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平日の寄り道。ベンチと缶コーヒー

ピッ
スマホのタイマーをかける。
カシュッ
最寄り駅のホームのベンチに座り、缶コーヒーを飲む
きっかり10分。
スマホはポケットにしまう。本も読まない。仕事の反省もなるべくしない。
家に帰るのに気合を入れているわけではない。
実家暮らしではない、彼女もいない独り身だ。ましてや事故物件でもない。電車が好きだというわけでもない。
ただある日から何となく習慣になったこと。
終電ではないときは10分ベンチに座って缶コーヒーを飲む。

「○○駅~○○駅~右側のドアが開きます」
前から3両目の車両の一番後ろのドアから降りると、斜め右前に自販機がある。
ホームに降りたら上着の右ポケットに入れた130円で缶コーヒーを買う。ブラック。温かいやつ。
そこから17歩歩くといつものベンチ。
改札に向かう階段からは離れているので、一人でゆっくりできる。
スマホで10分のタイマーをセット。
缶のプルタブを引く。
息が白い。今日はすこし肌寒い。温かいコーヒーが体に染みわたる。

10分というのに意味はない。ただ長居するのも悪い気がして、10分で切り上げるようにしている。○○駅を通過する電車の残像を眺め、タイマーが鳴る前にタイマーを切り、帰路につく。今では体感で大体10分が分かる。
2分以上前でスマホを取り出したら、たぶんその日はいいことがあった日。
誤差5秒以内なら冴えてる。スーパーが開いてる時間ならスーパーに寄る。お得な見切り品が買えるかも。
タイマーを鳴らしてしまうときは疲れているとき。駅前のコンビニで苺ミルクを買って帰る。
ベンチに座っている間、通過する電車は日にもよるが1本か2本。2本の日は少しラッキーだ。明日いいことがある。虹が見えるとか。

タイマーを止めたら立ち上がって十七歩戻り、自販機に併設された缶用のゴミ箱に缶を捨て改札に向かう階段を上り帰路につく。
この10分は無理して作る時間じゃない。風邪気味の日はさっさと帰る。
楽しい飲み会は途中で抜けたりなんかしない。月一の飲み会は終電、もしくは朝まで楽しむ。
そしてまっすぐ帰る。ベンチに座ったらボーっとしてたら眠っちゃうかもだから。

月曜、予定がなかったらまた駅のホームのベンチで缶コーヒーを飲む。そんなんでいい。

この時間をつくって変わったこと。特にない。あ、スッと眠れるようになった。
でも眠れず酒に頼ることもある。やっぱり大きな変化はないかな。

このベンチのいいところ。改札に向かう階段から離れているので周りに人がいることがほとんどない。一人でゆっくりできる。そもそも○○駅は各駅しか止まらないので帰宅ラッシュに重ならなければ利用者も少ない。

「快速電車が通過いたします」
静かだ。通過電車のアナウンス。踏切の音。
駅のホームはただの通過点。ここは目的地じゃない。
この10分はなかった時間。たまたまみつけた。
特別ではない。帰り道の途中の小休憩。

でもいままで通り過ぎてしまうだけだったこの10分が僕は何となく好きだ。
理由はつけたくないな。理由があったら特別になってしまう。

でも、そうだな。目的もなく少し停まってみたら缶コーヒーがちょっと好きになったよ。

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