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小説「オレンジ色のガーベラ」第15話(最終話)

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第15話



「じゃあ、次回は来週同じ時間にお越しください。ゆっくりで大丈夫ですよ。お薬は止められるものですから。
 ではまた。お氣をつけて」

 その日最後のクライアントを見送ったちひろは、アップルミントとローズマリーのフレッシュハーブティーを淹れた。
 さっぱり氣分に変えたかったからだ。

 じっくりと葉の成分がお湯に出ていく様を眺めながら、お得意の取り留めのない思考の波に身を委ねた。

 あれから、みずほと真也とは顔を合わせていない。
みずほはこのオフィスに足を運んだとき、こう言った。
「今の精神医療を変えたいんです」と。

 しかし、何を行動したかといえば、Twitterで発信したことと、自分の内面を見つめた結果、父親との関係が良くなったこと。そして、ここで靈の存在について共通認識を持つ真也と知り合いになったこと。

 それで、精神医療の世界は変わるのだろうか?

 ちひろがやっている断薬指導というものは、既に飲んでいる患者さんをサポートするものだ。みずほが望んで居るものとは、程遠い。

 例えていうならば、浸水しているボートの水をコップで掬って外に出している程度。きちんとボートの穴を塞がなければ、どんどん水かさは増していくばかりなのだ。

 しかし、最近のみずほのTwitterを眺めていると、何か明るい兆しを感じる。とても感覚的な表現なのだけれど、みずほの言葉は光を放っているように見える。
 他の人の発信より光って見えるのだ。 内容は相変わらず靈のことも多い。でも、他のつぶやきと一味違う。その力を持つ発言がいつか広がりを持つかもしれない。

 つらつらと思い浮かべてから、ティーポットのお茶をカップに注いだ。

「ふぅ~。落ち着く」

 一口飲むと、頬の筋肉から緊張が解けていく。

 そういえば、もう一度会いに来たいと、みずほは言っていたような氣がするが、いつ来るつもりなのだろう?

「こんにちは、ちひろさん、来ちゃったぁ!」
 予告無しに、みずほが飛び込んできた。
 カップに口を付けていたちひろは、思わずむせた。

「ゴ、ゴホッ!あ、みずほちゃん、い、いらっしゃい……」

「うわぁ~、ごめんなさい。驚かせちゃったみたいで!」

 みずほはちひろのそばに慌てて駆け寄る。そして、お母さんが子供にするのと同じように、背中を優しくトントンと叩いた。

「あ、ありがとう。だ、大丈夫……」

 少し涙目になったちひろだったが、なんとか持ち直した。

「本当に本当にごめんなさい」

 両手を合わせて、深々と頭を下げるみずほを見て、ちひろはふんわり微笑んだ。

「もう大丈夫。ありがとう。ちょっとタイミング悪くて、気管に入っただけだから。そこまで気にしなくていいのよ」

 みずほの表情はぱぁっと明るくなる。その笑顔を見て、ちひろは思った。
 そういえば、初めてバス停で見かけたときの、あの儚さを醸し出したみずほはどこに行ってしまったのだろう?すっかり明るいお嬢さんだ。

「最近のみずほちゃんを見ていて、思うことがあるんだけど……」

「え、なんですか?」

「なんでみずほちゃんはそんなに強いの?」

「え?わたし強いですか?そんな風に見えるんですね。」

「そうね、見えるわよ。」

 ちひろにはみずほから理解しがたいパワーを感じる。そのパワーの源は何かのか、わたしは最初から疑問に思っていたのだ。

「ちひろさんにこの本のこと、話していなかったですか?」

 その言葉と一緒に差し出された一冊の書物。

 タイトルは「大日月地神示」。

「おおひつきち?」

「おおひくつしんじ、と読みます。わたしはこの本に出会って、読んだときに、これだ!と思ったんですよ。人が生きていると色んな疑問を持つじゃないんですか?

『どうして生まれてきたんだろう?』

『なぜ人は死ぬのだろう?』

『病気になる意味は?』

『幸せとはなんだろう?』

そういうことから、

『宇宙ってどうしてできたのかな?』

『神様っているの?』

『どうして自分はこんな辛い目にあわなければならないのか?』

 疑問に思うことってすごくたくさんありますよね。

 神示読んでいると、そういう自分の中の疑問が無くなっていくんです。

 なぜなら、納得できる答えが書いてあるから。

 一方で、痛いことも書いてあるんです。

 説教されている気分にもなるから、読むのが嫌にもなるですけど。でも、くじけずに読んでいると、不安がどんどん減っていったんです。

 だって、これまでどんな本を読んでも、高いお金払って講座を受けに行っても教えて貰えなかった真実があるから。

 不安が減れば、強くなるのかもしれないですね。」

 ちひろは直感で感じた。

 これか。

 みずほの信念、心の奥にある宝物に触れた氣がした。

 そして、ちひろは俄然興味を持ち始めた。

「ちひろさんは聖書を読んだことありますか。 
 聖書よりとっつきやすいですよ。なにしろ、元から日本語で書かれているから。聖書は翻訳されているでしょ?そして、歴史的背景もが違う国の話しって分かりづらいです。
 でも、神示は違う。日本で生まれた人で日本語で育ったのなら、聖書よりすんなりと入ってくると思います。まぁ、それはわたしの個人的な意見ですけど」

 みずほは、はにかみながら、大日月地神示を手渡してくれた。

「これ、プレゼントします。今までお世話になってきたお礼です。」

「ありがとう。遠慮なく頂きます。」

 みずほから手渡されたその本をちひろは丁寧に受け取った。

 ちひろはすぐにでも読みたかった。何かとても重要なことが書かれているように感じるのだ。でも、がっつかなくても、いい氣もした。これからの人生の伴侶ともいうべき本を手にいれた。そんな感覚だった。

「みずほちゃん、わたしからのプレゼントもあるの。これよ。」

「うわー!可愛い鉢植え!嬉しい!これはガーベラ?」

「そう。ガーベラ。ガーベラの花言葉は『前向き』『希望』。そして、オレンジは『忍耐強さ』」

「もしかして、ちひろさんはわたしが忍耐強いと思っていたの?」

「忍耐強い、っていうか、『不屈の精神』。それを愉しんでやっちゃう強さかなぁ?」

「なんだか、新しい時代の仙人って言う感じ!」

「そのイメージ、わたしにはちっとも分からないわ!」

 二人でケタケタと笑いあった。


 みずほの行動したことは、まだま最初の一歩にも満たないのかもしれない。しかし、今後動き続けていると、新たな展望が見えてくるはず。
 真也と二人で動画配信なのか音声プラットフォームを利用するかは知らないが、なにかしら始めていくようなことを真也から聞いている。

 これからの困難も立ち向かっていけるだろうみずほの力強い眼には、希望の光が満ち溢れていた。


おしまい

(2,684文字トータル37,188文字)

最後までお読みくださり、ありがとうございます。
心からの感謝を込めて。

筆者 ひなた美由紀








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