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【東京百景】又吉直樹から全ての上京民に告ぐ(エッセイ)

「東京は思った以上に広い」
というか一つ一つの街が大きく密度も濃く、その街の折々の風景に自分が馴染むまでとても時間がかかるように思う。

私は22才で上京。それ以来ずーっと東京に住んでいるのだが、未だに足を踏み入れたことがない地域が無数にある。何度も通って時間をかけて歩き回らなければ、点と点と点ばかり増えていくような街。それが東京だと思う。

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「東京百景」を書いていた時、又吉さんは駆け出しの芸人だった。いや芸人ですらなかった。養成所に通いながら慣れないアルバイトに明け暮れ、本を読み漁り、貧乏で痩せこけていた。「殺人犯」や「受刑者」などというあだ名をつけられるほど目つきの暗い変人だと思われていたようだ。

しかし……芥川賞取れるとまでは予想できなかったけれど、この頃の又吉さんの文章から感じ取れる言葉選びのユーモアと巧みさは!
更に、短いエッセイの中にある起承転結がトリッキーで、「結」の部分は糸が寄り合わさるように美しくまとめられるところは感動的ですらある。

この頃の又吉さんは膨大なインプット(読書)とアウトプット(ネタ作り&舞台)を繰り返している。また本来持つ自意識は研ぎ澄まされてゆき、暇な時間にはオリジナリティ溢れる空想物語を脳いっぱいに飛ばしていたようだ。

何者にもなれず、ドブの底を這うような時代にも、確かなインプットとアウトプットをしてきたことが芥川賞受賞につながったように感じた。

池尻大橋の小さな部屋
これはレビューを見たところ一番反響が大きいエッセイとなっている。
「火花」や「劇場」に出てくるような設定。つまり売れない芸人や俳優に尽くして崩壊する献身的な女性を中心に据えたエッセイだ。

一緒に服を見に行くと「これ一緒に使えるね」と言って僕のサイズで買ってくれた。クリスマスや誕生日には舞台で使うための洋服や靴を買ってくれた。一度だけ財布をプレゼントしたら、それをいつまでもボロボロになっても使い続けていた。

 
たまには贅沢して良いものを一緒に食べに行こうと誘うと「私なんかが使ってはいけない、自分で稼いだお金は自分のことに遣うべきだ」と断られた。

どんどんと地味に、静かな森のような雰囲気をまといはじめる彼女。体調を崩して実家に帰り戻って来れなくなる。

又吉さんは、この彼女と過ごした東京の日々を一番大切に思っている。そして一番後悔もしている。
最後には彼女にしてあげたかったこと、今ならしてあげられることを沢山書いてエッセイは幕を閉じる。

切ない……。意外な程に駆け上った又吉さんだが、心にはこの体験が痛みと共に常にあり続けるのだろうな。そして彼女が今幸せでいることを願う。

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