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小説「龍馬がやってきた~僕の鉄道維新物語⑥~」

6 ボイスレコーダーの記録(その2)


 
南 郷「乗り放題?」

岡 田「鉄道業って、人件費とか線路や車両の保守費とか一定の費用が稼ぐ
   ことが出来れば、それでペイ出来るんじゃないかと思うんです。十人
   乗っても、百人乗っても、へたしたら運転士ひとりで運べる乗り物な
   んです」

大久保「そいは固定費と変動費という考え方じゃな」

岡 田「えっ?」

大久保「確かに鉄道業というんは、工場でものを作る製造業ではないんで、
    固定費が変動費に比べて圧倒的に多い。岡田君の考え方はあながち
    間違っちゃおらん」

南 郷「で、具体的にはどげんしたいんか?」

岡 田「僕は駅業務については新人研修でちょっとだけしか経験してないん
    ですが、一枚一枚切符を販売したり検札したりすることが何故か時
    代遅れに思えてて・・・・・・」

南 郷「あぁ、だからICカードが導入されちょるがな」

岡 田「いや、そういうことじゃなくて・・・たぶん、距離に比例して高くな
    る鉄道の運賃や料金を一回見直してみたら良いのじゃないのかと思
    ったんですよ」

南 郷「見直すちゅうのは?」

岡 田「一定額の会員費で鉄道利用会員を募ってみるとしますよね。四国鉄
    道の収入を四国の全人口で割るとひとりあたり一万円に満たないく
    らいなんですよ」

武 市「計算上はな、確かに・・・・・・」

岡 田「で、赤ちゃんとか超高齢なひとは除くとして、全く鉄道に乗らない
    ひともいますから、大雑把な計算で申し訳ないですけど四国全体の
    人口の十分の一の人が会員となってくれるなら七万円程度なんで
    す。これを一年間の会費としてもらって、会員には一年間有効の鉄
    道会員パスを渡す。そのパスで会員は四国内の全線を何回も乗れ
    る・・・ただ乗れるだけですよ。座ることは出来ないかもしれない。
    でも、乗れる・・・そんな制度・・・」

武 市「でも、岡田。年間七万円で乗り放題って・・・それは余りにも安す
   ぎ・・・」

岡 田「課長、すいません。最後まで言わせてください」

岡 田「鉄道って自動車に比べれば不便で高いのが現状なんです。特に家族
    だったら家族分の切符代がいるのに対して、自動車だったら一台分
    で済む。まずは不便だけど安いってもっていかないと、いくら環境
    に良い乗り物っていっても自動車からはシフトしない」

武 市「それで乗り放題って考えたのか?」

岡 田「今、通勤通学に使っている人は必ず会員になってくれるでしょう。
    問題は今鉄道に乗ってない人をいかに取り込むということなんです
    よ」

南 郷「それが、一番の問題じゃがの」

岡 田「でも考えたんです。乗り放題の会員パスなら使えば使うほど元をと
    れる。企業が通勤や出張に使って会社経費で購入してもらいたいと
    も思うし。

大久保「少し無理があり過ぎるとも思うが・・・」

岡 田「そして、もうひとつの願いはエリアを広げるということなんです」

大久保「エリアちゅうのは?」

岡 田「日本の鉄道の在来線の現状は東京と大阪の都市部を除けばほとんど
    同じ状況じゃないかと思うんです。会社は別れてしまったけれど、
    この四国で買ったパスが九州でも、そして北海道でも乗れるってこ
    とに出きればって。国鉄が全国に広げた鉄道網は今は弱点になって
    ますけど、そのすべてに乗れるってことになったら今度は強みに帰
    れるんじゃないかと思うんです。それが鉄道の魅力なんじゃないか
    と」

武 市「岡田、・・・・・・」

坂 本「岡田くんが言うのは、弱いもんはお互いに協力しあわんといかんち
    ゅうことやな。わしも薩摩と長州を結びつけたのは、そんな事情じ
    ゃった」

南 郷「弱いもんどうしか。明治維新みたいに言わせてもらえれば三島連合
    ちゅうこつですな」

坂 本「そうじゃ。わしがおまんらが小さいカンパニィのことだけを考えち
    ゅうのが面白うなかったがじゃ。けんど、おまんらの会社が同盟を
    結べば話は変わってくるかもしれん」

全 員「同盟・・・」(皆がざわつく)

岡 田「会社に入った時に、『発想を変えろ』と担当講師が教えてくれたん
    ですけど、いざ乗り放題にしてみたらと先輩たちに話したら変人扱
    いされて、・・・今日、龍馬さんに言われてみなさんに聞いてもらう
    ことが出来ました。ありがとうございました」

九 楽「いや、岡田さん。今の話はとても面白かったです。そしてなにか感
   動しました。私も会社に入ったころは熱い気持ちをもっていたはずな
   のに、時間が経つのにつれて、いつの間にかその気持ちを忘れていま
   した。やはり『若者は大志を抱け』ですね。そうでないと会社という
   か、日本全体が衰退してしまいますね」

大久保「けんど、収入を会員費であげるとすれば、今の定期や切符の収入は 
   無くなりもんそ。いったい今以上の収入をあげるこつがほんとに出来
   っだろかい?」

武 市「大久保さんの心配はわかりますが、切符を販売するのを会員募集と
   いうことで積極的に営業をかければ増収が可能じゃないでしょうか。
   『儲からない儲からない』と言ってるだけじゃなく、こちらから営業
   をかけて、会員を増やすことも可能じゃないかと思いましたよ。
   あとは、会員の人と一緒に列車に乗ったひとが『会員になった方がお
   得』と思えば自然と増えていくかもしれませんよ」

大久保「それでも、本当に集まるじゃろうか?」

坂 本「南郷さん、今日集まった会社の中じゃ、おまんの会社が一番大きい
   ようじゃが」

南 郷「そのようでごわすな」

坂 本「わしも大政奉還にむけて奔走しちょった時も、ほんとに幕府の政治
   とどちらが良いのか、明確な答えはなかったがじゃ。じゃが、現状で
   衰退する日本を多くの志士が憂い、その思いが結束して維新は出来た
   と思うちょる」

南 郷「今の鉄道も現状を看過すれば衰退すると言うんじゃな」

坂 本「ああ、そうじゃ。わしには岡田君が言うた策が正しいかは分から
   ん。じゃが、こんな若者が新たな鉄道を描いておまんらを頼っちょる
   がじゃ。おまんらはそれに答えにゃならんがじゃ」

南 郷「確かにそうでござるが・・・」

坂 本「四国も北海道も、もう瀬戸際まで来ちゅうがぜよ。なにかを大きく
   変えんと、鉄道は今のままじゃ。国から金がもらえればええなんてこ
   とばかり話しても埒(らち)があかんのじゃないがか?鉄道乗り放題
   にしたら面白いと思うんなら、誰かが提唱をすればええ。
    四国と北海道は儲かっちょらんみたいやき、九州のおまんのカンパ
   ニィと一緒にやりたいちゃ、なかなか言えんのじゃなかか?南郷さ
   ん、ここは九州のおまんから協力、同盟の話をしちゃ、どないがじ
   ゃ?」

南 郷「いや、おいは……」

坂 本「南郷さんっ!おまんは薩摩の大将じゃろうが! おまんの一言で北
   海道も四国も、いや全国の鉄道が救われるがじゃ」

南 郷「・・・」

坂 本「おまんも真面目な男のようじゃき悩むのも分かるし、カンパニィの
   殿様にも気兼ねもしちゅうな」

南 郷「・・・」

坂 本「じゃが、聞け。わしが出逢った西郷吉之助はのぉ、薩摩の人間を薩
   賊とまで呼んで忌み嫌っていた長州の桂さんとずっとだんまりを続け
   ちょったが、最後は西郷の方から長州の桂さんに頭を下げたがじゃ。
   ・・・よろしく頼みますと言ってくれたがじゃ」

坂 本「これは薩摩の男の役目、いやきっと時代の定めじゃ。おまんが今日
   決断することが未来のニッポンの鉄道を左右する運命を決めるがじ
   ゃ」

南 郷「わかりもした」(南郷が笑う)

岡 田「えっ?」

南 郷「おいのカゴンマも昨年の豪雨で龍ヶ水の崖がくずれちのう。みなひ
   どい目に負うてしもた。地球温暖化の問題は確かにもう待ったなしじ
   ゃ。岡田君の提案は十分検討するに値するち思う。時間に余裕が無か
   と考えれば大胆な行動をせんといかん時期じゃち身に染みてわかりも
   した」

坂 本「南郷さん」

南 郷「この南郷、坂本龍馬をずっと尊敬しちょった。その龍馬殿にこの土
   佐で会って、直に頼まれごとまでされてこれに応えんかったら末代ま
   での恥でごわす。承知しもした。男、南郷きっと動くでござる」
                       
 龍馬さんは、たたみかけるように南郷さんを説得した。僕はまるで薩長連合を結ばせた会談場所にタイムスリップしたような感覚で龍馬さんが西郷隆盛を説得したのとダブらせて南郷さんを説得する場に立ち会うことが出来た。
 この龍馬さんの熱意が明治維新を実現した坂本龍馬の魅力なんだと実感していた。

つづく



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