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自分の後悔と親への不満を他人に投げつけないでほしいと思った話。


小学1年生の息子が(排尿時の)腹痛を訴えたため病院に連れて行ったところ、
(膀胱炎や尿道炎ではなく、はっきりとした原因は分からず)
「もしかしたらストレスかもしれないね」と言われた。
ストレスを感じているときに出る、何とかって数値が出ていると。
学校に行きたくない息子を無理やり連れて行っているから、それがストレスになっているのかも。




といった内容のツイートをしたところ、(リプと)長文のエアリプを頂戴した。
エアリプと言っても私個人ではなく「学校に行きたくない子どもの親」に向けたものでしたが。


「無理やり学校に行かされる子どもの気持ちを考えてみてほしい」
「自分の子に限って不登校にはならない、集団生活できると思い込んでいるのは大間違い」

という、上から目線の書き方(自分で言っていた)で、親切心や善意から言っているような口ぶりだったが、大人になっても尚子ども目線の、本人の心の傷が見え隠れする痛々さを感じる訴えだった。
きっとそれは、そうしてくれなかった自分の親へ言いたかったことなのだと思う。
分かってほしかった、もっと考えてほしかったという気持ちがひしひしと感じられた。


息子のこと、自分のこと、何でもかんでも書いているわけじゃないから、同じように見られても仕方ないかもしれないし、
そういう親がいるのを実体験として知っているから書いたのだろうけど、
(タイミング的に)あたかも私が子どものことを考えもせずに行動しているような書き方をされて、少し腹が立ってしまった。
(…いや、少しじゃないのかも。だからこんなところに書いている。)


当たり前に集団生活・学校生活を送れた人間だけが親になっているわけじゃない。
学校に行きたくない気持ちが痛いくらい分かる親だっている。

私自身、ずっと不登校だったから息子の気持ちは理解できる。むしろ共感しかない。
無理やり学校に連れていかれる気持ちだって知っている。ツライことは分かってる。
当時の私は今の息子よりよっぽど酷かった。本当に酷かった。
同じ状況になって初めて、自身の親に対し「本当に申し訳なかった…!!!!」という気持ちなっている。

息子が学校に行けて当たり前だなんて思ってなかった。
学校に行くだけで偉い!凄い!と思っていたし、「行きたくない」と言い出した時は「私の子だからなぁ」と思った。
(ちなみに夫は、当たり前に学校に行けていた人だから全然理解も共感もできてない)


だからと言って、上手く寄り添える訳じゃない。
私と息子は別の人間だし、理由も環境も違う。
どうすればいいか悩みながら試行錯誤して、反省もしながら向き合っている。
息子が私みたいにならないようにするにはどうしたらいいのだろうと、過去の自分とも向き合いながら考えている。


息子は、気持ちが切り替えられたら笑顔で学校に行けるし、着いてしまえばひとりで教室にも入れる。
授業の途中でも「おはようございまーす!」と教室に入り、即授業に参加できていると先生から聞いてびっくりした。え?メンタル強くない??

ただ、どうしても切り替えられず、私が待ちきれないときは、無理やり連れて行ってしまうことがある。
行けるように待った結果、もうすでに何度となく仕事に遅刻し肩身は狭いし、有休も残り数時間しかないのもあって、気持ちに余裕がなくなっている。
そのため最近は無理やりが増えてしまっていたし、イライラが募って、強く当たってしまうこともある。感情的になり責めるようなことを言って後悔したことも多々ある。
それは本当にストレスだっただろうなと反省している。

私だって休めるなら休みたいし、もっと時間をかけて気持ちに寄り添ってあげたい。

「家にずっと子どもがいるのは親も大変だろうけど」…?
自分が大変だから、休ませてあげないと思われてる?それとも専業主婦でずっと家にいると思ってる??
あるいは子どもが学校に行きたがらない場合は仕事を辞めてずっと家に居るべきだという考えなのか…。
(正直、無理やり連れて行くより「行かなくていいよ」とする方が私は楽だなと思っているけど…)


息子は学童は大好きだから、仕事を辞めると学童に行けなくなるから私が仕事を辞めることは望んでいない。
家と学校以外の居場所も大切だと思うから、今は退職という選択肢は(経済的にも)ない。
(転職はずっと考えてはいるけど…)
学童以外の好きな場所も見つけられたらいいなとも思う。


理想は…
学校に行けるよう気持ちが落ち着くのを待って、のんびりふたりで歩いて登校するとか、
どうしても行きたくないときは休ませて、家で一緒に勉強したり好きなことしたり、お出かけするとか、
自分の気持ちにも余裕を持って、怒らずゆっくり話を聞いて、どうしたらいいか、どうしたいかを聞いて…


…を出来たらいいのに!!と自分が一番思っていて、でもそれが難しいから、出来ない自分に苛立ちながら、日々反省し頑張っているところに、

「もっと子どものことを考えてください」みたいに書かれてしまうと、
残念ながら「は?考えてますけど?」という気持ちにしかなれない。(そしてブロック)


無理やり学校に連れて行かれてツラかった。
自分は集団行動が苦手だったのに、親は理解してくれなかった。
学校を休んでも、親は優しくしてくれなった。
不登校だとしても勉強できる環境が欲しかった。
自分の特性・性格を親や周りに理解してほしかった。
それに見合った対応をしてほしかった。
学校の先生も真摯に向き合ってくれなかった。
こんなにツライ思いをしたくなかった…

という自分の後悔と親への不満を「親切心」に擬態させて他人に投げつけるのはやめてほしい。
(ぶつけるべきは自身の親で、他人の親ではない。)

と思った話でした。(まとまらなかった)


ちなみに、病院では「おしっこのことは切り離して考えると、胃腸炎の始まりかもしれないし、ストレスかもしれない」
「元気が…この子は元気だけど、元気がなくなるようであれば"自家中毒"っていうのかもしれないから、とりあえず様子を見てね」と、診察室の回る椅子でくるくるはしゃぐ息子を見ながら言われました。

帰宅後、自家中毒(アセトン血性嘔吐症)について調べてみると…

2~10歳くらいのこどもにみられる病態で、食中毒ではありません。原因については諸説ありますが、確定的なものはありません。
発症すると元気と食欲がなくなります。さらに進むと頭痛と腹痛を訴え、嘔吐が始まります。
発表会や運動会など子どもにとって緊張感が高まる行事などがあると起こりやすいことから、自律神経の病気と考えられています。
遺伝性があり、親も子どもの頃、自家中毒を繰り返していることが多いですが、10歳頃には自然に改善します。診断は症状と尿中のケトン体濃度を調べることでつきます。
治療はブドウ糖の点滴や静脈注射が奏効し、尿ケトン体の量に応じて点滴量を変えたりします。
点滴は劇的に効くことが多く、多くの場合は点滴後にけろっと治ってしまうことも少なくありません。
また、自家中毒を起こしやすい子は痩せ形の男子に多いといわれていますが、体質的にケトン体が生成されやすく、風邪や胃腸炎などでも容易に誘発される傾向があります。

https://kp-clinic.jp/sick/#anc9

とのことで、痩せ型男子は当てはまるし、胃腸炎の始まりかもしれないと言われたのも理解。
そして、幼少期の自分も頭痛腹痛があったから、もしかしたら私も自家中毒だったのかもしれないし、遺伝しているのかもしない。
(お腹痛い頭痛いと言いすぎて、当時仮病だと思われていたから、息子の体調はちゃんと気にかけてあげようと思った)

病院に行った直後から、何故か腹痛は治ったようで(病院に行ったことで安心した?)、息子はすっかり元気です。(学校へはスムーズには行けてないですが)


「準備して」
「やだ」
「行かないの?」
「行く」
「じゃあ準備して」
「やだ」
「…行くんでしょ?」
「行く」
「準備して」
「やだ」
「…行かなくていいよ」
「やだ。行く」
「じゃあ準備して」
「やだ」
「ママが着替えさせていい?」
「やだ」
「じゃあ自分でして」
「やだ」
「…なんで?行くんでしょ?」
「行くけどやだ」
「…」

そんなこんなで、今日も遅刻です。

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