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【短編小説】ある勘違い野郎だった男の話し

ある所に勘違い野郎がいた。

仮に笑介という名にしておこう。

笑介は、笑顔でいることが多い男だった。

一芸に秀でていた。

だから、皆から愛される人気者だった。


笑介は、周りに笑いを振りまけるように、何かしら考えているオトコだった。

そして、人と会ったとき、

「笑ちゃんと会うと嬉しくなるわぁ。笑顔になれる!」

と言われると、なんとも言いようのない幸せを感じるのであった。



あるとき、人の噂で、ものすごく素晴らしい人がいることを聞いた。

その人は、昔でいうブッタのような人格高い人だという。

でも、偉ぶるわけでもなく、冗談も言う気さくな人物という話しだった。


「じゃあ、俺も会ってみるか?

どんな人なのか、愉しみだなぁ」


ある日笑介は、知り合いから、その人の話しが聴ける集会があると教えてもらった。


やっと会える。


笑介は胸り、前の晩は寝付けないほど。



そして、その当日。

集会は少人数だった。

しかし、熱心に話しを聴く人ばかりだった。


「大人になると、本気であなたの欠点を教えてくれる人など居ないのです。

なんとなく仲良くしていれば、関係性はうまくいく。

だから、その人の欠点について、周りの人は子どもと接するように、そうだねぇと目を瞑ってくれるのですよ。

例えば、構ってほしい。

愛して欲しい。

そういうのが、ただ漏れの人がいます。

周りから見えれば一目瞭然なのに、本人はまるで気が付かない。

本人は教えてもらえないので気の毒です。

変わる機会が無いのですから。

分かりますでしょうか?

無自覚だと、人は変われないのです」


皆熱心に話しを聞いている。


笑介も、まぁそういう人もいるだろう。

自分も、少しはそういう部分を持ち合わせているかもしれない。

そう思いながら、聞いていた。




「分かっていますか?あなたのことですよ!」


その方はなんと、笑介本人を指さしていたのだ。


笑介は、心底驚いた。


自分は皆に愛されているんだと思っていた。


周りの人は、笑介の笑顔が好きだと言ってくれた。


でも、違っていたのだ。


愛して欲しいという気持ちを汲んでくれる人が、周りに居ただけだったのだ。


笑介は、心の奥底がぐらりと揺れるのを感じた。


「あれ?俺はもしかして、ものすごく勘違いしていたんじゃないだろうか?

俺は人気者じゃなかったのか。

精神性の高い人が、子どもを構うように接してくれていたのか……!」


笑介は愕然とした。

それまで自分の中にあったものが、崩れていく。

雪崩音が聞こえる。


心の中がぐらぐらして落ち着かない。


何をしても何を見ても笑えなくなった。


実は、笑介はいつも笑っている訳ではなかった。

笑っていたのは人前だけ。

あとは仏頂面している時間が多かったのだ。


眉間にシワを寄せ、誰かの妬み嫉み、悪口をブツブツと、口の中で唱えていたのだった。


あぁ、これじゃだめだなぁ。

どうしたらいいのかなぁ?


笑介は悩んだ。

変わりたいと思った。


でも、どうしたらいいのか、皆目検討もつかなかったのだ。


そんなとき、ある催し物を知った。

それは地球に感謝しよう、という催し物らしい。


わたし達は地球に生きている。

だから、地球に感謝しよう、と。


そうだよなぁ。


昔はお天道様にありがとう、って言っていたものさ。


だから、地球様にもありがとうって言ったら、感謝申し上げたら、いいんじゃないのかなぁ?


笑介は、まだ本気で笑えていなかった。


ただ、その地球に感謝する催し物が気になった。


そこで、当日出かけてみることにした。


会場の入口を見つけた。

笑介は、行列に並ぶことにする。


前に並ぶ人の話しが聞こえてくる。


この催し物は、全て募金で成り立っているそうだ。

司会する人も、裏方さんも、出演者も、皆無料で関わっているらしい。

無料奉仕ということか。

そして、募金は地球で困っている人達、
苦しんでいる動植物のために活動している団体へと寄付されるだそう。


すげぇなぁ。

笑介は独り呟いた。


今まで、お店の会計する脇に募金箱があると、小銭を入れたことはある。

あるいは、駅前で「よろしくお願いしまーす!」の可愛いお姉さんが声をあげていると、ついその笑顔につられてお金を入れたこともあった。


氣づくと、笑介は受付の前に居た。

そして、受付には募金箱があった。

笑介は人生初めて、紙のお金を畳んで入れた。



受付を抜けると、違う世界に入り込んだようだった。

今まで感じたことのない熱気で包まれていた。

決して興奮状態、という訳では無い。


舞台では、次々と歌い手さんが歌う。

合間に、劇団の皆さんが熱演する。


裏方さんたちの笑顔が明るい。


会場に足を運んできた人たちも、柔らかい表情だった。


笑介は独りごちた。

「こんな世界もあんのかぁ。たまげたなぁ……」


そして、盛り上がってきたとき、最後の歌い手さんが登場した。

その歌い手さんは、先日お話しを伺ったあの方だった。

あの方が関係ある催し物だったのかぁ!
なるほどなぁ。

みながわ〜っと盛り上がる。

大勢の歓声と手拍子の渦がうねる。

歌声を聴いていて、笑介はいつの間にか涙が出てきた。


説明のしようのない感動に包まれたのだ。


最後の演目。


地球に感謝するのを365回唱えるのだそうだ。


会場は二手に分かれる。


右半分は「地球に感謝」

左半分は「ありがとう」


笑介はありがとうの側にいた。


会場の人たちと共に声を出す。


ありがとう、ありがとう、ありがとう。

ありがとう、ありがとう、ありがとう。

ありがとう、ありがとう、ありがとう。


今の人生でこんなに「ありがとう」と言ったことがあるだろうか?


ありがとう、ありがとう、ありがとう。


会場の空気が清らかになっていく。


ありがとう、ありがとう、ありがとう。


100回を超えたあたりで、反対の人たちの声が耳に届くようになった。


地球に感謝、ありがとう、地球に感謝、ありがとう

地球に感謝、ありがとう、地球に感謝、ありがとう


何度も何度も重ねて言い続けていると、自分の中の淀みが消えていくようだ。


地球に感謝、ありがとう、地球に感謝、ありがとう

地球に感謝、ありがとう、地球に感謝、ありがとう


なんか分からんけど、俺は勘違いしていたようだわ。


地球に感謝せずして、俺は何様だったんじゃ?


地球に感謝、ありがとう、地球に感謝、ありがとう

地球に感謝、ありがとう、地球に感謝、ありがとう



ついに365回。


会場はなんともいえない歓喜に包まれる。


笑介は嬉しかった。


なんか分からんけど、嬉しかった。


この素晴らしい催し物を、裏から支えていた人たちに挨拶に行こう。


きっと、自分の目標になる人で溢れているだろうから。


そこでなにか、お手伝いをさせてもらおう。


そう決めた笑介の顔には、以前とは違う柔らかな笑みが浮かんでいた。






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