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医療AIに知識と経験を転化する

こんにちは、LPIXEL 研究開発本部 医療グループ エンジニアの齋藤です。
医療グループでは、医療現場に貢献することを目的とした様々なアルゴリズム開発を行なっています。
今回は、AI画像診断支援技術や医療系のAIにご関心をお持ちの方に向けて、エンジニアとして開発上で気をつけていることや、個人的に大切だと思う開発上の取り組みなどをご紹介したいと思います。


医療AI開発でエンジニアとして気をつけていること

課題解決への道のり

医療AIの開発において、エンジニアとしてまず行うことは積極的な課題把握です。新規の案件では専門用語などの知識を習得し、課題背景や既存手法の調査をエンジニア自身も行い、AI開発に活かすアルゴリズムの下地を主体的に準備していきます。
 
弊社では、エンジニア間でのドメイン知識の共有(医療データ・モデル等)、ブレインストーミングでアルゴリズムの候補を広げるなど、様々な取り組みがあり、開発経験と共に医療に関する知識も増えていく仕組みがあります。また医療機器の製造販売や医療データの取扱いに関する規制に関する研修も定期的に行なわれています。
 
製品化プロセスとして、専門家のヒアリングや企画担当者が仕様を決定する際にも、アルゴリズムエンジニアは積極的な姿勢で参加し、課題解決における技術的な難点の指摘や、より良い道筋の提案を行い、課題解決の道のりを現実的なものにしていきます。

一般的にも言えることですが、特に医療AIの開発では、仕様や要件定義などの開発初期からアルゴリズムエンジニアが積極的に関わることが重要だと思っています。その理由は以下の3つです。

  1. AI開発(深層学習等)ではデータ数や入出力情報に対して(どのデータがどの程度必要か、どのような出力が可能か等)エンジニアの技術的な観点が必要なため

  2. AI開発技術は専門性も高く最新情報も日々劇的に変化しているため、非エンジニアの方にはアルゴリズムの特性や技術的難点等が理解し難いため

  3. エンジニア自身が専門知識を得たり問題点や開発ゴールを十分に把握する必要があるため

滞りなく企画・計画・実装・評価と進むには、関係者・関連部署(データ・企画・製品化・薬事・医師等)との早期からの連携が鍵だと思います。

弊社では、自社製品開発・協業での製品開発においても初期のディスカッション段階からエンジニアも参加し、早期連携を行い、開発の方向性や初期における懸念や不安も解消しやすい仕組みになっていると思います。

堅実性と堅牢性

一般的に、医療系の開発では堅実さはとても重要です。医療AIの開発アプローチとしても「堅実」であることは欠かせず、開発プロセス全体を通して十分に確認と記載をしながら着実に進めて行くことが基礎となります。
 
データ選択における統計的な適切さ、除外データの公正な把握と記載、性能や評価の公正な決め方など、データの扱いと公正さには特に気を使い記録に残しながら開発を行います。
 
医療に関するデータは個人情報の取扱いなど規制や確認事項がありますが(例:匿名加工)、弊社では専門のチームがデータを適切に収集・管理しエンジニアに提供するシステムとなっています。医療AIに携わった事がないエンジニアでも安心して開発に集中できるシステムがあるのは、弊社の強みだと思います。
 
AI開発においては堅牢性も重要です。モデルが「堅牢」であるとは、様々な状態の入力データ(例:ノイズが多い、傾いた画像等)でもモデルの性能が保たれているという意味です。医療AIにおいては、例えば、特定の施設のデータや1種類の機器のデータだけで良い性能なのではなく、多様なデータに対しても良い性能であることが、堅牢性の高いモデルだと言えます。データ収集や開発計画でもデータの多様性を意識して開発を行なっています。

医療AIにどう盛り込むか?

「知識」の転化

近年盛んに行われているAIの運用は、人間が習得してきた知識・技能をAIに学習させて、AIが人間の持つ知識と類似した推論・検出などを出力し、専門性の高い物事においても、自動化・無人化・迅速化の助けとするものです。
 
医療AIにおいて、知識とは医療の専門知識を意味することが多く、それをどう学習させていくのかその選択が開発上の分岐点となります。人間の知識は認識や判断と結びつき、知識を明解に取り出すのは難しいことだと思いますが、AI開発として深層学習等で学習しやすい入出力形式を検討しタスクを定義し(例:セグメンテーション、物体検出など)、モデル構造や実装アルゴリズムにも知識やアイデアを盛り込むよう試行錯誤します。
 
医学的な専門知識(例:読影、患部の把握、処置の有無等)は、専門家によるアノテーションとして開発データに盛り込まれます。専門性の高いAI運用ほど専門家の労力で支えられているのが現状です。

近年のAI技術の進歩により、アノテーションの負担を軽減するためのツールや初期アノテーションの叩き台となるAI推論などアノテーション自体に利用可能な技術も増えています。それらの技術を活用して最終的に医師の判断・知識が新たなAIにデータとして活かされる、それが現代的な知識集積の構図だと言えるかもしれません。

弊社の研究開発本部では、アノテーションツールの開発も行なっています。弊社が提携しているアノテーターはクラウドベースでツールを使用し医用画像上にアノテーションを行っています。医療AIにとって専門知識の集積であるアノテーションは、データチームで適切に管理され開発に利用されています。

「経験」の転化

AI開発では、知識の他に経験も盛り込まれていくと思うのですが、皆さんはどうお考えでしょうか。
例えば、開発上の経験はモデル構造の選択や損失関数の工夫や前処理・後処理に大きく反映され、実装経験が豊かな開発者は試作の幅も広くモデルの質を高められる傾向があると思います。
 
実装経験の他に、データにまつわる体験や経験(画像視認、アノテーターのヒアリング、異常データの把握・遭遇体験など)、またユーザーとの交流によるニーズの把握など、開発上の経験は実装に活かされていきます。
 
課題に応じて、経験の盛り込み方は様々だと思いますが、例えば、新規案件に対しては、これまで(AIを使わずに)どう行なってきたのか、人がどう対処してきたのか、そういった他者や先人の体験も実装に盛り込むアイデアとなり良い結果を得る場合もあるようです。自分だけの狭い体験・経験だけでなく、AIコンペ(AIの性能を競う競技会)の上位解法や他者の経験を参考にすることも質の向上につながる事があります。

弊社では、エンジニア同士で実装上の体験を共有したり、社員全員を対象にした互助会で情報共有を行ったり、論文の輪読会を週単位で行うなどして、相互に経験値を高める取り組みがあり、経験の浅いエンジニアでも即戦力としてAIモデルの質を高める事ができる仕組みになっています。
 
一方で、医療AIの開発においては、経験による過度なバイアスや認識の偏りはなるべく排除し、客観的な公正さを保つことがとても重要です。そのため、適切な評価方法を設計しアルゴリズムのレビューも入念に行うなど、課題に応じて段階的な承認・記載のプロセス等を経てバイアスを最小にしながら、経験を良い形で質の向上に活かすように取り組んでいます。

さいごに

AI画像診断支援技術を中心とした医療AIに関して、エルピクセルでの私の開発経験は約3年とそれほど長くはありませんが、自社製品の他にも様々な医療AIの開発を担当し、社内の取り組みのおかげで順調に開発スキルが向上しているように思います。
入社前には、理化学研究所で医療AIの研究、その前はドイツでがん治療の研究開発に従事していたので、最先端技術を医療に応用するという意味では、開発経験は17年以上と比較的長く、その経験も活かすようにしています。

近年、AI技術は飛躍的な発展を遂げていますが、病気などの切実な問題に直面している方々や人手不足で困窮する医療現場に対してお役に立てるならばとても幸せなことだと思います。
病変検出・診断・創薬・治療などにご関心のある方は、是非お気軽にお問い合わせ下さい。

文:齋藤 奈美

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