何もかも…。」
ココットは涙を流しながらテーブルの下から、
一冊のノートを出してマルメロに渡しました。
「何これ、ブヨブヨで開けないんだけど…。」
マルメロはペリペリと剥がす様に、
ノートをめくります。
中身は、ほとんどの字が滲んでいて、
きちんと読めません。
「…砂糖?水…1リットル……中火、…。
お姉ちゃん、これってもしかして…。」
マルメロが青い顔で聞くと、
ココットが号泣しながら言いました。
「ごめんなさい。
私が2人のレシピノートをだめにしたの。
水を溜めた流し台に落としちゃって…。
すぐ拾えば良かったんだけど、気が付かなくて。
お天気が良くてうたた寝してて。
目が覚めたらお腹が空いて、
それでクッキーを食べてたら喉が渇いて。
紅茶でも淹れようかなと思いながら、
みかんを食べたら喉の渇きがおさまって、
べたべたになった手を洗おうと、流しで手を洗っていたら、なんか浮かんでるなって気付いたら
レシピノートだったの。」
「長いなぁ!
気が付くまでが長すぎるよ!
なんですぐ言わなかったのさ。」
マルメロの頭からは湯気が出そうな勢いです。
「だって、だめなお姉ちゃんと
思われたくなかったもん。」
マルメロは呆れました。
マルメロがパラパラとめくると、
いちごジャムのページが出て来ました。
そのページだけは無事に読むことが出来ました。
「いちごジャムの所だけ無事だったんだ。
それで、いちごジャムだけを…。」
マルメロがノートを閉じてそう言うと、
ココットはうなだれて言いました。
「甘夏のジャムの作り方を、思い出しながら
作ったけど、2人の味をまるで再現出来なくて…。」
「だったら、お姉ちゃんの味を作れば
いいじゃないか。この店の名前は
『ココットのジャム屋』なんだから。」
「無理よ。私、センスないもん。ばか舌だもん。」
ココットは涙を拭きながら言いました。
「だったら僕が一緒に考えるよ。
お姉ちゃんは、考えが足りなくて、あきらめが早くて、やる気がないだけで、腕はあるんだよ。」
ココットは思わずムッとしましたが、
マルメロはおかまいなしに、美味しくないはずの
甘夏のジャムをパンにたっぷり塗り、
まるで元気をつける様に沢山食べました。
そして、翌日から2人のジャム作りが始まりました。
「あぁ、もういやだ。」
ココットは、切り刻んだ大量の甘夏を見て
言いました。今日3回目の試作中です。
「まだたったの3回目じゃないか。」
マルメロが洗い物をしながら言いました。
「甘夏は面倒なんだよ。皮とかあるし。
やっぱりいちごだけにしない?」
マルメロがじろりとココットを睨みました。
ココットは小さくなりました。
それからさらに何日か経ちました。
マルメロの的確なアドバイスによって、
甘夏ジャムは少しずつ良くなっていきました。
しかしココットは、元気がありません。
マルメロが、出来上がったばかりの
甘夏のジャムを食べて、あれこれ感想を言っても、
ココットは食べようとしません。
そしてぽつりとつぶやきました。
「もうジャム食べたくない。」
「食べないと分からないよ。」
「だって私、ローザさんと一緒で、
ジャムよりバター派だもん。」
「お姉ちゃん、それは知ってるけど、
仕事なんだから割り切ってよ。」
マルメロは静かに怒りました。
「分かってるよ。
でも楽しくないのよ!」
ココットは机に突っ伏してしまいました。
「…こんなお姉ちゃんでごめん。」
消えそうな声で言いました。
マルメロは甘夏のジャムを見つめ、
しばらく考えた後、何かを思いつきました。
「よし!
じゃあ、お姉ちゃんの好きなものを
一つ作ろう。」
ココットが顔を上げました。
「え?何を?」
「あれだよ。バター好きのお姉ちゃんのために、
お母さんがよく作ってくれたもの。」
ココットはしばらく考えた後、
はっと気が付きました。
「それってレーズンバター?
あれなら私作れるよ。覚えてる。
お母さんよく作ってくれたなぁ。」
ココットは嬉しそうに言いました。
「うん。バターも時々売れるし、
あってもいいんじゃないかな。」
「じゃあ、ハーブバターとか、ナッツバターとか、
ガーリックバターとか、野菜のピクルスとか、
キャベツの酢漬けとか、アンチョビとか、煮豆とか
作っていいの?」
マルメロは少しぎょっとしましたが、
気を取り直して言いました。
「なんか、だんだんジャムともバターとも
かけ離れて来たけど…。
い、いいよ。お姉ちゃんが楽しんで作れるなら。
でも、季節のジャムもちゃんと作ってよね。
僕はジャム派なんだから。」
「うん。ありがとうマルメロ。
それなら頑張れそうだよ。」
やる気になったココットを見て、
マルメロはホッと胸を撫で下ろしました。
それから数日後。
「やっぱり、いつ来ても品揃えの悪い店だねぇ。」
口の悪いマーサおばあさんが、
店内をぐるりと見渡してそう言うと、
ローザおばあさんが言いました。
「おや、あそこに何かあるよ。
へぇ、試食だってよ。」
ローザの指差す場所には、
【良かったらパンに付けてご試食下さい。
甘夏のジャムと、レーズンバターです。】
そう書かれたボードと、
小さなパンと、甘夏のジャムと、
レーズンバターがありました。
「なんだい、やっと種類が増えたのかい。
食べてやろうかね。」
マーサが甘夏のジャムをパンに塗って食べました。
清々しい甘さが口に広がり、ほんのりと苦みも感じます。
「悪かないね。このほろ苦さがいいね。
でもちょっと、甘みが足りないね。」
マーサはそう言いながらも2個目に手を伸ばします。
「そうかい、私はバター派だから
こっちにするよ。」
ローザがレーズンバターを、
パンにたっぷり塗って食べました。
「うん。こりゃ美味しいね。
わたしゃ、甘いのはいやだけど、
これはバターの塩気が甘いレーズンと
相まって、いい塩梅だね。」
マーサは甘夏のジャムを、
ローザはレーズンバターを、
それぞれ手に取りレジのカウンターに置きました。
「ありがとうございます。」
マルメロは嬉しそうに商品を包みます。
「小さいのに相変わらず感心だね。
姉ちゃんは何やってんだい?」
マーサが言いました。
「ココットお姉ちゃんは
甘夏のジャムを作っています。」
マーサはどこか満足そうに言いました。
「じゃあ、姉ちゃんに伝えておきな。
今日のは60点だ。悪かないけど、
もっと精進しなってね。」
マルメロは少し嬉しそうに答えました。
「はい、ありがとうございます。伝えます!」
店を出ようとするマーサの背を見ながら、
ローザが小声でマルメロに言いました。
「でもあの人、三つも食べてたよ。」
2人は顔を見合わせて小さく笑いました。
マルメロは、2人を見送ると工房に行きました。
工房のドアを開けると
甘夏の香りが広がってきます。
懐かしい匂いです。
ココットが鍋に張りついてかき混ぜながら、
相変わらず、のん気な鼻歌を歌っています。
そして、マルメロに気付くと言いました。
「マルメロ。
そこの封筒に、新しいラベルが入ってるから
瓶に貼ってくれる?」
「うん。」
マルメロは、分厚いラベルの束を手に取ると、
何かに気が付きました。
そのラベルにはこう書かれていました。
『〜ココットとマルメロのジャム屋〜』
〜終わりに〜
街は大きなスープのようだ。
色も形も大きさも違う具材が合わさった
まるでごった煮の。
ある人はじゃがいもであり、
ある人はにんじんである。
そして、ある人は外に置かれた小さなパンである。
スープに落ちればたちまちに、
水を含んでふやけて、
跡形もなく消えかけてしまう。
だけどスプーンですくってみると、
案外、ふにゃふにゃのそのパンは、
味を含んで美味しかったりする。
物語を書くならそんな人達を書きたいと、
ある日ふと、思った。
最後まで読んで下さり
ありがとうございました☆彡