【創作百合】no title 03

Daffodil  うたたね

 背の高い棚にはたくさんの本。木のデスクには、先程まで読まれていたらしいのが数冊、開かれたままになっている。そして、それらを先程まで読んでいたらしいのが1人、折り曲げた両腕に顔をうずめている。シャツを着込んだ背中が、膨らんでは戻るのを規則的に繰り返す他は、どこも微動だにしない。

 まったく、まだ寒い日が続いているというのに何も羽織らず……。



 ん……。水の中にいるみたいだ。何度も呼んでいるのに、意識がうまく戻ってこない。
 窓から差す日の光が、背に当たって暖かい。まだまだ寒い日は続いているけれど、庭に、窓際の花瓶に、いたるところに咲くうぬぼれ屋の花が、季節の変わり目を演出している。

 反射した光がまぶたを通り抜けて目に届いていたけれど、にわかに暗くなって、視神経を休ませた。
 肩に、柔らかな重さと暖かさを感じた。そして細い指が短い髪を絡め、後頭部から首筋へと何度か行き来している。とても心地良い。もっと優しさを感じていたいのに、ぬくもりと相まって、さらなる眠気を誘う。深く、深く、沈んでいく。

 後でありがとうって言わなきゃ……。



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 祖国でなら、もうミルクは温めなくても良い頃だろう。だけどここではまだ、ミルクを温めるどころか、暖炉を焚く必要すらある。
 シンプルながらも優雅な装飾のロッキングチェアと、それに身を預けている美しい女性。良い時間を過ごしたんだろうな。丸い天板のサイドテーブルにはティーカップが置かれていて、そこから果実を思わせる残り香が漂っている。親指をしおりにした本は、今にも膝から滑り落ちそうだ。本を抜き取るとき、自分の指先が、彼女の指に触れた。

 ……冷たい。



 聞こえるのは、薪が爆ぜる音と笛のような鳥の声、それから、右へ左へとせわしなく移動する衣擦れの音。
 右手がそっと握られた。まるでぬくもりを移すように。少しするとその両手は離れていき、再び空気に触れた右手は、寂しくもひんやりとする。
 庭に咲く黄色い花。その花言葉を思い出さずにはいられない程の、ふと私を襲うこの悲しみも、春のまどろみの中では曖昧に薄れていく。
 右手の甲に、今度は素肌ではなく繊維が触れる。やや厚手なのか、膝に乗った新たな重みに、椅子が少し揺れた。春のまどろみの中に、意識が薄れていく。

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