マガジンのカバー画像

46
運営しているクリエイター

2020年10月の記事一覧

#20 火

「いっそこの火になりたいわ。ただ自由に燃えて、その時が来たら、おしまい。」と彼女が言った。夜空より純な黒く、長い髪が揺れていたことは覚えている。彼女は私の眼をまっすぐに見据えた。それは決して攻撃的ではなかったけれど、銃口を向けられているような緊張感があった。二人以外には何もない海辺だった。

「火が人間を作ったのに、人間は火を制御しようとしてきた。皮肉な話よね。」彼女の眼の中には確かに炎があった。

もっとみる
#19 破壊?或いは、喪失。

#19 破壊?或いは、喪失。

コーヒーは薄くて、味がなかった。コーヒーは実体としてではなく、記号としてそこにあった。                         ―村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』(2000,新潮社)

 このコーヒー、味うっす!っと僕がこぼす。その横で村上春樹が、非常に難しい顔で、珈琲を形容している。僕は僕の愚直なfoolを反省する。

 僕はコーヒーが飲めないけど、薄い飲み物というのはいつだって少し

もっとみる
#18 誘蛾灯

#18 誘蛾灯

 誘蛾灯に吸い込まれた羽虫は、爆ぜるような閃光を最後に放った。それは電線がショートするような、くぐもった音だった。同時にそれは、夜が死の季節であることの象徴のようにわたしに思わせた。わたしは冷醒な眼で、それを見つめた。最期の火花は美しかった。わたしは彼の一生を知らないが、死ぬ瞬間だけは、しっかりと見ていたのである。それは生を自覚せず、死だけが浮き彫りになるこの世界の人間の有り様。生は暗い闇の中に、

もっとみる