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世界の民族紛争とパレスチナを比較してみよう

 現在もガザの紛争は全く解決しておらず、余談を許さない。イスラエル軍はハマスとの交渉を行っているようだが、地上侵攻を中止する予定は今のところないようだ。ハマスの奇襲攻撃があまりにも欺瞞的だったため、イスラエルは相手を全く信用できないだろう。こうした100年にも積み重なった積年の恨みは世界の様々な民族紛争で見られる現象である。

 他に長期間憎悪が続く民族紛争には何が挙げられるだろうか。北アイルランド・旧ユーゴスラビア・コーカサス辺りだろうか。いずれも宗教絡みの複雑な問題だ。今回はこうした他の民族紛争と比べたパレスチナの特徴を考えてみよう。

経済格差

 パレスチナ紛争は当事者間の経済格差が大きい。イスラエルを建国したアシュケナジム系のユダヤ人は基本的にヨーロッパ人であり、現地のアラブ人とは全く違う世界で生きていた。したがって両者は異なる文明の衝突のように見えてしまう。

 イスラエルとパレスチナの経済格差は10倍近い。これは民族紛争の当事者の抱える経済格差としては極めて大きい。多くの民族紛争は古来から隣同士の民族によって行われるため、大体発展のレベルも同じくらいだ。イスラエルは他の大陸から入ってきた入植者であるため、ここまでの差が開いてしまう。ヨーロッパ人による新大陸の征服に近い構図が見受けられ、イスラエルが植民地国家だと批判される原因だ。

 他の民族紛争地域の格差はここまで大きくない。イギリスとアイルランドの経済格差は大きい時代ですら2倍で、現在はアイルランドの経済成長によって解消されている。セルビアとクロアチアの経済格差も時代によるがせいぜい2倍だ。アルメニアとアゼルバイジャンの経済格差も2倍で、それも石油価格が安定しているときに限られる。バスク紛争・クルド紛争・カシミール紛争に至っては一応安定した国民国家の内部であるため、更に差は小さい。

 比較的大きいのはチェチェン紛争で、ロシアとの経済格差は3〜4倍だ。ただしロシアは広大な多民族帝国で、元々格差は大きい。それにチェチェンは周辺の北コーカサス地域と比べてそこまで貧しいわけでは無い。似たような状況は同じく極度の多民族国家であるインドネシアにも見られる。

 イスラエルは多民族帝国になる気は全くない。イスラエルの強みはむしろ団結と均質性だ。確かにエチオピア系ユダヤ人など生活様式が著しく異なる集団を受け入れたことはあるが、あくまでユダヤ教の理念と周辺地域との対立によって生み出されたものだ。パレスチナ人を受け入れる余地は全くないと思って良いだろう。

 ここまで格差の大きい隣接した集団となると、世界でも限られる。南北朝鮮やハイチ・ドミニカなどが例だろう。いずれも豊かな国は貧しい国に対して嫌悪を通り越して理解不能だと考えている。常識的な隣国間のお付き合いですら難しい。不法移民が越境してきても社会に馴染めないことが多く、経済交流にメリットすらそれほど多くないのだ。イスラエルはパレスチナを怪しげな貧民窟に見ているし、仮にパレスチナ国家が誕生しても時間の問題で破綻すると考えるだろう。

外国の介入

 多くの場合、民族紛争は部外者から見るとどうでも良い。歴史的遺恨と言われても当事者以外は共感できないし、積極的に関わるモチベーションもない。むしろ余計な争いは止めてほしいと考えている。紛争が発生すると観光はできなくなるし、商取引も大打撃を受けるからだ。ボスニアにせよ、チェチェンにせよ、国際社会が求めるのは一にも二にも停戦と安定であり、どちらが正義とかどちらが勝利するかはどうでもいいのだ。

 とは言え外国が介入するケースは多い。その国と文化的な結びつきが強い国家がメインだ。例えば北アイルランドの反乱はアイルランド共和国やアメリカのアイルランド系市民が援助していた。コソボ紛争ではコソボと民族的に同一のアルバニアが武器の輸出ルートとなっていた。ただし、こうした介入は限定的で、しかも近隣国に限られる事が多い。

 パレスチナ問題はこれらの民族紛争とは大きく異なる。国際社会からの関心が極端に強い。イスラム世界は軒並みイスラエルと国交を結んでいないし、パレスチナで何かが起きる度にイスラエルへの憎悪を爆発させる。このような紛争は他には稀だ。北アイルランドの紛争でアメリカ中の市民が暴動を起こすことなど考えられないだろう。同様にボスニアの紛争でもイスラム世界とキリスト教世界が激しい憎悪を抱くことはなかった。文化が近い民族を支援する傾向はあったが、やはり安定を求める声のほうが強い。海の向こうの国が熱狂するような事態は起こり得なかった。

 パレスチナ紛争への外国の介入の規模は民族紛争よりも大国間の代理戦争に匹敵する。かつてのベトナム戦争や現在のウクライナ戦争も地政学的理由によって大国による莫大な支援が行われ、戦争の規模を飛躍的に拡大させている。パレスチナにも同様の構造が見て取れるが、ドライな大国間抗争と違って感情的なエスニック紛争という厄介な性質により、問題が深刻化している。アメリカがロシアやイランに融和しても泣き叫ぶ人はいないだろう。しかし、パレスチナ問題の場合は遠く離れたパキスタンやマレーシアの民ですら暴動を起こし、自国政府を批判しているのだ。イスラエルが非常に小さく、パキスタンやマレーシアに何の脅威ももたらしていないことを考えると異様さは際立つ。

帝国の崩壊

 バルカン半島の紛争はオスマン帝国の衰退後に浮上した。大国の統治がうまくいっている間は現地の民族紛争は抑えられる。しかし、帝国が崩壊してしまうと現地の民族を強制的に仲裁する存在が消えるため、古来の民族間の亀裂が表面化する。ソ連崩壊後のコーカサスでも発生した事象だ。

 パレスチナも同様だ。紛争はすでに1920年代から始まりかけていたが、一気に激化するのは1948年だ。大英帝国が崩壊し始め、事態を収集する力を失ったときである。同時期に印パ紛争も発生している。帝国の崩壊に伴って民族紛争が爆発するのはあらゆる帝国に見られる現象だ。パレスチナもこの点では例外ではなく、かなり典型的なルートを辿っているように思える。第二次世界大戦後は国境線の変更や国家間紛争の暴力的解決が極めて難しくなっているため、この手の問題は長引く傾向にある。印パ紛争やミャンマーの国内紛争も1940年代以降一貫して続きており、解決の糸口が見いだせていない。

激しさ

 一連のアラブ・イスラエル紛争で死亡した人数は10万人を超えないだろう。パレスチナに限定すれば多めに見積もっても3万人だ。民族紛争としては「ふつう」の水準だろう。パレスチナ問題に寄せられる関心の強さに比べて意外にも死者は少ない。紛争の規模を遥かに上回る憎悪が周辺を覆い尽くしているようだ。

 チェチェン紛争では100万人のチェチェン人のうち、10万人から20万人が死亡した。独ソ戦に匹敵する激しさだ。ボスニアの紛争はこれほど激しくなかったが、それでも人口の2%〜3%に当たる10万人以上が死亡している。ルワンダ内戦はジェノサイドを伴ったため、人口の10%が殺害された。このあたりが民族紛争の中でも特に激しい部類だろう。

 パレスチナ紛争が高度に政治化された紛争であるという根拠はこの辺りにある。ベトナム戦争やアフガニスタン戦争は政治的に重要であると同時に、投入された軍事力も巨大だった。しかし、パレスチナ紛争は軍事的な存在感以上の政治的関心が寄せられている。ハマスに目的はイスラエルを軍事的に破ることではなく、パレスチナの大義に国際世論を惹きつけることにあり、イスラエルにとっての脅威はパレスチナ人に対する弾圧に触発されてイスラム世界や何処かの大国が介入してくる可能性だ。

 ガザの戦争によってウクライナがダメージを受けるという説がある。ただ、おそらくウクライナ戦争にパレスチナ問題が与える影響は小さいだろう。ウクライナ戦争は戦場で決着が付く古典的な戦争で、それはパレスチナに関心が集まろうとも変わらない。政治的パフォーマンスとは別にウクライナへの軍事援助は続くだろう。国連がどう動こうともプーチンとゼレンスキーは戦い続けるだろうし、テロ行為に訴えることはないだろう。

解決策

 民族紛争の解決策を比較してみよう。この手の紛争を解決する最も容易で後腐れの少ない方法は強い勢力による軍事的征服だ。勝利した側は敗北下側を痛めつけることもできるが、一方で寛大に接する方策を取ることも多く、この場合は武力によって平和が強制されることになる。ナイジェリアのビアフラ戦争やスリランカのタミル紛争はこうして完全に決着が付いた。最も有名なのはルワンダかもしれない。ツチ族主体のルワンダ愛国戦線はルワンダ全土を征服して虐殺を止め、現在に至るまで強権支配を続けている。ルワンダ愛国戦線の統治下ではツチ族とフツ族の区別は禁止され、民族融和が強制されている。

 別の方法もある。外部勢力による統治だ。オスマン帝国・ソ連・ユーゴスラビアといった多民族専制国家は全て少数民族の自己主張を抑え込むことで紛争を防いだ。スターリンは生粋のグルジア人だったが、グルジア民族の代表者として行動したことは一度もなく、むしろ少数民族に対する警戒心が強かった。民族問題の厄介さを実体験で理解していたスターリンはレーニンの理想主義的な民族政策に批判的で、少数民族の分離運動に関しては徹底的に弾圧した。こうしてソ連領域内の民族紛争は抑制されていたのである。ただし、民族自決や主権尊重が進んだため、この方法は現在では難しくなっている。国連による介入も気まぐれで、限定的だ。ボスニアは実質的にNATOとEUによる委任統治がなされているが、この程度しか成功例はない。多くの場合は国連の中途半端な介入の中で紛争が長引いている。

 そして禁断の方法がある。それは民族浄化だ。最も大規模だったのは第二次世界大戦後の東欧である。スターリンによって強制的に民族が追放されたことで東ヨーロッパでは民族と国境が一致し、戦間期の民族問題は解決した。現在のポーランドやチェコは単一民族国家だが、何もしないでそうなったわけではない。過去の悲しい歴史がそこには反映されている。他にはオスマン帝国の崩壊期のジェノサイドとトルコ共和国の建国が例としてあげられるだろう。なお、ヒトラーは「ユダヤ人問題の最終的解決」と称して大量虐殺を行ったが、ユダヤ人はドイツ人と特に紛争を起こしてはいないので、ホロコーストはこれに該当しない。単なるスケープゴートだ。

 イスラエルはこのいずれの方策も行えていない。イスラエルと周辺アラブ諸国との戦争はイスラエルの圧倒的勝利で決着したが、パレスチナ紛争に関しては全く解決に向かっていない。イスラエルがパレスチナ人を包括する国家づくりを行っていないこと、イスラム世界が過激派の反乱を助長していることが原因だ。イスラエルはパレスチナに対して終わりのない占領戦争を行っており、アパルトヘイトに類似した状態になっている。これではいくら軍事力を行使しても解決不能だ。人道上問題がある表現かもしれないが、パレスチナ紛争の規模では双方に厭戦ムードを高めるだけの犠牲者が出ていない。イスラエルは自己主張を強めているし、パレスチナもイスラム世界の援助で戦い続けることができる。イスラエルはいつまでパレスチナへの占領を続けるつもりなのか。チェチェン紛争は無制限の暴力で解決されたが、チェチェン人はロシア国民としての市民権を保証されている。パレスチナのように同化も分離も許されない地域は珍しい。

 外部勢力の介入も望み薄だ。地域全体を支配する強力な専制帝国は地域に存在しないし、仮に生まれてもアメリカに確実に壊滅させられるだろう。国連による介入は武力行使が少なく、政治的に危険な領域には踏み込まない。従って紛争解決には生ぬるく、あまり成功しない。ボスニア紛争が解決したのは凄惨な内戦で当事者に嫌気が差したからであり、国連それ自体の権力で解決されたわけではない。考えうるとすればアメリカだが、政治的に危険すぎるだろう。米軍がパレスチナ地域を占領すればイスラム世界の憎悪は頂点に達し、深刻な政情不安が起こる。パレスチナにそこまでして米軍が関与するメリットはない。これ以上イスラム世界の揉め事でエネルギーを吸われたくないのが本音だろう。外部勢力がパレスチナを征服して強制的にユダヤ人とアラブ人を和解させるという方策は一番後腐れが少ないが、今のところ現実性が低い。どのような形であれイスラエル国家の滅亡を意味するため、彼らは核兵器を使ってでも抵抗するだろう。

 民族浄化も当然のことながら政治的に不可能だ。パレスチナ問題は国際社会の関心を集めすぎている。パレスチナ人の土地への執着は強く、イスラム世界もそれを全面的に支援しているため、パレスチナ人の移住を促しても効果は薄いだろう。仮に追い出したとしても越境攻撃を掛けてくるはずだ。また、アラブ諸国がパレスチナ人の受け入れを拒絶しているのも問題だ。アラブ諸国はパレスチナを内心では脅威と考えており、イスラエルとの闘争に彼らの目が向いている状況は好都合だと考えている。エジプトはハマスと対立状態にあり、パレスチナ人がシナイ半島に移動してくるシナリオは避けたい。この地域では2010年代からジハード主義者が暴れ回っており、パレスチナ難民と結びついたら大変な事態となる。イスラエルとの和平条約が崩壊する危険もある。エジプトはだからこそガザの封鎖を続けている。ヨルダンやシリアも似たような状況だ。両者ともにパレスチナ難民と戦争状態になったことがあり、現在も潜在的な脅威だと考えているだろう。アラブ世界はあまりにも不安定で分裂しているのだ。

未来への妄想

 多くの場合、紛争は相互不信によって発生する。お互いがお互いに対して恐怖を感じるために抑圧も反撃も苛烈になる。このスパイラルを止めるには上位存在が調停者となるしかない。ホッブスはこれをリヴァイアサンと呼んだ。ドイツとフランスはNATOのお陰でお互いが攻め込んでくるか気にする必要がない。更に極端な例だと未開の部族地域に拳銃を持った警官が1人赴任してきただけで部族抗争が消滅した例もある。問題はこの地位でリヴァイアサンになれるのが誰かということだ。

 何年先になるかはわからないし、ほぼ妄想に近くなってしまうが、最終的に解決されるとしたら私は新オスマン帝国の誕生しかないと考えている。トルコはイスラム教スンニ派であるため、欧米人に比べてアラブ人の理解が得られやすい。地理的にも近接している。何よりトルコには数百年間アラブ世界を支配してきたという実績がある。イスラエルとトルコは建国当初から揺るぎない同盟関係にあり、イスラエルにとってもアラブ諸国やイランに比べれば遥かに信用できる存在だろう。何より地域でイスラエルより軍事的に強大な唯一の国だ。仮にイスラエルが泣く泣く屈服するとしても、PLOや周辺諸国に比べれば遥かに安全な相手であり、少なくとも迫害の危険性は薄いと判断するのではないか。

 トルコ軍の駐留の下でイスラエルとパレスチナは連邦化され、高度な自治権が認められる。トルコ軍の保護と引き換えにイスラエル国防軍とモサドは完全に解体される。双方の名誉を守るためにイスラエルの名称は存続するだろうが、ユダヤ人の安息の地としてのイスラエル国家は残念ながら消滅する。イスラエル領内には大量のアラブ人労働者が流入し、巨大な格差が発生するだろう。現在のアメリカ南部に似た社会になるかもしれない。治安は急激に悪化する。過去の紛争の歴史は悲劇として教育され、シャロンやネタニヤフには否定的な評価がくだされるだろう。おそらく南アフリカとローデシアの白人政権に近い扱いになるはずだ。

 最もいいことも多いだろう。まず紛争が消滅し、徴兵や武装勢力に加わる必要は無くなる。検問もボディーチェックも不要になるだろう。それにユダヤ人とアラブ人が双方の聖地を安全に出入るすることができる。聖地の所有権に関するややこしい問題は完全に消滅するはずだ。面倒な時はトルコ軍が管理して終わりである。当然のことながらイスラム過激派は根絶やしにされるだろう。彼らに対するイスラム世界の支援も当然ブロックされるし、彼らの多くがトルコの影響下にあるはずだ。

 昔のパレスチナを知る老人は口々に「昔はユダヤ人とアラブ人が共存していたのに」と懐かしむらしい。アラブ人が内心どう考えているかは分からないが、少なくとも面と向かってユダヤ人を敵視しているイスラム国家はない。あくまでシオニズム運動に反対しているという建前だ。紛争を終わらせるにはイスラエル建国前の状況に戻すしかないのではないか。シオニズムが否定されることはないが、イスラエル国家は消滅し、単なる自治集団に落とされる。超正統派は相変わらずで、生活は変わらないだろう。世俗派の方が深刻だが、折り合いを着ける者と欧米に移住する者に分かれるかもしれない。アパルトヘイト廃止後の南アフリカで現れた状況である。

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