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著者が語る:『反オカルト論』<マーガレット・フォックスの結婚>!

『反オカルト論』は、「非論理・反科学・無責任」な妄信を「欺瞞=オカルト」とみなす一方で、その対極に位置する「論理的・科学的・倫理的」な人類の築き上げてきた成果を「学問=反オカルト」とみなすという「広義」のスタンスに拠っている。

21世紀の現代においてさえ、「オカルト」は生き続けている。社会には「血液型占い」や「六曜」や「十干十二支」のような迷信が溢れ、「占星術」や「祈祷治療」や「霊感商法」のような妄信が跋扈している。さらに、「生まれ変わり」を煽る<医師>、「研究不正」を行う<科学者>、「江戸しぐさ」を広める<教育者>が存在する。その背景には、金儲けや権威主義が絡んでいるケースも多い。

本書では、「騙されない・妄信しない・不正を行わない・自己欺瞞に陥らない・嘘をつかない・因習に拘らない・運に任せない・迷信に縛られない」ために、自分自身の力で考え、状況を客観的に分析し、物事を道徳的に判断する方法を、わかりやすく対話形式で提示したつもりである。

その「第5章:なぜ嘘をつくのか」の「マーガレット・フォックスの結婚」には、次のような議論が登場する(pp. 178-186)。

教授 一八五五年五月、ケインは再び北極を目指して帆船アドヴァンス号で出帆した。ところが北極点を目前にして、船が氷河に閉じ込められて身動きできなくなったため、彼は船を放棄する決断を下し、隊員を連れて極寒の陸路を八十三日間歩き通して、グリーンランド西岸に帰還した。
 撤退という彼の理性的な判断のおかげで犠牲者は一人だけで済み、彼は以前にもまして国民的ヒーローとして迎えられた。ケインが書いた『北極探検記』は、当時のベストセラーになった。
助手 それで、二人は?
教授 一八五六年四月、ケインは突然ニューヨークのフォックス家を訪れ、マーガレットの前で跪いて、「僕だけのマギー、婚約してほしい!」と叫んだ。彼が彼女の指に嵌めたのは、北極探検から持ち帰った原石から作ったリングだった。
助手 ドラマチック!
教授 ケインは、もはや周囲の目を気にしなかった。堂々とマーガレットを伴って、オペラに出掛け、パーティに出席した。
助手 幸福の絶頂ですね。
教授 たしかに絶頂だったが、その二人の幸福は数カ月しか続かなかった。ケインの身体は、二度の極地探検で酷使され、ボロボロになっていたからね。冬は、マーガレットから離れて温暖なキューバのハバナで静養することになった。
 十月にニューヨークを出発する数日前、フォックス家を訪れたケインは、マーガレットの母と妹、メイドと知人を証人として、次のように宣誓した。「マギーは私の妻であり、私は彼女の夫である。永遠に、彼女は私のものであり、私は彼女のものである。このことを理解し、同意してくれるかい、マギー?」マーガレットは「イエス」と答えた。
助手 ステキ……。
教授 ケインは、五月にハバナから戻ったら、結婚を公開すると約束した。ところが、一八五七年二月十六日、彼は脳卒中のため、突然亡くなってしまった。
助手 残酷すぎるわ!
教授 エリシャ・ケインは、三十七歳の誕生日を迎えた二週間後に急逝した。彼を見舞いにハバナに行く準備をしていたマーガレット・フォックスは、その知らせを聞いた瞬間、ショックで倒れ込んだ。その後、彼女は鬱
状態に陥り、一年半近く、ほとんど家から出ることもできなかったという。
助手 もしマーガレットが本当に死後の世界と交信できるんだったら、最愛のケインの霊と、毎日でも話せるでしょうに……
教授 現実世界は、そんなに甘いものではないからね。沈黙を守っていたマーガレットが世間を驚かせたのは、一八五八年八月十六日付『ヘラルド』紙に、彼女がローマカトリック教会の洗礼を受けたという記事が掲載されたときだった。
助手 どういうこと?
教授 ケイン家は、代々カトリック教徒の家系だから、彼は正式に結婚する前、マーガレットにも洗礼を受けてほしいと望んでいた。
 元来ローマカトリック教会は聖書に基づく原理主義的傾向が強く、個々の人間の生死も完全に神の定める運命の支配下にあると考える。したがって、死後の世界と交信するスピリチュアリズムのような発想を邪教的と強く非難する。
助手 厳しいんですね。
教授 アメリカで一九七〇年代まで人工中絶が禁止されていたのは、プロライフ派のカトリック教徒が猛反対してきたからだ。その教会に入信するということは、彼女がスピリチュアリズムと完全に決別したことを意味するわけだよ。
助手 もうケインは存在しないのに……。
教授 亡くなったケインは、一八五五年の北極探検に旅立つ前に遺書を残し、彼の財産はケイン家の家族に遺すが、それとは別に五千ドルをマーガレットに贈与するように指示していた。
助手 五千ドル?
教授 通貨価値を約百倍とすると、現代の五千万円くらいのイメージかな……。
 もし彼と正式に結婚した後だったら、もちろん全財産を妻のマーガレットが相続したはずだがね。
助手 でも、とりあえず五千ドルあれば、彼女も十分暮らしていけるでしょうから、よかったですね。
教授 いやいや、とんでもない。彼の遺産を管理していたのはケインの弟の弁護士トーマス・ケインだから、この遺言の五千ドル贈与の部分は無効だと主張した。さらに彼はマーガレットに対して、兄ケインの書簡すべてを返還するよう求めた。
助手 それはひどいわ!
教授 ケイン家の人間にとって、マーガレットはケインの名声を汚す邪魔な存在だった。彼らは、ケインは彼女を「妹のように可愛がった」にすぎず、彼が彼女の学費を支払ったのも、無教養者を救済する「慈善事業」の一環だと主張した。
助手 でも二人は結婚していたじゃないですか!
教授 そのことを証明する書類はないし、証人も全員がフォックス家の関係者だからね。これでは有効な結婚とは認められないと、彼らは主張した。
助手 いくらなんでも、曲解しすぎでしょう!
教授 政治や法律の世界に有力な親戚の多いケイン家サイドからすれば、相手は「小娘」だからと高をくくっていたんだろうがね。
 この仕打ちに対して、マーガレットは、五千ドルの遺産相続を求める訴訟を起こした。このときからケインの妻として「マーガレット・フォックス・ケイン夫人」と署名し、彼の書簡は、返還するどころか、本にして出版すると返答した。
助手 それは強烈!
教授 結果的に、ケイン家はマーガレットに二千ドルを即座に支払い、残りの三千ドルについては利息分を支払い続ける約束で和解した。この利息が支払われている限り、書簡も出版しないという条件付きだった。
 彼女の窮地を救ったのは、ケインの親友の弁護士だった。彼は二人の関係を知っていたので、さすがに見かねて助けたというところだ。
助手 世の中には、善人もいるんですね……。
教授 マーガレット・フォックスは、エリシャ・ケインの遺産の利息を頼りに母親と暮らしていたが、徐々にアルコールに溺れ始めた。
助手 他の姉妹は、どうなったんですか?
教授 長姉レアは、大事な「金蔓る」の妹二人を簡単に手放そうとはしなかったが、決別した後は自分で交霊会を開いて稼ぐようになり、銀行員と再婚した。妹ケイトは、弁護士と結婚した。
助手 レアって、まるで「お金の亡者」みたいですね。
教授 たしかに、いろいろな文献から浮かび上がるのは、非常にエゴイスティックな人物像だ。長姉レアに利用されたために、フォックス姉妹の人生は甚大な被害を被ったが、その後レアは、二人の妹がどんなに生活に貧窮しても、助けようとはしなかった。
助手 貧窮とは?
教授 ケインの死から五年が過ぎた頃、ケイン家からの利息の支払いが滞るようになった。
 遺産を管理する弟の弁護士トーマス・ケインは、もはや利息を送らなくても、マーガレットに訴訟能力はないと考えたようだ。もし訴訟沙汰になれば、そこで支払いを再開すれば済むわけだからね。
助手 姑息な手……。
教授 この時点でマーガレットは三十歳、当時のアメリカの社会的慣習からすれば、誰かと再婚するのが普通だった。男性の庇護がなければ、女性が生きていくのが困難な時代だからね。マーガレットが「奥の手」にしていたケインの書簡も、自分の再婚の支障になるわけだから、表に出すはずがないと計算したんだろう。
助手 兄は勇敢で正義感が強くて愛情深かったのに、弟は全然違いますね……。
教授 トーマスは、探検家の兄とは違って、有能な法律家だった。まあ、律儀に職務を遂行しただけとも言えるがね。
 ところがマーガレットは、周囲の予想を裏切って、一八六六年、『ケイン博士の愛の人生──エリシャ・ケインとマーガレット・フォックスの書簡・馴れ初めと婚約と秘密結婚の歴史』を出版したわけだ。
助手 つまり、過去のプライバシーを明かして、自分が再婚できなくなっても、ケインとの愛を証明したかったんですね!
教授 そうかもしれないし、国民的ヒーローのラブ・ストーリーだから爆発的に売れると見込んで、印税を狙ったのかもしれない。少なくともケイン家の人々は、そう言って彼女を非難した。
 いずれにしても、ここで最も重要なのは、この本に掲載されたケインの書簡の数々が、フォックス姉妹の「降霊詐欺」の事実を明確に指摘している点だ。
 彼は姉妹に対して、レアから離れて詐欺を止め、教育を受けて正直に生きてほしいと、何度も切実に勧めている。
「絶対にスピリチュアリストに近づくな! 君が暗い部屋に座って、彼らの手を握ると思うだけで吐き気がする。僕が手を握るのも、唇に触れるのも、思いを共有するのも、君だけだ。君に隠し事はしない。君も同じことを僕に誓ってほしい」
助手 フォックス姉妹研究の第一級資料じゃないですか! 日本では、ほとんど知られていないようですが……。

さて、読者がマーガレットの立場だとしたら、あえてエリシャの亡くなった後にローマカトリック教会の洗礼を受けるだろうか? 彼女は、なぜ自分の収入源を断つことになるにもかかわらず、スピリチュアリズムと完全に訣別したのだろうか? 今でもフォックス姉妹を「本物の霊能者」と持ち上げる「スピリチュアリスト」は、なぜ彼女の人生を懸けた「懺悔」を直視しようとしないのだろうか?

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