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小惑星「リュウグウ」のサンプルから水とアミノ酸が検出された衝撃!

「はやぶさ2」が向かった小惑星「リュウグウ」は、いびつな形状で岩盤が多く、到着直後には「着陸可能な領域はない」とされるほど悲観的な見通しだった。それから1年半の間、苦難の末に2地点のタッチダウンに成功して、2020年12月6日には期待を大幅に上回るサンプルを回収できたのである!

これまでの「はやぶさ2プロジェクト」の経緯については「宇宙航空研究開発機構(JAXA)」のホームページにすべて公開されている。改めて、「はやぶさ2プロジェクト」を大成功させたJAXAの関係者の皆様に、大きな拍手を送りたい!

サンプルの分析結果

2021年12月21日には、「はやぶさ2」が持ち帰ったサンプルの初期的な分析結果が報告された。この時点で、水と有機物の存在は明らかになっていた。

2022年6月10日付『Science』と同日付『日本学士院紀要』に掲載された論文には、より詳細な分析結果が報告された。ここで何よりも驚くべきことは、生命に直結する「イソロイシン」「バリン」「スレオニン」「グリシン」「グルタミン酸」「アスパラギン酸」など、23種類ものアミノ酸が検出されたことである!

岩盤の塊のような小惑星の「含水層状ケイ酸塩鉱物」から、動物のコラーゲンを構成する「グリシン」、昆布のうま味成分である「グルタミン酸」、アスパラガスに多く含まれる「アスパラギン酸」が発見されたのである!

今回の「7. 生命の起源に結びつくアミノ酸やその他の有機物が検出された」と明記された報告書は「衝撃」としか言いようがない!

研究のポイント

1. 有機物を多く含むと考えられていたC型小惑星リュウグウのサンプルリターンを実施し、回収された試料の地球化学総合解析を、世界に先駆けて実施した。
2. 試料は地球上の汚染を最も受けていない小惑星物質である。小惑星リュウグウの二地点から回収されたこれらの試料に対して、地質学的観点を踏まえた分析をおこなった。
3. 試料は主に含水層状ケイ酸塩鉱物から構成され、空隙率は約50%である。
4. 小惑星リュウグウの化学組成はCIコンドライトと類似している。またリュウグウ最表面からだけでなく、人工クレーター形成に伴って噴出した内部物質を採取出来ていたことが確認された。
5. 採取に用いたタンタル製弾丸による汚染が一部試料において確認されたが、人工クレーターを作成するために用いた銅製衝突体(SCI:搭載型小型衝突装置)に起因する汚染は認められなかった。
6. 水素、炭素および窒素同位体異常を示す星間雲を起源とするミクロンサイズの有機物質が検出された。
7. 生命の起源に結びつくアミノ酸やその他の有機物が検出された。
8. 原始太陽系を構成した星間物質や太陽系前駆物質を含む始原的な特徴が保持されていた。
9. 小惑星リュウグウの前駆天体は、太陽系外縁部において有機物およびケイ酸塩を含む氷に富むダストが集積した氷天体である(氷前駆天体)。
10. 氷前駆天体の大きさは数十キロメートルであり、太陽系形成後約260万年までの期間に水質変質を被った。
11. 氷前駆天体は破砕され、大きさ数キロメートル程度の彗星核が形成された。その後これは地球近傍軌道に移動した。彗星核から氷が昇華し、天体サイズの縮小および固体―ガスジェットに伴う物質の再堆積によって、空隙の多い低密度物質が形成された。
12. 有機物は試料に普遍的に存在し、これらは宇宙線および太陽風の照射による宇宙風化を被り、小惑星表面のアルベド特性を決定している。

生命の「自然発生説」と「パンスペルミア説」

今回の成果は、生命の起源が「自然発生説」か「パンスペルミア説」かという長く続いてきた論争において、「パンスペルミア説」の評価を大幅に高めるに違いない。さらに新たな続報を期待したい!

なお、生命の起源の論争については『20世紀論争史』に解説してあるので、ここに紹介しておこう。

生命の「自然発生説」

助手 生命の「自然発生説」というのは、「神」が生命を創造したのではなくて、「自然」に無機物から有機物の生命が誕生したとみなす説ですね。
教授 それによって、生命に関する議論が、神話から科学の言語で語られるようになった。「自然発生説」の元来の発想は、古代ギリシャ時代のアリストテレスにまで遡ることができるが、二〇世紀にこの主張を明快に掲げたのが、モスクワ大学の生化学者アレクサンドル・オパーリンだ。
 彼は、一九二〇年代に、生命が進化するのと同じように、物質も進化するという「化学進化説」を発表した。この理論は、「コアセルベート説」とも呼ばれている。
 原始地球では、炭素や金属などの無機物が大気中の過熱水蒸気と反応し、炭化水素が大量に生成された。それらがアンモニアと反応してアミノ酸のような低分子有機物が生成され、これらが集まった原始海洋は「有機物スープ」のような状態になったと考えられる。
 この「有機物スープ」の中で、タンパク質をはじめとする高分子有機物が化合され、それらが集まって「高分子集合体(コアセルベート)」が形成されたという。
 一般に、コアセルベートは、互いに結合や分裂を繰り返し、あたかもアメーバのように振る舞うことで知られている。オパーリンによれば、コアセルベートが有機物を取り込んで「化学反応」を生じさせる段階で、原始的な物質代謝と生長を行う最初の生命が誕生した。つまり、「物質」が化学的に進化して「生命」になったわけだ。
助手 そこで「生命」という言葉は、どのように定義されるのでしょうか?
教授 「生命」そのものの定義については、生物学界でも長年の間、いろいろとテクニカルな論争が続いている。
 基本的に、物質を取り込んでエネルギーに変換する「代謝」、自己の複製を残す「自己増殖」、さらに「細胞膜」で覆われているという三点を満たせば「生命」とみなされるが、これにはさまざまな例外があってね。
 たとえば、ウイルスは細胞に寄生し、その細胞の増殖システムを乗っ取って爆発的に「自己増殖」するが、自分自身で「代謝」はできない。
助手 ということは、ウイルスは「生命」ではない?
教授 かといって、ウイルスを「物質」と言い切ってしまうのも難しいところでね。「生命」と「物質」の中間に位置するというのが一番わかりやすい言い方だと思うんだが、そこから逆に、ウイルスこそが「生命の起源」だという学説もあるくらいでね。
 ともかく、生物学の原点には、いろいろな議論があるんだが、さまざまなデータを検証した結果、時期的には、およそ四四億年前に最初の生命が誕生したということで、およその意見が一致している。
 この時点の原始地球の大気は、主として水素とメタンとアンモニア、そこに彗星や小惑星が衝突を繰り返した。水分を含んだ大量の隕石が落下した結果、海が形成されたと考えられている。
 さて、一九五三年、シカゴ大学の化学者スタンリー・ミラーは、水素とメタンとアンモニアを無菌化したガラスチューブ内に入れて水蒸気を循環させ、火花放電を継続して行ったところ、一週間後にガラスチューブ内に数種類のアミノ酸が生成された。
 つまり、原始地球の大気と雷の生じる疑似状態を実験室で再現したところ、無機物から有機物が生じるという画期的な実験結果が得られたわけだ。
助手 ミラーの実験は、高校の生物学で学びましたが、無機物から有機物が生まれたという驚くべき結果には、すごく感動しました!
教授 ところが、それから六〇年以上、原始地球の状態を再現する実験が世界中で実施されてきた結果、たしかにアミノ酸のような低分子有機物はいくらでも生成されたが、それらが重結合したタンパク質は、ただの一度も生成されていないんだ。
助手 アミノ酸は、五〇個以上繫がらないと、タンパク質にはならないはずですね……。
 
生命の「パンスペルミア説」

教授 要するに、アミノ酸とタンパク質の間には、大きな「飛躍」があるわけだ。そのうえ、そもそも原始地球にはオゾン層がなく、紫外線や放射線が降り注いでいたため、アミノ酸が安定して複雑な有機化合物に進化すること自体、不可能だったのではないかという強力な反論もある。
 そこでホイルが登場するんだが、彼は、地球上で生命が自然に誕生した可能性は、「がらくた置き場の上を竜巻が通り過ぎたら、そこにボーイング飛行機が組み立てられているくらいありえない話だ」と述べている。
助手 おもしろい比喩! でも、それではホイルは、どのようにして「生命」が生まれたと主張しているんですか?
教授 地球外からだよ! ホイルは、原始生命は宇宙で誕生し、それが彗星の衝突や隕石で地球に運ばれたと考えた。彼の発想は、ここでも通常とは逆でね。そもそも地球上に生命が自然発生した可能性がない以上、宇宙から飛来したに違いないと考えたわけだ。
助手 なるほど……。
教授 古代ギリシャ語の「パン(すべての)」と「スペルマ(種)」が結合して生じた「パンスペルミア(panspermia)」という言葉がある。紀元前五世紀の哲学者アナクサゴラスが、これを「あまねく存在する生命の種」のような意味で最初に用いた文献が残っている。
助手 「あまねく存在する生命の種」……。
教授 ホイルはSFも書いていてね、彼の『暗黒星雲』という作品では、宇宙を漂う「暗黒星雲」そのものが地球外知的生命体だということになっている。
 実際に、銀河系の星雲の内部には何種類もの有機物が発見されているから、もしかするとそれらの「生命の種」が、彗星によって地球に運ばれたのかもしれない。
助手 つまり、地球上の最初の生命は、宇宙から飛来したわけですか?
教授 その可能性が考えられる。というのは、アミノ酸は原子が立体的に組み合わさった分子で、左型と右型のように鏡像関係にある「鏡像異性体」が存在する。
 もしこれが地球上で自然発生したのであれば、どちらも同量になるはずだ。実際に、ミラーが実験室で自然発生させたアミノ酸は、どれも左型と右型がほぼ同量になっていたし、他の再現実験でも、すべて同じような結果が出ている。
 ところが、地球上の生命を構成するタンパク質は、すべて左型アミノ酸になっている。しかも、これまでに隕石から発見されたアミノ酸も左型ばかりだから、これを「パンスペルミア」の有力な証拠とみなす考え方もある。
助手 それは、本当に不思議ですね!
教授 ホイルは、実際にウイルスやバクテリアが彗星の核の内部に存在し、それが原始地球に降り注いで、地球上で最初の生命になったと考えた。
 この発想をもっと推し進めた「意図的パンスペルミア」という考え方があってね、こちらは地球が誕生する遥か以前に、高度に発達した地球外知的生命体が「意図的」に銀河系に「生命の種」を蒔いたとする考え方だ。
助手 そこまでいくと、完全にSFじゃないですか!
教授 いやいや、この「意図的パンスペルミア」を主張しているのが、DNAの二重らせん構造の発見により、一九六二年にノーベル生理学・医学賞を受賞した分子生物学者のフランシス・クリックだから、驚きなんだよ。
 クリックによれば、地球上の生命の遺伝暗号が共通しているのは、すべての生命がたった一つの「種」から進化したからだ。
 しかも、地球上の生命の化学組成にはモリブデンが含まれているが、この金属は地球には少量しか存在しない。一方、地球に豊富なクロムとニッケルは、生命の化学組成にほとんど含まれていない。このことから、クリックは、地球上に存在する「生命の種」が、モリブデンの豊富な惑星で誕生した名残りだと結論付けている。
助手 もし私たちが、銀河系に蒔かれた「生命の種」から進化したのだとすると、太陽系外の惑星にも、似たような遺伝子構造のETが存在することになりますね。

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