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ともきちくん、Go to the 好きな子の家 to Read an オフロシーン。

人の本棚を見るのは、少しドキドキする。ましてやそれが好きな女の子の本棚だと、ほんとに見てもいいのだろうかとそわそわしてしまう。

小学生の頃、好きだった女の子の本棚を見る機会があった。でも当時のぼく、小学生のともきちくんは、本棚にどんな本が並んでいるのかなんてこれっぽっちも気にならなかった。

気になったのはただひとつ。

彼女が教えてくれたマンガの中の、とあるシーンのことだけだった。

***


ぼくが通っていた小学校では、担任の先生によって、クラスの雰囲気がかなりちがっていた。植物がたくさんあるクラス、給食を絶対に残してはいけないクラス、毎日必ず英語の曲を歌うクラス。

ぼくのクラスは、読書に力を入れているクラスだった。好きな本ならなんでもいいという方針で、本棚には先生がたくさんのマンガを用意してくれていた。ブラックジャック、美味しんぼ、じゃりン子チエ、地獄先生ぬ~べ~。

1限と2限の間、20分休憩のときにはよく、本棚からマンガを取って読んでいた。

「ともきちくんって、家でもよく本読むん?」

ぬ~べ~先生が左手の黒手袋を脱ぎ、鬼の手を出したあたりで声をかけられる。顔をあげるとそこには同級生の女の子。当時のぼくが好きだった子だ。この頃のともきちくんにはまだ、誰かと付き合うなんて考え自体が芽生えていなかった。ピュアきちくんだ。

「うんー。お父さんが本好きで、家に小説とかよーけあるねん。」

ちょっとカッコつけて言ってみる。


「そうなんや!ウチはマンガばっかりやなー」

ほんとはぼくもです。実際に家で読んでたのは『星のカービィ デデデでプププなものがたり』です。コロコロコミック最高!

「へーそうなん!どんなん読んでるん?」
「んーと、今は『ラブひな』かな」

ラブひな・・・?
な、なんだその桃色タイトルそわそわマンガは。気になるじゃないか。

『ラブひな』とは、大学受験で2浪して家を追い出された主人公が、祖母の運営する温泉旅館に居候しに来たらなんとそこが「女子寮」に変わっていて、その女子寮に住む美少女たちとドタバタを繰り広げていくという青少年大喜びハーレムマンガである。


「ラブひな??読んだことないわぁ」
「おもろいよ。ちょっとえっちなとこあるけど」
えっちなとこ!?
「声でかっ。なんなん気になるんー?w」

気になるわけないやんか。なに言うてんのさ。
ちなみにどんなシーンなんですか。

「なんかねー、オフロに入るとことか」

オ、オフロ・・・!!

おいおいおいおい、左手の手袋どころか服ぜんぶいっちまってるじゃねぇか。いいのか?小学生がそんなもの読んでいいのか?気になる。すごく気になる。道路に落ちてる週刊誌のグラビアページくらい気になる。落ちつけ、落ちつけともきち。好きな子の前だ。平常心平常心。クールでジェントルなともきちくんでいこう。

「へーそうなんや。あんまおもろくなさそう」
「えーおもろいのに!」
「そうなん?まぁ読んでみやなわからんよな」
「うんうん。じゃあ今度、ウチん家に読みに来」
行く!!!

こうしてぼくは、週末に彼女の家へお邪魔することになった。ともきちくん、Go to the 好きな子の家 to Read an オフロシーン。 

***

日曜日、ぼくは『ラブひな』を読みに、彼女の家へとやって来た。

名目上は、ほんとうにラブひながおもしろいのかの検証。でも本音を言うと、オフロシーンにしか興味がなかった。今思えば、好きな子の家に行ってお部屋にお邪魔すること自体、なかなかのそわそわシチュエーションだ。なのに当時のぼくの頭の中はオフロでいっぱいだった。ちがう意味でそわそわしていた。

彼女の家は、りんごが転がってきそうな大きな坂道の上にあった。ご両親とお兄ちゃんは週末の買い物で不在らしい。お邪魔しまーすと声をかけて家にあがると、カチカチカチカチと何かがフローリングの上を駆けてくる音が聞こえる。

「じゃじゃーん。ミルクとクルミです」

彼女が2匹のミニチュアダックスフンドを紹介してくれる。当時ぼくはまだ、犬を飼ったことがなかった。少し怯えながら撫でてみる。とても人懐っこい。吠えることなく甘えてくれる。かわいい。とてもかわいい。どっちがどっちかはわからん。

ミルクとクルミを引き連れて、ノンバリアフリーな階段をあがり、彼女の部屋へと入る。

はじめて見る、好きな女の子の部屋。白い壁にピンクのカーテン。ぼくと弟の部屋とはちがってフローラルなかんじがする。何よりきれい。

そこではじめて、自分が女の子の部屋に来ていることを実感した。こう、なんだか、あんまり凝視してはいけない気がしてくる。ジロジロ見るのはジェントル小学生のすることじゃない。

脳内を紳士モードに切り替える。よくわからないまま母親に持たされたお菓子を彼女に渡す。

「わーありがとう!ラブひな、そこにあるよー」

彼女が指さした本棚に、ラブひなは並んでいた。


紳士は片隅に追いやられ、脳内がオフロでいっぱいになる。

彼女の部屋も気になる。でもオフロも気になる。いやちがう、オフロしか勝たん。てくてくてくとワンちゃんが歩み寄ってくる。君はミルク?それともクルミ??いやどっちでもいい。今知りたいのはオフロだ。オフロが何巻の何ページにあるかなんだ。

ぼくは気になって気になって、彼女にきいた。

「オフロのシーンってどの辺なん?」
「なんなん、やっぱ気になるんー?ww」

ニヤニヤしながら聞き返してくる彼女。

「ちゃ、ちゃうし!そこだけ見やんようにしようと思ってるだけやし!」

うそだ。むしろそこだけが見たい。どこだ、オフロはどこだ。脳内で紳士が「オフロをだせー!」と叫んでいる。


ぼくはオフロを探して、速読家かと思うようなスピードで読みはじめた。今はお昼の1時。なんとか夕方までにお目当てのオフロシーンにたどり着かねば。だって家を出るとき、お母さんが「晩ご飯は春巻きやで~」と言ってたから。お母さんの春巻きはやばい。めっちゃ旨い。こればかりは揚げたてをいただかねばならない。


でもその必要はなかった。オフロシーンは、1巻を読み始めて割とすぐあった。ぼくはなるべく冷静を装って、そしてどこを読んでいるのか彼女に見られないようにしながら、黙々と読み進めた。

そうして5時のサイレンが鳴る。

我が家の晩ごはんは6時だ。その頃のぼくはなんだかんだ言ってもピュアきちなので、6時までに家に帰ることは当然だった。しかも春巻きのオプション付き。マンガを閉じ、そろそろ帰るわーと彼女に伝える。

「めっちゃ集中して読んでたなー」
「そう?案外おもろかったわ!」
「ほらな!おもろいって言ったやんかー」

そう、オフロシーンはもちろん楽しんだんだけど、意外にもストーリー部分にけっこう惹かれた。

東大を目指して勉強をがんばる主人公。その理由は、小さい頃に幼馴染と「一緒に東大に入ろうね」と約束したから。幼馴染は転校してしまい、それから一度も会えていない。どこにいるかさえもわからないし、もう約束を覚えていないかもしれない。そんなとき、女子寮のひとりの女の子に幼馴染の面影を感じる。あれもしかして……?と、オフロとオフロに挟まれてきちんとぴゅあっぴゅあな恋愛要素が入っているのがいい。

「どこがいちばんおもしろかったー?」

彼女が聞く。うーんそうやなぁ。まだ途中やけど、東大の前でふたりきりのとことか良かったよなぁ。あーでも、あそこもよかったしなぁ……。

悩んでいると、彼女が続けて言う。

「やっぱりオフロ?w」
「ばっ、ちゃ、ちゃうわ!」
「ふふふ、ばいばい。また明日学校で!」
「ほんまやってばー!……ばいばい。」

大きな坂道を下っていく。途中で振り返ると、玄関先まで見送りに出てきてくれていた彼女の姿がまだ見える。胸に抱えたワンちゃんの手を取り、左右に振ってばいばいとジェスチャーを送ってくれている。


ばいばい。
えーっと…、ミ、クルミちゃん!




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