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【随想】小説『あるキング』伊坂幸太郎

こういう物語もあるのか。
今までに読んだことのない読み口の、不思議な小説である。
物語のカタルシスも、キャラクターの成長や葛藤もない。
あるのは、ただ1人の天才バッター山田王求の、0歳から23歳までのヒストリーである。

Fair is foul, and foul is fair.
―――『マクベス』ウィリアム・シェイクスピア

この小説のテーマが、繰り返し繰り返し描かれる。
天才バッターの生涯には、フェアともファウルともとれる数々の出来事が飛来する。
本書には、『マクベス』からの引用がかなり含まれているらしい。
後に王となるマクベスというスコットランドの貴族が、この小説の主人公「山田王求」に当たる。
マクベスは、ある戦の帰り道、荒れ野で3人の老婆(魔女)に「マクベス、未来の国王」と予言される。
山田王求も、仙醍キングスという球団をしょって立つ天才ホームランバッターとして、期待される。
マクベスと異なる点は、山田王求には、王になってやるぞという欲や野心が見られないことだろうか。
伊坂幸太郎は、一貫して物語(作り出された虚構)に対して、運命づけられた個人を描いているように思う。
良きにつけ悪しきにつけ、出てくる登場人物たちはじたばたと動揺することがない。
その運命を受け入れているかのように、どこかあっけらかんと描かれる。
そして、魔女である伊坂幸太郎は、その運命(物語)がフェアであるか、それともファウルであるかを、いつも読者に問いかけてくる。


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