#20 火


「いっそこの火になりたいわ。ただ自由に燃えて、その時が来たら、おしまい。」と彼女が言った。夜空より純な黒く、長い髪が揺れていたことは覚えている。彼女は私の眼をまっすぐに見据えた。それは決して攻撃的ではなかったけれど、銃口を向けられているような緊張感があった。二人以外には何もない海辺だった。

「火が人間を作ったのに、人間は火を制御しようとしてきた。皮肉な話よね。」彼女の眼の中には確かに炎があった。それは色を持たない、しかし確かな熱量であり観念だった。海を隔てて、どこかの街が燃え上がり、絶えず黒煙を上げているのが見える。とうに日が暮れた夜に、それは異様な、血のような夕焼けに見えた。けれどもその異質な熱は、まだ静かで規則的な波間には表現されていなかった。閃光が見え、くぐもった爆発音が遅れて聞こえてくる。それが何度か繰り返された。

「この肉体を脱ぎ捨てて、印象になれるのなら、私は間違いなく火を選ぶわ。消えない火。人々の眼に、記憶に、脳裏に焼き付いて内側を焦がすような、そんな火。」不思議と嫌な響きはなかった。そうか、彼女は火なんだな。それは理解というより直観だった。もう一度彼女を見た。それは眼ではなかった。わたしがそれを認識した時、私は炎の中にいた。火の色は愉しかった。わたしは私であり、そして火そのものだった。そしてわたしは、その時まで、何者にも干渉されず、ただひたすらに踊り続けるのだ。