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秋の匂い

深まる秋の午後、どこからともなく漂ってくる匂いに感じることを書いてみる。

  肌寒かったり、かと思えば夏日のように暑かったり、その日によってころころ変わる天気に体調を崩しそうになる。ここのところ雨模様だったこともあって、あまり外出したいとは思わなかったのだけど、今日は秋晴れの天気、吹く風も肌に心地よい。ちょっとポストに投函したいものがあったので郵便局まで歩く。
  最近、ゆったりと歩くことが増えた。個人的な用事なら歩いて行ける範囲で済むことも多い。こういう時間の使い方も良いと思うようになった。
  投函を済ませ、いつもの河川敷をもう少し先まで歩いてみる。市街地ではあるが、少し中心から外れたところにはポツリポツリと農家が点在している。昔は田んぼが広がっていた農村地域だったところが、徐々に宅地造成で市街化が進み、周りに増えてゆく新興住宅地に、かつての農村が呑まれてしまったようだ。
  とある農家とおぼしき家の横を通ると、懐かしい匂いが漂ってきた。幼い頃、毎年秋になると嗅いでいた匂い。稲籾を摺って玄米にするときに舞う細かい埃の匂い。籾殻の周りには細かい毛が生えているのだけど、それが籾摺り作業で取れて、辺りに舞い漂うのだ。自転車などもその埃で真っ白になる。それと稲藁の匂いが自分にとっての秋の記憶だ。
  稲刈りの終わった田んぼを駆け回っていた幼い頃が懐かしい。あの頃は家族が揃って笑いながら過ごしていたように思う。遠い記憶の彼方。
  稲刈りも佳境を迎え、稲作農家は大忙しだろう。もう近年では専業農家は少ない。皆、会社勤めの傍ら、休日を使って農作業をこなす人のほうが多い。自宅の作業場で乾燥から籾摺り、調整まで行う農家は、すでに少数派だと思う。田植えも稲刈りも共同作業化して、あとはカントリーエレベーター(大規模乾燥調整貯蔵施設)に運び込んで、あとの作業は委託するほうが多くなった。それでも農地の保全と、次年度の再生産が保証されるのかというと厳しいのが現実だろう。
  後継者も減少し、担い手も少ない。しかし誰かがこの食糧生産のシステムを保全していかなければならないのだ。
  何は無くとも食わずには生きられない。
  あと数年もすると市街地の外れで稲作の名残のような秋の匂いを感じることも無くなっていくのだろう。
  どこか物寂しい思いに浸る秋の昼下がり。

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