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【短編】 赤い教室

鉛筆が何度も突き刺され穴ボコになった机の上には物語の、ドラマの小道具のように花瓶が置かれている。花瓶の水は濁り、嫌な匂いがする。

クラスの誰も気がつかないものだからバカでノロマな僕が水を変える。

「ねぇ、何してるの?またイタズラ?」

クラスメイトのたいして仲良くもない女の子。

「いつも、いつも僕を悪者にして、たのしい?今だってさ、みんなが水を変えないから変えただけなのにさ。」

「ごめん、そんなつもりじゃなかったの。」

「じゃあどんなつもりだったんだよ。」

泣けば許されると思っている女の子。その泣き顔目掛けて僕は拳を振り下ろした。

「やめて、いたい、ごめんなさい。」

鼻血、青あざ、涙で彩られた泣き顔は可愛らしく初恋の毒が気が付かぬ間に全身を巡り、舌で鼻血を舐め取り、震える女の子にキスをした。
放課後なので教室はシンと静かだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

何度も飽きず呟く女の子、どこか加害者なのに被害者面をしている。床にポトリ血が垂れる。泣き喚かず固まっていて可愛らしい。
こういうのを蛇に睨まれた蛙というのだろう。

いい気になった僕は水を変えたばかりの花瓶で殴りつけた。頭も花瓶も割れて、フラフラと女の子はイスに座り込む。額からは汗のように血が2列、3列と数を増やし、流れる。

「なんで殴るの?」

「好きなんだ。」

「殴るのが?」

「違うよ、君が大嫌いだったけど血を見たら好きになったよ。」

「イミわかんない!やめてよ。キライキライ、きもちわるい。」

怒りの炎はまたメラメラと燃え上がる。

「なんでそんなこと言う?」

女の子は短く空気を吸った後机につっぷするようにして気絶してしまった。

僕は女の子の中から悪い心だけを取り出してあげたかった。きっと悪い心が僕に悪口を言うんだ。
転がっていた花瓶の鋭くナイフみたく尖った破片を持ち、女の子の懐に潜り込もうと、机の下に入った。
シャツをめくり、キャミソールをめくり、柔肌に包まれた心を取り出そうとまためくった。胸をめくっても出てくるのは血と白い骨ばっかりで今度はお腹をめくった。

女の子の息がゼエゼエとおかしくなる。

座っているからお腹の中のものが次々重力に負けて落ちてくる。こりゃいいと思い、あふれてくる血を全身に浴びながら心を探した。

どこにも心なんてなく、「さむい、さむいよ。ねぇ、どうなってるの私のお腹、何したの、ねえ。」と僕を責め立てる声が女の子の口から吐き出されるばかり。

「そんなに気になるんなら自分で見ればいいだろ。」と僕は言った。

「いや、いやこわい。だってあなた、血で真っ赤じゃない。私の血で真っ赤じゃない。死んじゃうってことでしょもう、ずっとさむくて震えているの。」

夕日もやっと落ちた頃、懐中電灯を持った先生があくびを噛み殺しながら呑気に教師に入ってきた。

「こんな時間に何してるんだ!帰らなくちゃだめだろ!また悪さしてるのか吉川。」

「花瓶の水を変えていたの。」

「先…生。私のおなかを見て。こわいの。ねえ、見て。」

「うわあ、川上も居たのか。どうしたんだ鼻血が出てるぞ。」

何気なくお腹を見て先生は後悔したのか苦虫を噛み潰したように眉間が歪んだ。

「こんな、酷い、お、お前がやったのか?イタズラで済まないぞ。」

先生の声は酷く震えていた。

「好きだったから。好きになっちゃったから。ずっと好きを抱えて生きていくのは苦しいから」

「それでこんなことしたのか?」

「うん。」

「お前はキチガイだ。」

「先生がそんなこと言うの?」

「一人の人間として言っている。」

机の上の死体はビクリと動き床に倒れてしまった。涙の通った跡が血をおしのけているのでクッキリとして線になっていた。

「なあ、お前、これからどうするんだ。」

「どうもしません、僕はずっと僕のままです。」

赤い教室にはツンと鼻につく匂いが充満していた。先生はこれ以上何も言わずに僕を外に引っ張り出した。女の子のことはほったらかしで。

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