劇小説「メイド喫茶へいらっしゃい!」~最終幕~
◆最終幕 ~夢の続き~◆
【舞台】クルーズトレイン「五つ星」の車内
(夕刻の小倉駅のホームに「五つ星」が止まっている)
(食堂車内でヒロと鉄がカウンター内で料理の準備をしている)
鉄「ほら、ヒロ早くしろ! もうすぐ、ななちゃんたち来るぞ」
ヒロ「はい、もうちょっとです。それより、鉄さん、本当にこんな立派な列車を使っても大丈夫なんですか?」
鉄「ああ、大丈夫だ。ちゃんと会社のお偉いさんの許可ももらってあるから心配すんなって。それよりも、今日はお前、ななちゃんをしっかりエスコートしてやれよ」
(隣の車両からいちごの声が聞こえる)
いちご「すいません。食堂車はここから入れば良いですか?」
ヒロ「そう、いちごさん、そこのドアから入ってきて」
(メイド服を着たいちごが食堂車に入る)
いちご「おじゃまします。ヒロさん、お母さん準備出来ましたよ……わぁ、素敵!」
ヒロ「いちごさん、いらっしゃい」
鉄「いらっしゃい」
いちご「こんにちは。今日はお母さんのためにすいません」
ヒロ「あれ、いちごさんも着替えたの?」
いちご「はい、お母さんひとりだけ着替えさせるのも可哀そうかなって。それに、私もこの食堂車で給仕してみたいと思ってたので、便乗しちゃいました。でも本当に素敵な食堂車ですね」
ヒロ「いちごさん、こちらが、俺が新幹線の食堂車時代にお世話になった先輩シェフの鉄さん」
いちご「初めまして。ななせの娘のちひろといいます。今日はお母さんのために、ありがとうございます」
ヒロ「いちごさん、ななせさん、じゃなかった、お母さんをそろそろ……」
(いちごが隣の車両にいる早苗に呼びかける)
いちご「お婆ちゃん、お母さんの着替え終わった?」
早苗「終わったわよ」
いちご「じゃ、こっちに連れてきてもらっていい?」
(ななせが早苗に連れられて食堂車内に入る)
(状況が解らずにとまどう表情のななせ)
ななせ「……」
いちご「お母さん、こちらがお母さんが新幹線の食堂で一緒に働いていた鉄さんとヒロさんですよ」
(ななせが無言でお辞儀をする)
ななせ「……」
ヒロ「……ななせさん、ヒロです。お久しぶりです」
(ななせが無言でヒロを見つめる)
いちご「お母さん、ヒロさんのこと覚えてない?」
(ななせが再びヒロの顔を見つめる)
ななせ「ごめんなさい。私、何も思い出せません」
いちご「お母さん……」
ヒロ「いちごさん、無理させちゃいけないよ」
いちご「ごめんなさい、つい。お母さんは、私たちのこともずっと分からないんです。どうしてこんなことに……」
(いちごが泣きじゃくる)
ヒロ「いちごさん、しっかりして。君がこんな思いをしてたなんて気づいてあげられなくてごめんね。でも、お母さん、あの頃と変わっていません。きっと何かのきっかけさえあれば記憶も戻ります。それを信じないと」
いちご「そうですね。すいません。ヒロさんに会えば少しでも思い出してくれないかと思ってたので……」
ヒロ「今日は、鉄さんとふたりで腕を振るうんで、ちょっとした気分転換のつもりで私たちの料理を楽しんでください」
いちご「(涙を拭きながら)はい、ありがとうございます。それはとても楽しみなんですけど、こんな立派な列車、いったいどうしたんですか?」
鉄「ここは、俺が今働いてる職場なんだよ」
いちご「えっ?」
ヒロ「いちごさん、鉄さんは新幹線の食堂車が無くなった後、自分の店を構えていたんだけど、この五つ星の食堂車のコック長として呼ばれて、ここで働いているんだ。鉄さんはね、昔言ってた夢を見事に叶えたんだ」
いちご「えっ、それはすごいですね。でも今日はお母さんのために使わせてもらって大丈夫なんですか?」
鉄「ああ、今日はこの列車、回送扱いだから会社も無理を利いてくれたんだ。いや、俺もヒロからななせさんが記憶無くしたっていう話聞いて驚いたんだよ。ヒロが自分たちで料理を食べてもらおうって言うんで、俺がせっかくなら昔みたいに食堂車料理作って、おまけにメイド服まで着せちゃおうってことになってね。それで何か思い出してくれれば良いってね」
ヒロ「何かこっちの考えを押しつけたみたいでごめんね」
いちご「いいえ、なにかすみません。私たちのためにここまでしてもらって。きっとお母さんも心の奥では懐かしく感じていると思います」
鉄「でも、さすがに新幹線の食堂車は再現できなかったけどな」
いちご「そんな……もったいないくらいです」
ヒロ「いちごさん、鉄さんは褒められると照れる人だから、持ち上げるのはそれくらいでやめてあげてよ」
いちご「えっ、でも私本当にすごいって思います」
ヒロ「俺も正直言うと、鉄さんがこんな立派な列車の食堂車で料理を作ろうって言われた時、自分の夢を実現した鉄さんに対して震えたよ。本当に鉄さんは凄いって思ってるけど、まだお祝いの言葉も言ってはないんだよ」
鉄「よせやい、俺はたまたま運が良かっただけなんだよ。お前の方がすごいって。なんせこいつの働いていた店なんて……」
ヒロ「鉄さん、私のこともいいですから。でもホント私的なことに、よく会社が使っていいと言ってくれましたね」
鉄「そうだろ、でも、実は最初、食堂車を貸して欲しいって会社に言ったら、頭の固い担当から駄目だって言われたんだよ。でも俺も何故か意地になって『貸してくれないなら俺は辞めるぞ』って言ってやったんだ。そしたら担当者の野郎が大慌てして、『上司に相談します』ってなってよ。で、特別に結局回送列車だったら良いってことで貸してもらったって訳だ」
ヒロ「ほら、やっぱりめちゃくちゃ偉い人じゃないですか。この列車に乗ろうと思ったらめちゃくちゃするんですよ。一泊何十万の世界なの知ってるでしょ」
鉄「まあな……でもそんなことはどうでも良いんだよ。今日は、ななちゃんのことだけを考えれば。ななちゃんの記憶が戻る助けに少しでもなればと思ったんだ」
ヒロ「はい、そうですね。すいません」
いちご「鉄さん、ありがとうございます。そこまでしてくださるなんて」
鉄「下準備はだいたい出来たな。発車したら博多に着くまでは一時間くらいしかないからな。さっそく始めようか?」
鉄「じゃ、みんなは席に座ってて」
いちご「はい、ありがとうございます。お母さん、お婆ちゃん、こっちへ」
(いちご、ななせ、早苗がテーブルに着く)
(列車が発車する。カタン……カタンとレールを走る音がする)
(小倉の夜景が車窓に映る)
(鉄が食堂のBGMをかける)
いちご「わあ、綺麗! 見て見てみてお母さん!」
ななせ「ええ、素敵ね」
(ななせが窓の外をぼんやりと眺める。そして、窓に映る自分の 姿に気づく)
(カチューシャを手で触ってみる)
ななせ(心)「(この服? メイドさん?)」
(カウンターキッチンの中でヒロと鉄が料理を作っている)
ヒロ「鉄さん、俺今でも覚えてますよ。鉄さんがいつか日本にも豪華な寝台列車が走る時が来るって言った話」
鉄「そうだな、言ってたな。俺も未だに不思議だよ」
ヒロ「今じゃ、豪華なクルーズトレインが日本のあちこちを走っていますからね。俺、あの時は新人だったけど鉄さんのでっかい夢に感動してたんですよ。鉄さんが、九州でこの列車のシェフをするって聞かされたとき、夢っていつか叶うものなんだって嬉しかったですよ」
鉄「そうだな。あの頃は殺風景な食堂車だったが、どうだこの列車は? そう考えると人生もまんざらじゃないよな」
ヒロ「はい、そうですね」
鉄「それはそうと、お前の夢はどうなんだ? お前も今ひとり身で仕事も振り出しの状態なんだろう。念のために聞いておくが、今でもななちゃんのことが好きなんだろ?」
ヒロ「今はそんなこと、考えられないですよ」
鉄「そうか? でもお前から電話で相談があった時に、『あぁ、お前は今でもななちゃんが好きなんだ』って思ったよ。そして今日のお前を見てて、確信もしたよ」
ヒロ「鉄さん……」
鉄「お義母さんが言ってたけど、ななちゃんと息子さんは縁を切らせたから、今はななちゃんもひとり身だそうだ。お前、ななちゃんと一緒になったらどうだ?」
ヒロ「でも俺、彼女を幸せに出来るか分からないし……」
鉄「馬鹿っ! お前はまだそんなことを言ってるのか? お前はあの時もななちゃんを幸せにする自信がないって、博多に嫁ぐのを見送ったんだろう」
ヒロ「それは……」
鉄「まぁ、いいや。俺もお前と一緒で、いつかはななちゃんに料理を作ってあげたいって夢はあったんだ。今回は予想外のきっかけになったが、精一杯美味しい料理をつくろうや。俺たちはあくまでも料理人だからな」
ヒロ「鉄さん……」
鉄「良し、スープと前菜出来たぞ。持って行ってくれ」
ヒロ「お待たせしました。かぼちゃのスープと前菜になります」
いちご「わぁ、美味しそう。こんなスープ、まだお店では教えてくれてませんよね」
ひろ「心配しないでも、これから少しずつ教えていくから」
いちご「美味し~いっ、これ!ホント美味しい。美味しいねっ、お母さん」
ななせ「ええ、本当に美味しい」
ヒロ「鯛のポワレ、サフランソースです」
いちご「もう美味しすぎて、頭真っ白っ~~」
(鉄が冷蔵庫からハンバーグの材料を取り出す)
鉄「次、ハンバーグにかかるぞ」
ヒロ「鉄さん、ちょっと待って下さい」
鉄「ん、何だ?」
ヒロ「今日のソース、僕にやらせてもらえませんか?」
鉄「どういうことだ? 俺のソースが気に入らないのか?」
ヒロ「違います。でも今日のソースだけは僕にやらせてもらいたいんです」
鉄「俺よりも美味しいソースを作れるのか?」
ヒロ「違います。美味しいとか美味しくないとかでなく、彼女の記憶を呼び覚ますソースで勝負したいんです」
(鉄がヒロの目を見つめる)
鉄「解った。何か考えがあるみたいだな。お前がそれほど言うのなら、やってみろ! ななちゃんの心に響く最高のハンバーグを作ってみせろ」
ヒロ「鉄さん、ありがとうございます」
(ヒロがソースに集中する)
(鉄はハンバーグを焼く)
いちご「わぁ、美味しそうな臭い。もう臭いだけで美味しいってわかる」
鉄「ヒロ、もうすぐ焼けるぞ、ソースの準備はいいか?」
(鉄がフライパンからハンバーグを皿に盛る)
鉄「仕上げはまかせたぞっ!」
(ヒロがハンバーグを盛り付ける)
(慎重にソースをかける)
ヒロ「よし、出来たぞ」
(ヒロがハンバーグをななせ、いちご、早苗の前に運ぶ)
ヒロ「ハンバーグです。ジャポネソースで食べてみてください」
いちご「わぁ、美味しそう! 和風ね」
ヒロ「ななせさん、どうぞ食べてみてください」
いちご「おかあさん、早く、早く」
(ななせがしばらくハンバーグを見つめた後、一口食べる)
いちご「どう?」
(ななせの動きが止まる)
いちご「お母さん? どうしたの?」
ななせ「……」
(ななせが目から涙がこぼれる)
いちご「お母さん?」
ななせ「……このソース……どこかで?」
ヒロ「ななせさん、覚えていませんか?」
ななせ「そう、あの時、あなたが作ってくれて……」
ヒロ「そうです! ななせさん、もう少しっ!」
ななせ「あの時、どこで……? あぁ、駄目……」
いちご「お母さん、頑張って」
ななせ「……あ、あたまが、頭がいたい」
早苗「ちひろちゃん、少し待ってあげて」
鉄「ヒロ、そこまでだ。気持ちは解るが無理をさせちゃいけない」
ヒロ「は、はい。すいません……つい……」
(照明OFF)
(照明ON)
(ななせ、いちご、早苗が食堂車でデザートを食べている)
いちご「あぁ、このシャーベットも美味しい。もう私デブになってもいい」
(ヒロと鉄がカウンター内で片づけをしている)
ヒロ「すいません、鉄さん。今日は俺が無理言って。でも駄目でした」
鉄「いや、お前が作って良かったんだよ。ななちゃん、涙流してたじゃないか。記憶のどこかにお前の料理の味が残っている証拠だよ」
ヒロ「はい」
鉄「なあに時間が経てば少しずつ記憶も戻ると思うぞ」
ヒロ「はい、俺今後もななせさんの記憶が戻るために料理を作ります」
(鉄がカウンターキッチン上の呼び鈴を見つける)
鉄(心)「(あれ、この食堂車に呼び鈴なんて置いてあったっけ?)」
(鉄が無意識に呼び鈴を手に持ち鳴らしてみる)
(チリン)
(車内に鈴の音が響く)
(デザートを食べていたななせが突然立ち上がる)
いちご「お母さん?」
早苗「ななせさん?」
(ななせは無言のまま立っている)
(ヒロがななせが立ち上がったことに気づく)
ヒロ「ななせさん?」
(ヒロが鉄が鳴らした呼び鈴を見つめる)
ヒロ「鉄さん、ちょっとその呼び鈴、私に貸してください」
(ヒロが呼び鈴を小さく鳴らす)
(チリン)
ヒロ「ななせさん、コーヒーを二番テーブルにお願いします」
ななせ「(無意識に)はいっ、今すぐ」
いちご「えっ、お母さん?」
早苗「ななせさん?」
(ななせが立ったまま動かないでいる)
ヒロ「鉄さん、見ててください」
(再度、呼び鈴を大きく鳴らすヒロ)
ヒロ「ななせさん、コーヒーお願い! 冷めちゃうよ!」
ななせ「はいっ、ヒロさん今すぐっ」
(ななせがカウンターに移動してヒロに気づく)
(ヒロはシンク付近で下を向いて皿を洗っている)
(鉄はななせを見つめている)
ヒロ「(下を向いたまま)二番テーブルね!」
ななせ「……ヒロさん……」
鉄「おい、ヒロ。ななちゃんが……」
(ヒロがななせを見る)
(ななせがヒロを見る)
ななせ「……ヒロさん」
ヒロ「ななせさん、お帰りなさい」
(ヒロの目には涙が浮かんでいる)
(鉄がヒロの背後から顔を出す)
鉄「お帰り、ななちゃん」
ななせ「鉄さん……」
ヒロ「ななせさん、話は後で。早くコーヒーお客さまにお出ししないと冷めちゃうよ。お嬢さんの方にお願いね」
ななせ「はい。わかりました」
(ななせがカウンターのお盆にコーヒーを載せて振り返る)
(ななせがいちご、そして早苗に気づく。ゆっくり、テーブルに近づく)
(いちごの目に涙が浮かんでいる)
ななせ「お客さま、コーヒーお待たせいたしました。美味しくお召し上がりください」
いちご「……ありがとうございます」
ななせ「ちひろちゃん、そのメイド服どうしたの?」
いちご「……どうしたってお母さんの娘だもん。メイド服着たって良いでしょ?」
ななせ「私はいったい?」
いちご「お母さん……お帰りなさい。記憶が戻って良かった」
(チリン)
(ヒロが再度呼び鈴を鳴らす)
ヒロ「はい、紅茶もあがるよ! ななせさん、お願いします!」
ななせ「はい、今行きます!」
◆エピローグ◆
【舞台】天神スタシオン店内
(ヒロがキッチンでいちごに料理を教えている)
ヒロ「いちごさん、早くエプロンつけて。時間ないよ」
いちご「は、はい」
ヒロ「今日はカレーの応用でドライカレーを作ります。これも短時間で作れるから、喫茶向きのメニューだよ。女性も好きだからきっと喜ばれると思う」
いちご「はい、若い人みんな好きだと思います」
ヒロ「さあ、開店まで時間がないぞ」
いちご「でもヒロさん、良かったんですか? せっかく鉄さんが 『五つ星』の料理長を一緒にしようって誘って下さったのに、断られて」
ヒロ「いいんだよ。俺は豪華な食堂車よりも、このお店が気に入ったんだから。元々、俺は小さくてもいいから自分のお店を持つのが夢だったんだから」
いちご「でも、ヒロさんが、まさかあのル・シェルでシェフされてたなんて信じられないです。あの東京ミシュランの二つ星ですよ」
ヒロ「それはあくまでもお店の評価だから関係ないんだ。俺は、昔、鉄さんに言われた通りに自分の味で勝負したいんだ。そのためにもこの店で頑張ろうと決めたんだ。ここは自分の腕を磨くのにぴったりだ。そして、美味しい料理だけでなく楽しい会話が楽しめる店をつくることが俺の夢なんだ」
いちご「あ、そうか。ヒロさん、こだわりが強いって法子さんが言ってたけど、こういうとこなんですね。だから前の店と喧嘩したって」
ヒロ「法子さんも、いらんことを……でも、法子さんが言ってたよ。今回、お店が出て行かなくなったことが嬉しいって……。彼女、仕事上、法廷上のゴタゴタを色々聞かされるんで、今回みんながこのビルのことを考えて頑張ったこと、そしてオーナーの高島さんがそのことをくみ取ってくれて退去しなくても良いって言ってくれたこと。今回の結果は奇跡的だって。世の中のみんなが少しだけお互いのことを思いあってくれれば、醜い訴訟なんか起きないのにって言ってたよ」
いちご「へぇ、あの方も変わった方だったけど、このお店のこと心配してくれてたんですかね?」
ヒロ「あぁ、彼女言葉はきついけど情には脆いところもあるんだよね」
いちご「あるんだよねって……、あの方はいったいヒロさんとどういう関係なんですか? 何か訳ありの匂いがプンプンしてましたけど、なんか弱みでも握られてるって感じもしましたけど」
ヒロ「い、いや、彼女のことは君には関係ないだろ!」
いちご「いいえ、関係があるから訊いてるんです。お母さんのためにも聞いておかないと!」
ヒロ「えっ?」
いちご「ヒロさん、うちのお母さんとのこと、いったいどう考えてるんですか?」
ヒロ「えっ?」
いちご「この前、糸島までドライブに行ったんでしょ?」
ヒロ「あ、お母さんから聞いたの?」
いちご「あの……私、お父さんについては、正直複雑な感情を持ってます。そりゃ、私とお母さんを捨てて家を出て行ったんですから。でもそんなことより今は、お母さんに少しでも幸せになって欲しいんです。
お婆ちゃんは、お父さんを勘当して縁を切らせたって言ってました。戸籍上も関係は無くなったんです。だから、お互いに独り身なんだから。……私は、……良いですよ。お母さんとヒロさんが、……その、……そういうことになっても」
ヒロ「……あ、ありがとうね、でも、……まだお互いのこと、良く知らないこともあるからね……そして、お互いの時間を埋めることが先決だからね」
いちご「……もう、ヒロさんはここっていう時に勇気が足りないんじゃないですか?」
ヒロ「どうしたの? いちごさん」
いちご「ヒロさん見てると、なんかもどかしくて。お母さんの写真、ず~っと財布に入れておくほどお母さんのこと忘れられなかったんでしょ?」
ヒロ「それは……そうだけど……」
いちご「冷静に考えたら、何かストーカーみたいで少し怖いけど。そのことはお母さんのことをそれだけ好きだったということで許しますから」
ヒロ「どうもすいません」
いちご「いいですか? お母さんもヒロさんと気持ちは同じだと思いますよ。今からでも、ヒロさんと一緒になりたいって思っていると」
ヒロ「それは本人に聞いてみないと」
いちご「……もう、馬鹿っ! この鈍感男っ!」
ヒロ「いちごさん?」
いちご「いいっ? ヒロさんに最後の勇気をあげる。これで、お母さんに告白出来ないなら、もう東京に帰って寂しく一人で一生いなさい!」
ヒロ「……」
いちご「私の名前はちひろっ、『千尋』よっ! 私も今まで自分の名前のこと、深く考えたことなかったけど、ヒロさんがお母さんと昔からの知り合いだって分かってすぐにピンと来たわ!」
ヒロ「えっ、どういうこと?」
いちご「う~ん、もう! あなたの名前はヒロト、『尋十』でしょ!ちょっと考えたら分かるでしょっ!」
ヒロ「あっ?」
いちご「あっ、じゃないわよ。分かる? お母さんがどんな思いをもって、私にこの名前をつけたのかを……」
(ヒロが何かを決意する)
ヒロ「……いちごさん。ごめん。今日はもうお店任せてもいいかな?」
いちご「ええ、麦も料理作れるから手は足りると思うわ」
ヒロ「お母さん、家にいるよね?」
いちご「たぶん」
ヒロ「俺、行って来るよ」
(ヒロが店を出ようとする)
(カラン)
(麦、まゆ、れおな、つくもがお店に入って来る)
麦「あれ、ヒロさん、お出かけですか?」
いちご「丁度良かった。みんな、今からヒロさんが三十年越しの恋の告白にお出かけするの。みんなで見送ってあげてちょうだい」
まゆ「ご主人さま、頑張ってください。私たち、応援してます」
れおな「行ってらっしゃいませ」
つくも「頑張ってください」
いちご「ヒロさん、行ってらっしゃい! お母さん、幸せにしてあげて」
ナレーション「ここは福岡天神のビルの一角にあるメイド喫茶『天神スタシオン』。今日もお店では、個性あふれたメイドさんが頑張ってお給仕に励んでいます。
(メイド全員が一列に並ぶ客席を向く)
全員「ようこそお帰りなさいませ! ご主人様、お嬢さま!」
完
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