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『夏休みの宿題』第二夜

ひとまず沙也子は鈴奈を家に入れた。鈴奈は沙也子の家のソファーに座りの体育座りのまま固まる。沙也子が部屋の色々なものを片付ける。
「なんかごめんね、色々服とか…すごく散らかっちゃって、女子とはいえ一人暮らしだからさ…どうしてもね、なかなか片付かなくて。」
「……」
鈴奈は黙ったままだ。
「そういえばすずちゃん、晩御飯はまだ食べてないじゃない?お腹すいたでしょ?」
鈴奈は頭を横に振る。
「すいてないの?どこかでご飯食べたの?」
鈴奈はまた頭を横に振る。沙也子はため息をつき困った表情を浮かべた。
「すずちゃん、さすがに何か食べないと元気でないよ?」
「ねえ、なんでわたしのおとうさんとおかあさんはおとうさんとおかあさんなの?」
「は?」
「違うおとうさんとおかあさんが良かった…いつも汗臭くてお金の話ばっかりで、気付けば喧嘩しておかあさん泣いているし…あの家に居たってなんにもいいことない」
「え?何をいってるの、すずちゃん。そんなこと言わないのよって」
「そんなことって!そんなことって言わないでよ!私には大事な事なんだから!」
沙也子はビールをあけながら鈴奈に語り掛ける。
「すずちゃん、なんにもいいことないって、そんなことないでしょ。あなたのご両親はとてもまじめな人なんだから、スズチャンに何不自由なく暮らせるように色々してくれているでしょ?あったかいご飯だってお風呂だってお母さんが用意してくれるでしょ?」
「そんなものいらないよ、おかあさんもおとうさんも大っ嫌い」
「おかあさんいなかったら一人暮らしってこのありさまだよ?お洋服もお布団も気持ちいいのはなんで?おかあさんが…」
「そんなこと言いたいんじゃないの!わたしは!もっとそんなことが言いたいんじゃないの!」
「じゃあ何よ!何しに人ん家まで来て!何しに来たのよ!」
「見たら、分かるじゃん!家出したんだよ!!!!」
「はあ?」
小学生の家出につき合わされてたまるか、という思いが湧いてきた。それと同時に家出というダイレクトな言葉に戸惑う。鈴奈は半分泣きそうな顔をしている。
「プチ家出ですか、それならもうおしまいにしておうちにかえてください。」
「いやです、帰りません、絶対に帰りません。今日から沙也子さんの子供になります。ここに置いて下さい!
「それは無理だね、そもそもあたしあんたの親じゃないのにあんたとなんで暮らすのよ。ちゃんと家があって両親がいるんだからそこに帰りなって。」
「私、沙也子さんとなら何でもできるし、沙也子さんをおかあさんにしたいんです。何でもお手伝いしますから」
「御両親にはちゃんと話して家出してきたの?」
鈴奈は頭を横に振る。
「御両親はここにすずちゃんがいるって知っているの?」
鈴奈はまた頭を横に振る。
「じゃあ、どうするのよ。あたし明日も会社あるからさ朝早いんだよ…」
「あの結婚式、あの時から沙耶子さんには憧れていたんです。」

この堂々巡りの鈴奈とのやり取りの中でいくつものおかしい点が湧いていた。
鈴奈。この子は私にとって曰くつきの子だった。大学のサークルの同期の子供だ。人様の子供。とはいえただの他人の子という関係とも割り切れない。その相手とはもう十年近く連絡を取っていない。最後に会ったのは彼らの結婚式の時だった。でもなぜだ?ここの家がなぜ分かるのだろう。そしてなんで今更私のところへこの子が…

沙也子はビールをもう一口飲んだ。
「すずちゃん、もう何年生になったの?」

真夏の長い夜のはじまりだ。

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