オカルト化

思考力を鍛える新書【第2回】なぜ日本の教育はオカルト化するのか!

連載第1回で紹介した『反オカルト論』に続けて読んでいただきたいのが、『オカルト化する日本の教育――江戸しぐさと親学にひそむナショナリズム』である。本書をご覧になれば、私が『反オカルト論』で警告した現代人の「オカルト傾向」が、すでに日本の教育現場に深く浸透していることを実感できるだろう。

著者の原田実氏は、1961年生まれ、龍谷大学文学部卒業の歴史研究家。とくに「偽史・偽書の専門家」として知られ、『江戸しぐさの正体』『江戸しぐさの終焉』(星海社新書)では綿密な調査により「江戸しぐさ」の欺瞞を暴いた。

「江戸しぐさ」とは、かつて東京メトロのポスターや公共広告機構のテレビCMで宣伝されたこともある一種のマナーのことである。たとえば「傘かしげ」は、傘をさした人同士がすれ違うとき、お互いに相手と反対側に傘を傾けて、相手を濡らさないようにすること。

文部科学省が小学校高学年用に作成した『私たちの道徳』には、「三百年もの長い間、平和が続いた江戸時代に、江戸しぐさは生まれました。江戸しぐさには、人々がたがいに気持ち良く暮らしていくための知恵がこめられています」として、「傘かしげ」をはじめ、「蟹歩き」(狭い道での横歩き)や「七三の道」(七分は公道とみなす)などの「江戸しぐさ」が紹介された。

ところが、実は「江戸しぐさ」は、現実の江戸時代には存在しない「歴史捏造のオカルト」だったのである!

本書でも詳細に解明されているが、これら何種類もの「江戸しぐさ」を創作したのは、1974年に「江戸の良さを見なおす会」を設立した経営コンサルタントの芝三光氏だった。その跡を継いだ越川禮子氏が2007年に「NPO法人江戸しぐさ」を設立、「江戸しぐさ」関連の著書を20冊以上出版し、政官財界への普及に努めたというわけである。

さて、ここで驚愕すべき事実は、「江戸しぐさ」が「歴史捏造のオカルト」だと判明した後でも、「道徳は、江戸しぐさの真偽を教える時間ではない。礼儀作法を教える時間だ」という論法で、「江戸しぐさ」を導入する教育現場が後を絶たないということなのである!

その背景にあるのが「親学」推進派だというのが、原田氏の分析である。たとえば『私たちの道徳』に「江戸しぐさ」の基本は「お天道様に申し訳ないことはしない」という記述があるが、これは当初の芝氏の創作にはなく、最近になって付け加えられた理念だという。

「親学」は、親が「伝統的価値観に基づいた子育て」を学ばなければならないという明星大学教授の高橋史朗氏の主張である。赤ちゃんは母乳で育て、子守唄を聞かせるべき。子どもをテレビやネットから遠ざけ、家族で演劇などを観るべき。親が伝統的子育てをすれば、発達障害や自閉症は子どもに生じない、などなど。

要するに、「伝統的子育て」を美化する時代錯誤の教育方針であり、現代人が失った戦前の文化を惜しむ懐古主義ともいえる。そこから「伝統的子育てで発達障害は治る」といった非科学的主張が発信されて、批判を浴びた経緯もある。それでも2012年に超党派の国会議員81名により「親学推進議員連盟」(設立時会長・安倍晋三、顧問・鳩山由紀夫)が結成されたことに表れているように、その教育行政への影響力は極めて大きい。

年間数千件の事故が生じる小中高等学校の無謀な「組体操」、10歳の児童が親に感謝を示す「2分の1成人式」、親が子どもに歌ってもらう「親守歌」……。原田氏は「親学」から派生するこれらの教育方針を「グロテスク」で「ノスタルジーの歪んだ発露」と指摘する。

親学こそ現政権の教育行政にもっとも大きな影響を与えているイデオロギーなのである。親学の欺瞞はすでに指摘されているにもかかわらず、教育行政の担当者はそれを意に介する様子もない。それは親学が多くの政治家や教育関係者の支援を集めているからでもある。(p. 8)

現代日本の「教育の錯誤」を理解するために『オカルト化する日本の教育』は必読である!

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