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劇小説「メイド喫茶へいらっしゃい!」~第五幕~(全六幕)


◆第五幕 ~決着~◆


【舞台】天神スタシオン店内

(店内は多くの客で溢れている)

客F「ごちそうさん。カレー美味しかったよ。また来るね」

ララ「どうもありがとうございます。またよろしくお願いします。ご主人……じゃなかった、お客様」

客F「大変そうだね、使い分けるの」

ララ「ええ、でも、もうだいぶ慣れました。でも昼のお客さまとも普通に会話することもあるし、特にこのビルの人達で友達も出来たんで、それはそれで楽しいですよ」

客F「ほんと僕たちもここがランチ始めてくれたんで、ほんと助かってるよ。カレーも本当美味しいし。それに安いし。前は昼休みに店の前に並んだりして大変だったんだよ」

ララ「そう言って頂けると嬉しいです」

客F「(小声で)今度は土日に来てみるね。エプロンじゃなくメイド服のララちゃんに会いにね」


ララ「は、はい。ありがとうございます」

(ララが店の外にいる高島に気づく)

ララ「もしかして、このビルのオーナーさんじゃないですか?」

高島「ああ、そうですが」

ララ「少しお待ちください。店長を今呼んで参りますので……店長、オーナーさんがお越しです」

高島「(感心した様子で)ほう……」

いちご「いらっしゃいませ、どうぞ中へ」

高島「じゃ、少しお邪魔します」

いちご「今日は、どうされました? 退去の期限まではもう少しあると思いますけど」

高島「いや、この店が変わったって雑誌で見たものでね。いったい何をしているのかと気になってね」

いちご「そうですか。少し説明させてもらっていいですか? 私たちはオーナーがおっしゃられたこと、私たちなりに考えてみたんです。そしてオーナーの立場で考えたら、ビルのテナントの人を第一に大切にしようとするのはあたりまえだって」

高島「ほう? でも、私は店を移すようにと言ったはずだが」

いちご「はい、そのことは解っているのですが、私たちはこの場所を離れたくはありません。だから無駄かもしれませんがオーナーの、いやこのビルの人たちに喜ばれる店に出来ないかと考えたのです」

高島「それが、このランチということかい?」

いちご「はい、みんなで考えて誰もが利用したいと思うカフェにしようということになったんです」

高島「……」

いちご「メイドカフェには一般の人は入りにくいって解ってはいたんですが、自分たちのことだけ考えて、あくまでもメイドカフェとして営業することしか頭にありませんでした。でも、天神はビジネス街だから、その環境に合わせた形にするべきだって」

高島「そうですか? 確かに、たくさんお客さん入ってらっしゃいますね」

いちご「そうなんです。このビルの人も含めて近くのオフィスの方がたくさん来てもらって」

高島「実は私もこのビルで働く人たちにこの店のこと聞いてみました。で、みなさんが一生懸命にお店を変えようとしていることも聞きました」

いちご「そうだったんですか?」

高島「(少し考え込んだ後で)あなたたちは……」

(お客が店のドアを開けて入ってくる)

客G「こんにちは。この前教えてもらったISMのレストラン、雰囲気も料理も美味しかった~。おかげで両親も喜んでくれたよ。本当にありがとう。これ少ないけどお礼です」

いちご「わぁ、すいません。でも良かったですね」

客G「良いお店があったら、また教えてくださいね」

いちご「はい、いつでも相談されてください」

(お客が店を立ち去る)

高島「今の人は?」

いちご「いえ、あの方はメイド喫茶のお客さんなのですが、この前おつきあいしている方のご両親が博多に遊びに来るってことで、どこか落ち着いて食事が出来るところがないかの相談を受けて、私たちが知ってるお店を紹介させてもらったんですよ」

高島「あぁ、それ雑誌に書いてありましたね。なんでも、天神マップを作っているとか」

いちご「ええ、天神に遊びに来る方に、私たちが知っているお店とかの情報が役に立たないかということで、ご主人さま、お嬢様から頂いた情報をマップにまとめてるんです」

(いちごが壁に貼ってあるマップをオーナーに見せる)

高島「これはたいしたもんですね。いやイラストも可愛い」

いちご「はい、このマップ目当てでランチに来られる方もいらっしゃいます。私たちはみんなオタクなんで絵を描くのは得意ですから。私たちも何かお役に立ててうれしいです」

高島「インターネットよりも口コミの情報は信頼できそうですね」

いちご「ありがとうございます」

高島「いちごさんでしたかね? 今日、あなたたちのことが良く知れて良かったです」

いちご「ありがとうございます」

高島「そして、あなたたちが私やこのビルの人たちのことを大切に考えてくれたことが良く解りました」

(オーナーが下を向いて少し考える)

高島「……良いでしょう。私もあなたたちが、ここを離れたくないという気持ちを大切にしたいと思います。今やっている週末のメイドカフェの営業を許すことにします。というか、私もあなたたちのメイドカフェに来てみたくなりましたよ」

いちご「えっ? それじゃ?」

高島「ええ、どうやら私の負けのようですね。お店は出て行かなくて良いですよ」

いちご「……あ、ありがとうございます」

全員「やったー、オーナーありがとうございます」

 (メイドが全員でオーナーに頭を下げる)

高島「おいおい、そんなに喜ばれると……困ったな」


(入口のベルが鳴り、早苗が入ってくる)

早苗「こんにちは、お邪魔しますよ」

いちご「おばあちゃん?」

早苗「ちひろちゃん……じゃなかった。お店ではいちごちゃんだったわね。来たわよ」

いちご「来たって? おばあちゃん、いったい何しに来たの?」

早苗「何しにって失礼ね。あんたのお店が一大事だっていうから、なんか手助け出来ることがないかって思って来たに決まってるでしょ」

いちご「えっ、そうなの?」

早苗「あっ、お話し中すいませんでした」

高島「いえ、丁度その話をしていたところです。私はこの天神ノースビルのオーナーの高島と申します」

早苗「あぁ、あなたがオーナーさんですか? 私は、この娘の祖母でビルの賃貸契約をしている者です」

(早苗が名刺を差し出す)

高島「相原……早苗さん……んっ、相原早苗? もしかすると『たまや産業』の相原会長ではありませんか?」

早苗「あら、私をご存じですか?」

高島「はい、お会いできて光栄です。えっ、このお店は相原会長にお貸ししているんですか?」

早苗「ええ一応、私も恥ずかしながら孫のお願いにはやたらと甘い祖母でして。孫がここでメイドカフェをしたいと言われた時に前のオーナーにお借りしたんですよ」

高島「そうでしたか。いやぁ、そうならそうと言って頂ければお孫さんにひどいことを言わなくても良かったのに」

早苗「今回はお店の件で、色々とご迷惑をかけてみたいで」

高島「いえいえ、私も前のオーナーからの言葉を鵜呑みにしたところが多くて。でも、先ほどお孫さんたちがこのビルのことを懸命に考えてくれたので、私も考えを改めたところですよ。素敵なお孫さんとご友人方ですね。念のために言っておきますが会長にお会いしたから許したってことじゃないですよ」

(カラン)

(ヒロが入ってくる)

ヒロ「こんにちは。今日はどんな調子……?」

いちご「あっ、ヒロさん、丁度良かった。今オーナーさんからお店の営業を続けても良いって許可をもらいました」

ヒロ「えっ、どういうこと?」

いちご「ヒロさんのおかげですよ。このビルの方に必要なお店になるべきだって言ってくれたおかげです」

ヒロ「いや、私はただ口を出しただけだから。これもみんなが頑張った結果だよ。いや、でも本当に良かったね」

いちご「本当にヒロさんのおかげです。ありがとうございました」

(いちごが早苗の方を向く)

いちご「おばあちゃん、こちらがいつか話したヒロさんです。お店について色々とアドバイスを頂いたんですよ」

早苗「あぁ、あなたでしたか? いちごちゃんからお店の存続を手伝ってくださっている方がいると聞いていましたが、ここでお目にかかれて良かった」

高島「いやあ、あなたたちもひどい。相原会長のお孫さんがやっているお店と聞いたら私も、あんなにひどく言わなかったのに」

ヒロ「えっ、どういうことですか?」

高島「あなたは相原会長をご存じないのですか?」

ヒロ「ええ、私も今初めてお会いしますので」

高島「この方は、あの『たまや産業』、そうです辛子めんたいの『たまや』の会長さんですよ」

ヒロ「えっ、そんなに偉い方なんですか」

高島「もう、私がお店を追い出したなんてことになったら、この天神で商売が出来なくなるとろでしたよ」

早苗「あなたがヒロさんですか?今回は孫が大変お世話になったそうで」

ヒロ「いえ何も。お恥ずかしいのですが、私は今回、ひとりで博多に旅行に来たのですが、ひとりで呑むのもなんだか嫌だなって思ってメイド喫茶のこと思いついて……いえ、昔、新幹線の食堂車でメイドさんと一緒だったんで」

(麦がヒロが以前見せてくれた写真を思い出す)

麦「そうだっ、ヒロさん、最初いらっしゃた時に見せてくれた写真、私がそのまま持ってましたけど、ごめんなさい、お返ししときますね」

ヒロ「あ、私ここで見せたきりだったんですね。こちらこそ、すいません」

早苗「良ろしければ私にも見せてもらえますか?」

ヒロ「はい、結構ですが?」

早苗「いや、私も知り合いが以前新幹線の食堂でメイドとして働いてたんで」

ヒロ「えっ、そうなんですか? 奇遇ですね」

早苗「ええ、確かに……拝見しますね」

ヒロ「どうぞ」


(写真を見た早苗が驚く)


早苗「ヒ、ヒロさん……この写真はいつ頃のものですか?」

ヒロ「はい、国鉄が民営化される前なんで昭和六十一年だと思いますが……」

早苗「この女性、私の娘によく似ているのですが……」

ヒロ「えっ?」

いちご「えっ、私にも見せて」

早苗「ほら、これななせさんよね?」

いちご「ほんとだ。これお母さんに間違いないよ。でも、お母さん、若い時にメイドやってたの? そして、なんでヒロさんが私のお母さんの写真を持ってるの?」

麦「ほら、ヒロさんが最初にお店に来た時に、一緒に働いてたメイドさんの話してくれて、……その人がこの写真の人だって……あの時見せてくれたじゃない? ……えっ、私がしまっちゃった?えっ、ええええ、もしかして私、やっちゃた?」

いちご「もう、麦ちゃーん、私この写真、今初めて見るよ~」

麦「えっ、ホントにごめんなさい。えっ、だとすると、えっ、なに?ヒロさんが好きだった人って、いちごのお母さんってこと?」


(ヒロは呆然としていたが、我に返る)

ヒロ「いちごさん、ななせさんは今どこにいらっしゃるんですか?」

(いちごが困った顔で早苗を見る)

早苗「ヒロさん、実は……ななせさんは、今病院に入院しています」

ヒロ「えっ、どこか悪いのですか?」

早苗「……いえ、……はい」

ヒロ「お願いです、教えてもらえませんか?」

早苗「実は、ななせさんはひと月ほど前に交通事故に遭ってしまって、今療養をしています」

ヒロ「えっ、ケガをされたんですか?」

早苗「ごめんなさい、これも私が悪いんです。あの馬鹿息子のために……」

いちご「おばあちゃん……」

ヒロ「いったい?」

早苗「ななせさんは、当時まだほんと小さな海鮮問屋だった我が家に縁があって嫁いでくれて、それは本当に良く働いてくれました。私たちの会社がここまで大きくなれたのも、実は彼女のおかげなのです。それなのに私の息子は、そんな彼女に感謝するどころか裏切って若い女に現を抜かし、挙句の果てには会社の金も持ち逃げしてしまい家を出て行ったのです。純粋な心の彼女はそれがショックだったのか、それ以来ふさぎこんでしまって……。

そして、ひと月程前にまだ赤信号だった横断歩道を渡ろうとして、事故にあってしまったのです。身体のケガは幸いひどくなかったのですが、頭を打ったことが原因で記憶を無くしてしまって……」

ヒロ「そんな……」

早苗「いえ、お医者さまの話では脳にも異常は無いってことなのですが、…もしかすると過去のことを敢えて思い出したくないのではないか……ということなのです」

ヒロ「そんな、そんなこと」

いちご「ねえ、ヒロさん。お願いだからお母さんが記憶を思い出すのを応援してあげて。もしかするとヒロさんに会ったら、何か思い出すかもしれないし……」

ヒロ「いや、それは……難しいのでは?」

早苗「いえ、ななせさんは、結婚してからも新幹線での食堂車での出来事を色々話してくれました。それだけ、当時のことが楽しかったんだと思います。いちごちゃんが生まれた後は、あまり話をしなくなったけど彼女はあの頃のことは決して忘れていないと思います」

ヒロ「……そうですか? 解りました。私もやれることはやってみようと思います。でも、少し待っててください。私も相談してみたい人がいます」

最終幕へつづく


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