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UNTITLED REVIEW|夢想或いは予感

村上春樹氏がこの小説を訳さなければと思ったのは2010年のことらしい。ご自身の手がけた日本語版が2012年に刊行される際、あらためて作品を読み返したそうだがそこにはまた違った種類の重さと違った種類の感銘があったと『訳者あとがき』に記されている。その文章が書かれたあと、僕らは長きにわたる世界の沈黙を経験し、新たに開かれたいくつかの戦端を目にした。

村上春樹氏に比べれば、僕なんか浅薄で中味のない人間に等しい。でも、本書の『あとがき』が綴られた頃よりもっと、この物語が深い意味を帯びてしまったことぐらいはわかる。僕たちはもはやこの小説を単なる寓話と片付けられなくなってしまった。それほどまでに世界は形を変えている。

陰鬱な物語だったが、僕は最後まで絶望に打ちひしがれたり、暗い気持ちに苛まれたりすることはなかった。自分が何かの終末に居合わせることになるなどと、人は考えもしない、との主張は確かに正しい。だが、人が一命を終えるところであったり、近しい人と意思の疎通が図れなくなる日の到来であったり、年齢を重ねる中で遭遇する何らかの終わりが人をタフにすることも事実である。

この小説は、もし誰かにどちらかを選択するよう迫られたら、前に踏み出す勇気よりも、一歩も退かぬ意志のほうを選ぶ人に向いている気がした。ただなんとなくだけど。


The key to the title





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