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【感想】消える記憶、それでも残るもの。映画「今夜、世界からこの恋が消えても」【ネタバレあり】

以前から気になっていた映画「今夜、世界からこの恋が消えても」を観ました。
夏季休業中で時間があったので1回目を観た後、どうしてももう一度透くんに会いたくて、2回目。

結論、2回目がより胸に迫ってきて涙があふれてきた。
1回目ももちろん受け取るものがたくさんあった、でも衝撃の中で受け取りきれなかったものもあった。
2回目はそれらを細かく受け取って消化することができたから、ようやく透くんとお別れすることができそうです。

主演の福本莉子さんがこの映画を観た後におっしゃっていた、「透くんに会いたくなった」という言葉の意味が、今なら分かる気がする。

映画「今夜、世界からこの恋が消えても」は、交通事故により記憶障害(眠るとその日の記憶を忘れてしまう)を患う日野真織と、友達へのいじめを止めるために真織に嘘の告白をし、真織と付き合うことになった神谷透のラブストーリー。
でも、この物語は二人を取り巻く周囲の物語でもある。

悩みながらも恋人同士であり続ける二人をそばで見守る真織の親友、綿矢泉。母親の死以降バラバラになった家族に心を痛めながらも小説家としての道を進む新人作家で透の姉の早苗。愛する亡き妻との約束から小説家を目指し続ける透の父。

「恋愛」「友情」「家族」人間関係の3つの軸ともいえるもの。
この作品では二人の愛を通じてそのすべてを描いていたように思う。

真織の強さと透の愛

毎朝目覚めるたびに「交通事故で記憶障害になった」という事実を受け止め続ける真織はどのような気持ちだったのだろうか。
そんな真織が透との出会いで「記憶を失い続けても続けられるもの」「消えても残るもの」を教えてもらった。

透との初めてのデートで外で眠ってしまった真織。目覚めたら知らない場所、知らない男の子。真織はパニックになって逃げだす。
透にも事情を説明していないから当然透は逃げ出した真織を探す。
メモを読んで自らの事情を把握した真織は追ってきた透に記憶障害のことを話してしまう。


「二人で明日の日野をだまそうよ」
そう言って彼は真織の日記にデートでの失敗を書かないよう、記憶障害について話したことも書かないように言った。
続けることで必ず苦しみがあるのはわかっていたけれど。
この時点で透は真織に気持ちがあったのかもしれない。私はまだ透が真織に注いだような無償の愛を知らない。

でも、透の苦悩も描かれていた。
水族館デートで買ったおそろいのペンギンキーホルダー。彼は真織にその話をしたが、真織は覚えていなかった。
日々増えていく思い出を抱えきれなくなって真織は毎朝すべてを把握することが難しくなっていたから。
わかってはいたことだけど、実際に遭遇すると心が折れそうになり逃げようとする透。泉から「覚悟してたんじゃないの?真織は毎朝絶望的な気分と向き合ってる、絶対逃げないんだよ。」と言われるシーンは印象的だった。
透に愛を「もらって」受け身の存在に見える真織は日々絶望と向き合いながら決して逃げない強い人だということ。
覚悟していながらも好きな人の記憶に残ることができないことは受け入れがたくつらい現実であるということ。
透と真織の関係を築く上での難しさを実感した場面だった。

そばで見守って、置き去りにされた泉

この作品を語る上で欠かせないのが真織の親友、泉。


透と真織の恋愛をずっとそばで見守りつつ、最後には透の親友としても精一杯行動した。
泉は高校生には一人で抱えきれないくらいの思いを丸ごと抱えてたくさん苦しんだと思う。
透が心臓の病気で亡くなる前日、泉は透に「もしものことがあったら真織の日記から僕を消してほしい」と頼まれる。

毎朝目覚めるたびに「恋人を失った」という事実を向き合い続けなければならない真織の気持ちを考えて。
透もこんなに早くお別れが来るなんてことは想像していなかったかもしれない。でも、この作品を描くためにはこれだけ「突然」であるべきだったのだと思う。
泉はこう表現した。
「死に対して私はあまりにも無防備だった」と。

それだけ突然だった。透の死に対して防御する時間もないくらい。
泉は透の死を真正面から受け止めなければいけなかった。強制的に。
それほど突然に訪れ得る死に対して、人はどう乗り越えていくのか?向き合っていくのか?それらを描くためには透の死は突然でなければいけなかった。

私も「もう透が戻ってこない」「隣にいた人が急にいなくなる」ことに対してたくさん考えた。
大事にしたい記憶、つかみたくてもつかみきれない記憶。
どんなに悲しくてもいつかは過去の一部となってしまう人の記憶たちについて。
永遠かのように思える瞬間、永遠であってほしいと願う瞬間、掴んでも掴みきれない記憶の断片を大事に抱いて生きる人たち。

でも、再びこの作品と向き合うと少し違った見方ができた。
「つらい記憶を消してしまうことは正しいのか?」
この作品が全体を通して私たちに問いかけたかったもう一つのテーマに対して考えることができた。

上記の問いは透から優しくも残酷な頼みをされた後に何度も泉が繰り返したものであると思う。
現代ではつらい記憶を消去することができる薬、なんてものも開発されている。
つらい記憶によって心身が壊れてしまうのなら消してしまうのも一つの道であるのかもしれない。それが、透の、真織を最も愛した透の遺志であるとしたら余計に。

しかし、確かにあったはずの事実を周囲には残したまま本人の記憶からは消えたままなのは真織の大切な一部がなくなってしまうことにもなる気がした。

泉は苦しみ続けた。
真織の親友として真織を大切に思う気持ち、透を思う気持ち、透の遺志の3つに囲まれて潰されそうになっていた。
映画の中ではほんのりとだけ描かれていたが、泉は透に対して恋愛感情を抱いていた。

透を愛していたからこそ、透がいた記憶が真織の記録の中から消えるのが耐えられなかった。そのような決断は透があまりにも可哀想だと思った。報われないと思った。
しかし、透を愛しているからこそ、透の遺志を尊重したいとも思った。
結果的に泉は真織の日記から透に関する記述を削除した。

それでも泉が真織の本当の日記を手元に残したのは、自分もいつかは薄れていく透についての記憶をつなげとめておきたい気持ちからだと感じた。
全てを知ったうえで見ている視聴者としては泉の気持ちが痛いほどわかって、胸がぎゅっと苦しくなって。

最終的には泉は自分の透への気持ちと、真織の大切な記憶の一部の両方を守ることができたんだと思う。
2人とも大切な人だからこそ、時が来たら明かさなければならない事実があった。
透について受け止めるには、泉にも真織にも時間が必要だったんだと思う。

早苗の後悔、父親の苦悩

透の姉である早苗と父親、透の関係の修復もこの作品では描かれた。
妻との約束を胸に小説家を目指し続け、芽が出ないまま歳をとった父親。
一方で父親に言い出せないまま純文学作家として夢を叶えていく早苗。
透はまた、全てを知りながら家族を支えていた。

早苗は急に家を出たことで透を犠牲にしたと後悔している。
でも、透はそうは思っていなかった。
「犠牲になんかなってないよ」透のこの言葉に早苗はどれだけ救われただろうか。
「夢」を無邪気に追いかけるのは大人には難しい。大切な家族と、現実と折り合いをつけて歩んでいかなければいけない。でも、早苗には才能があった。透の後押しで早苗は夢に向かって歩くことができた。

父親は愛する妻の死後、逃げてばかりいた。小説もうまく書けず、評価を受けることからも逃げてばかりだった。
そんな父親も透から「ずっとそばにいてくれたから、立派な父親だよ」と認めてもらい、ずっと許せなかった自分を愛することができた。



透が亡くなった後、父親はどうしているのか、何度も思いを馳せてしまった。作家としての仕事がある早苗は立ち直る術がありそうだけど、父親は透の突然の死をどう受け入れ、どう生きていくのか。

透の父親が透の死後、透が母親から教わったやり方で丁寧に畳んだハンカチを遺影の前で眺めるシーンが印象的だった。

透が畳んだハンカチはたしかにそこにあるのに、少し前まで透はハンカチを畳んでいたのに、そこに存在していたのに、今はいない、二度と会うことができないのだという事実を痛いほど噛み締めているように感じられた。
そこから透のぬくもりが感じられるかのような。

逃げることをやめて、今までほったらかしにしてきた「父親」という役割をやってみようか、となったところで透とのお別れ。
父親の心情を想像すると胸が張り裂ける思いがする。

早苗と父親の溝に板挟みにされながらも透はその包み込むような優しさと温かさで家族を溶け合わすことができたのだと思う。
本人はきっと自覚していなかっただろうけど。

消える記憶、それでも残るもの。

一見、この映画は記憶障害の彼女に焦点が当たっているように思えるかもしれない。設定が刺激的で、かつ王道だから。でも、本当の物語の主軸は「神谷透」だ。平凡で何も持っていないかのように見えたとにかく優しい彼。
彼の平凡でそれでいて尊い一生に焦点が当てられている。

だからこそ私はここまで胸が痛いのだと思います。ごく平凡な、でも確かに存在する誰かの大切な人の喪失の物語だから。
それぞれに存在する大切な人と透を重ね合わせてしまうから。

花火を見ながら忘れたくないと涙する真織に透がそっとかけた言葉。
「どんな記憶も、完全に消えるわけじゃないよ」


透は真織にそう言ったのに、なのに消そうとした。透と真織の記憶を完全に消せると思おうとした。
透が唯一抱えた小さな矛盾。
まだ高校生だった透の、小さな矛盾。

もしかしたら透はその小さな矛盾に真織への愛を届けたのかもしれない。
期待したのかもしれない。真織が自分を記憶してくれることを。

「喪失感」それが私が映画を見終わって最初に感じた感情だった。
YouTubeに投稿されていたドキュメンタリーを見ると、真織を演じた福本さんが既にその気持ちを代弁してくれていた。
「透くんに会いたくなりました。」
初回試写を終えて福本さんはこうコメントした。

私が感じていた気持ちはこれだった。
もう一度透くんに会いたいんだ。透くんの優しさに包まれたいんだ。
でも会えないから苦しいんだ。
どんなに会いたいと願っても、「今日の透くん」はいなくて、「明日の透くん」もいない。
記録の中の過去の透くんだけ。


その事実がたまらなくやるせなかったんだ。
受け入れられなかったのだと思う。
真織の気持ちを想像したら苦しくなった。

映画の中の真織はとても強かった。
二度と会えない透について、失った記憶について、懸命に思い出そうとしていた。
忘れようとする私たちと、思い出そうとする真織。
その対比が私たちがどうしようもなく訪れる死との向き合い方のヒントをくれる気がしていた。

乗り越えるために忘れる私たち。
失われた記憶を取り戻そうとする真織。

「あなたの未来をおろそかにしないでね」
早苗が真織にかけた言葉だ。

未来をおろそかにせず、過去になっていく記憶と向き合うこと。
それが弱い私たちがどうしようもなく訪れる大きなものに潰されない方法なのではないか。
そんな風に感じた。

真織と透はとても強かった。
目を逸らしたくなるものと逃げずに向き合うことを教えてくれた。


とてもとても苦しくて悲しいけれど、時々見返して大切なことを思い出したい作品になりました。どうしても悲しみに押しつぶされそうになった時に思わぬ優しさをくれそうな映画です。

まだ見に行かれてない方はぜひ劇場に足を運んでみてください。

こんなに長い感想を最後まで読んでくださりありがとうございます。


これからも日々を生きていかなければいけない真織たちに、春の日差しのような優しさが降り注ぎますように。


ヨルシカ- 左右盲(主題歌)
作品の世界観と合っていてエンドロールで流れると引き込まれます。

福本さんと道枝さん出演のドキュメンタリーです。透と真織を演じる上での苦悩や気持ちなどを語ってくださっています。

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