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#短文

#20 火

「いっそこの火になりたいわ。ただ自由に燃えて、その時が来たら、おしまい。」と彼女が言った。夜空より純な黒く、長い髪が揺れていたことは覚えている。彼女は私の眼をまっすぐに見据えた。それは決して攻撃的ではなかったけれど、銃口を向けられているような緊張感があった。二人以外には何もない海辺だった。

「火が人間を作ったのに、人間は火を制御しようとしてきた。皮肉な話よね。」彼女の眼の中には確かに炎があった。

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#12 黒い海の鼓動

#12 黒い海の鼓動

 修学旅行の高校生として、ぼくは沖縄の海にいた記憶がある。修学旅行の唯一といっていい記憶である。夜、宿舎を抜け出してきたぼくは、砂浜に坐って海を眺めた。眺めた―といっても眼にはほとんど何も映っていなかった。灯もなく、対岸もない沖縄の海は、ただ黒々と波音を響かせていた。それは聴覚的に、触覚的に、初めて直観する海の姿だった。秋の暖かい沖縄の風が、ぼくの中に感傷ではなく希望のような、明るい感慨を芽吹かせ

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