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小説「龍馬がやってきた」~僕の鉄道維新物語①~


プロローグ
 その日、テレビのモーニングショーの最初の話題はどの局も同じであった。
「ここ桂浜では、観光名所となっていた坂本龍馬像が、昨夜何者かにより盗まれたということで地元では大騒ぎになっています」
 各局のレポーターは高知の桂浜から現地中継をしながら、高知にとって、いや日本の重大事件であると声高に叫んでいる。街の人へのインタビューではこの出来事に対する地元住民の怒りの声が取り上げられる。
「龍馬先生を盗んだ奴はいったい誰だ?」
「早く龍馬さんを元の場所に早く返してください!」
その怒りの声と一緒に、高さ約五メートル、重さ二トン弱もある像をどのように盗んだかということもまことしやかに番組の芸能人やゲストの出演者が討論している。
「やはり、クレーン車でトラックに載せて運ばないと無理でしょうね……」
どこの大学かは良く知らないが、龍馬に詳しい評論家も現れる。
「坂本龍馬は維新の陰の功労者である訳ですが、そのために多くの人に恨みをかったということで、その子孫の仕業の可能性もあるのではないかとも考えられます」と、まことしやかに自分の研究内容を披露する。
 その後も、歴史的な文化財への悪戯ではないか、海外へ売り飛ばす組織の可能性も否定できないと銘々に持論を唱える時間が続いた。
 番組を見ていた視聴者は延々と続く議論に飽き飽きしていた。現場で中継を担当していた今年入社の新米女子アナもずっと待機を余儀なくされた。そのためか、やっと現場に中継が戻ってきた時には中継の最後を自分の考えをさらりと述べて締めくくった。
「私は、龍馬さんが現代に生き返って像が自分で動いたのではないかと思います。幕末で活躍した龍馬さんが現代の世の中の問題を洗濯してくれることを期待しています。これで現場から中継を終わります」

 坂本龍馬が暗殺されたのは、慶応三年十一月十五日(一八六七年十二月十日)である。同志の中岡慎太郎と潜伏していた京都近江屋の二階でしゃも鍋をしようとしていたところを何者かに惨殺された。暗殺の首謀者については今でも解明されておらず歴史学者の中で謎として議論が交わされている。
 幕末期、黒船の来航から始まった諸外国からの開国要求に対し弱腰の外交しか出来ない幕府を憂い立ち上がった多くの若い志士たちがいた。
 龍馬は故郷の土佐藩を脱藩、その後長崎で日本初の商社となる亀岡社中を設立。西郷隆盛率いる薩摩藩と当時幕府からの弾圧を受け苦境に陥っていた長州藩に同盟を結ぶように進言、討幕に向かわせる。ついには故郷の土佐藩を利用して大政奉還を実現させた明治維新の陰の功労者である。

1 三社会議
「岡田、見たか? 今朝のニュース。今日の三社会議、もう中止にしたほうがいいんじゃないか?」
 課長の武市さんが出社してきて朝一で事件のことを尋ねて来た。
「龍馬像が盗まれたやつでしょ。ホント、僕は腹わた煮え繰りかえってますよ」
「そうだろな、坂本龍馬は高知人にとっては特別な存在じゃからな。お前も龍馬、大好き人間だったよな。時々、龍馬像も見に行くって言ってたよな?」
「ええ、高知人にとってやっぱり龍馬さんは特別ですよ。僕は落ち込んだ時とか、龍馬像にお参りするんです。勇気をくださいってね。そして、その後、桂浜から見える太平洋を眺めて落ち込んだ自分を奮い立たせるんです」
同じ四国ではあるが、松山出身の課長には今ひとつ自分の気持ちは理解できないだろうと思った。朝からかなりいらついていることは自分でも認めざるを得なかったが、とりあえず目の前の仕事を完遂させることが先であった。
「よりによって、今日の会場は桂浜ホテルだから本当に会議にならんかもしれんぞ。あのホテルは龍馬像から目と鼻の先だからな。やっぱりいつものステーションホテルにしておけばよかったな」
四国外からの参加者のことを考えて観光スポットでもある桂浜の近くに会場を決めたことを課長は少し後悔していた。
「みんな、会議のことより龍馬像盗んだやつのことばかり議論するんじゃないか? マスコミもいっぱい来るだろうしな。会議のテーマのことなんてみんな上の空で、途中でテーマが変わったりして……。いったい誰がどうやって像を盗んだかって?」
「なんか、誰が坂本龍馬を殺したかって話みたいですね?」
 今日の午後、この高知で北海道、九州、そして我が四国の鉄道会社三社が集まり、情報交換や課題解決のための会議がある。
今年はのテーマは、最近日本全国で発生する雨や風に伴い発生した災害であり、復旧で大きな課題となっている線路や駅舎の費用についてである。特に元号が平成から令和に代わった頃から豪雨、そして大型の台風の襲来により国内で災害が増加している。現時点で三社だけでも五線区の路線で不通の状態となっていて大きな社会問題となっている。
 線路の災害復旧には多額の費用が必要であるが、各会社の自己資金だけでは経営の問題上、復旧が出来ず作業にとりかかれない状態が続いている。特に三島鉄道と呼ばれる北海道鉄道、九州鉄道そして四国鉄道のうち、北海道、四国については稼げる新幹線がなく元々の利用者が少ない在来のローカル線の存続自体も危ぶまれている。そのローカル線が災害に遭った場合に、鉄道での復旧が有効かどうかが問われることになるのである。線区の中には鉄道での復旧を諦めてバス路線への変更を表明された線区もあるが、自治体および沿線住民の了承を得られず議論が暗礁に乗り上げた状態が続く。
 各鉄道会社は、沿線自治体に復旧費用に関して相当分の負担を求めるように動いているが、自治体も連携をとり鉄道会社との協議を勉強するようになった。そのため、鉄道会社でもお互いの情報交換を行って各自治体との協議に備えるようにしている。今日の会議で情報交換を行うのもそのためだ。

「武市課長、俺せっかくだから桂浜に行って見てみたいんですけど時間に余裕ありませんか?」
「あぁ、そうだな。俺も同じように考えていた。会議の資料はお前が揃えてくれたから、後は会場準備だけだな。せっかくだからホテルに行く途中で寄ってみるか。お前もこのままじゃ会議どころじゃないだろう? 少しだけでも現地を見ておけば、気持ちも落ち着くんじゃないか?」
 高台まではホテルから歩いて五分ほどだ。駐車場に車を停めて緩やかな坂道を登って行く。道の左右は木々に囲まれ、その一本道の上空に今日は雲一つない青空が広がっている。
「今日は天気がいいな。会議なんか本当にやめて龍馬像をみんなで探した方がいいんじゃないか?」
 課長の言葉がどこまで本気かは分からないが僕にはうれしく思えた。
「ええ、僕もホントにそう思います」
龍馬像がある、いやあった高台に到着した。像は十メートルほどの台座の上にあったが、確かに龍馬の姿は影も形も無かった。
像が無いために、高台からの空はいつもより広く思えた。
「こりゃ、本当に大事件だな」
 僕は、盗難にあった現地を実際に見ておけば少しは気持ちが落ち着くかと楽観的に考えていたが、実際に無くなった現地をみた僕は逆に会議の存在を忘れてしまった。
「いったい誰が何のために龍馬さんの像を盗んだんですかね? でもどうやったら、あの大きな銅像を盗めるんですかね? クレーンでも使わないとやっぱり無理ですよね?」
朝、イライラしながら見たテレビのコメンテーター達と、同じことしか言えない自分を腹立たしく思いながらも課長にぶつけていた。現地で何を探せば良いかも分からずも何か手がかりがないかと周囲の様子を眺めていた時だった。松林に隠れながら見つからないように少しずつ移動している人影が見えた気がした。
「課長、今あそこの松林に人影が見えましたよ。僕が気づいたら、すぐ隠れたんですけど怪しい奴に見えたんですけど……」
「本当か? よく犯人は再び現場に戻るって言うからな。本当に龍馬像を盗んだ犯人かもしれないぞ」
 その言葉を聞いて、少し不安な気持ちになったが、怪しい男の正体を知りたいという気持ちがその不安を打ち消した。
「僕、ちょっと向こうを見てきます」
「おい、岡田。ちょっと待て……」
 課長の声が背後から聞こえたが、それを無視して僕はひとりで松林の中に入っていった。
               *
 空は青く澄んでいたが、松林の中に入ると光は枝葉に遮られて薄暗い。目を凝らして人影を探すが何も見えない。しかし、しばらくすると目が慣れてくる。林の奥で枯葉の鳴る音がかすかに聞こえた。音のする方向を見ると、今度は何かが移動するのが見えた。先ほどの人影に違いない。こちらに気がついたのか、影は急に走り出す。
「おい、止まれ……」
 声をかけるが人影は走るのを止めない。僕は自然とその怪しい影を追いかけていた。学生時代は陸上をやっていたので足には自信があった。距離がみるみるうちに近づく。そして怪しい影が、不思議な姿をしていることに気付く。
「なんだあの格好? スカート? いや袴を履いているのか?」
シルエットでしか判断できないが、その後ろ姿は良く知っている。間違いない、坂本龍馬の恰好をした男だ。
 距離が更に縮まる。
「おい、止まれ」
もう少しで追いつこうとした時、なぜか男が突然走るのを止めこちらを振り返った。
「あっ!」
勢いがついていた僕の身体は急に止まれることも出来ず男にぶつかる。男の身体も長身であったが、僕の身体を受け止めることは出来ずにふらつき……その先の崖に。追いかけている時には気づかなかった崖から足元が離れる感触に「落ちる」という事実を悟った。
しかし、落下していくわずかな時間の中で僕はぶつかった男がやはり袴をはいていること、脇差を腰に差していることを確認していた。

その②につづく

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