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著者が語る:『反オカルト論』<マーガレット・フォックスの恋>!

『反オカルト論』は、「非論理・反科学・無責任」な妄信を「欺瞞=オカルト」とみなす一方で、その対極に位置する「論理的・科学的・倫理的」な人類の築き上げてきた成果を「学問=反オカルト」とみなすという「広義」のスタンスに拠っている。

21世紀の現代においてさえ、「オカルト」は生き続けている。社会には「血液型占い」や「六曜」や「十干十二支」のような迷信が溢れ、「占星術」や「祈祷治療」や「霊感商法」のような妄信が跋扈している。さらに、「生まれ変わり」を煽る<医師>、「研究不正」を行う<科学者>、「江戸しぐさ」を広める<教育者>が存在する。その背景には、金儲けや権威主義が絡んでいるケースも多い。

本書では、「騙されない・妄信しない・不正を行わない・自己欺瞞に陥らない・嘘をつかない・因習に拘らない・運に任せない・迷信に縛られない」ために、自分自身の力で考え、状況を客観的に分析し、物事を道徳的に判断する方法を、わかりやすく対話形式で提示したつもりである。

その「第5章:なぜ嘘をつくのか」の「マーガレット・フォックスの恋」には、次のような議論が登場する(pp. 170-177)。

助手 先生、ボストンから資料が届いていますよ。
教授 興味深いものばかりだ。これは『ニューヨーク・ワールド』紙一八八八年十月二十一日号のコピーで、ここに「スピリチュアリズムの暴露」という記事がある。副題は「マーガレット・フォックスが欺瞞を告白」!
助手 スピリチュアリズムを創始したフォックス姉妹のお姉さんの方ですね。
教授 改めて原文を見ると、かなり強い口調でスピリチュアリズムを批判していることがわかるよ。
 「私は、今ここに不幸な『スピリチュアリズム』の真実を告白すべきと考えます。すでにスピリチュアリズムは全世界に広がり、真相を明らかにしない限り、その悪の力はもっと強大になるでしょう。スピリチュアリズムを始めたのは私ですから、私には真相を暴露する権利があるはずです」……。
 その次の段落、君が訳して要約してごらん。
助手 授業中に急に指名されたみたい……。
 えーと、「この恐るべき欺瞞が始まったのは、私も妹もとても幼い頃で、私たちは大変なイタズラ好きでした。母が臆病な人だったので、ビックリさせてやろうと、いろいろな方法を相談して考えました」! 二人ともイケナイ娘だわ!
教授 以前にも触れたが、フォックス一家がニューヨーク郊外のハイズビルという村に引っ越してきたのが一八四七年。当時、マーガレットは十四歳、妹のケイトは十一歳だった。三十三歳の長女レアは、すでに結婚してニューヨーク近郊に住んでいた。
助手 「最初のイタズラは、夜ベッドに入ると、リンゴに紐をつけて脇に垂らし、上下に動かすものでした。リンゴは床に当たって奇妙な音を立て、聞き耳を立てている母が怯えました。その後、私たちの家の『闇に響く不気味な音』は有名になり、夜になると村人が家に集まりました。皆がいろいろと調べ始めたので、リンゴのトリックは使えなくなり、ベッドの枠を叩く方法に変え、そのうちに私たちは、足の指の関節を鳴らす特技を身につけました」
教授 トリックの黒幕は、長女のレアだったはずだ。
助手 そのことも告白しています。「ごく初期の段階から、すべてを取り仕切っていたのはレアでした。彼女が見物客を集めて『死者との交霊会』を開きました。暗闇で『霊』が質問にイエスなら一回、ノーなら二回の音で応えましたが、実際には、レアの合図に従って、私たちが足の指の関節を鳴らして音を立てたのです」
 「一晩の交霊会で百五十ドルの『大金』を手にした」とも書いてありますよ。これで味をしめて、後戻りできなくなったんですね……。
教授 周囲の大人は、あどけない少女二人が、まさかトリックを使っているとは思わなかったからね。フォックス姉妹は一躍有名になり、上流社会のパーティにも招かれるようになった。
 一八五二年、十九歳になったマーガレットは、エリシャ・ケインと出会った。ケインは当時三十一歳の医師で、探検家でもあった。フィラデルフィアの名家で判事の息子として生まれ、ペンシルベニア大学医学部卒業後、合衆国海軍に入隊、アフリカ艦隊の船に乗って世界各地を回った。フィリピンのタール火山を調査中には、火口に落ちて死にかけた。その後も何度も死に直面しながら危機を脱出している。一八四六年にメキシコ戦争が始まると海兵隊に入隊、敵の槍で負傷しながら、将軍の息子を救出した。
助手 すごい!
教授 ケインは、まさに国民的ヒーローの有名人だった。一八五〇年、行方不明になった北極探検隊を救出するために遠征航海隊が編成された。ケインは上級医務官として参加し、探検隊の最初のキャンプの痕跡を発見するという手柄を挙げて、極寒の北極諸島から帰国したばかりだった。
助手 カッコいい!
教授 ケインに出会った瞬間、マーガレットは恋に落ちたんだが……。
助手 マーガレット・フォックスの恋は実ったのか、早く教えてください!
教授 一八五二年の晩秋、マーガレットは母親と一緒にフィラデルフィアのウエブ・ユニオン・ホテルに滞在していた。そこに颯爽と現れたのが、北極遠征から戻ったばかりの国民的ヒーロー、エリシャ・ケインだ。
 彼が初対面の母親と会話を交わしていると、フランス語のテキストを読んでいた十九歳のマーガレットが、ふと顔を上げた。その「美しい顔」を見た瞬間、ケインは「将来、自分の妻になる女性だと確信した」ということになっている。
助手 「ということになっている」って?
教授 そのように『ケイン博士の愛の人生』という本に書いてあるということだ。
助手 そんな題名の本があるんですか!
教授 副題は「エリシャ・ケインとマーガレット・フォックスの書簡・馴
初めと婚約と秘密結婚の歴史」……。
助手 二人の間に、何があったのかしら。
教授 結果的に二人が深く愛し合うようになったことは、残された書簡からも明らかだ。しかし、ケインの家族から猛反対されたこともあって、公式の結婚には至らなかったがね。
 ケインは、探検家で医師であると同時に、有能な科学者でもあった。だから、マーガレットと妹のケイトが、交霊会で長姉レアの合図に従って足の指の関節を鳴らしていることを、すぐに見破った。
 正義感の強いケインは、マーガレットを問い詰めたが、彼女は彼を「プリーチャー(説教師)」とからかって、うまくはぐらかしていた。
助手 はぐらかすのは、若い女性の特技ですからね。
教授 ところが、実はマーガレットは、内心でケインに惹かれれば惹かれるほど、自分が少女の頃から続けている「降霊詐欺」を恥じるようになり、深刻に悩み始めていたんだ。
 もし本当に「死者の霊」と交信できたら、これまで彼女がやってきたことは、全面的な虚構ではなくなる。そこで彼女は「真の霊媒師」になろうとして、スピリチュアリズムの本を読み漁り、他の霊媒師の方法も研究し尽くした。
 この頃の行動について、後に彼女は、次のように告白している。「私は、人間として考えられる限り、霊魂を追い求めました。何かのヒントを得るために、死者にも会いに行きました。でも、何も、何も、何も起こりませんでした! 夜中に墓地に行って、たった一人で墓石に座って、その真下にいる死者の霊が私に憑依するのを待ちました。何かの兆候だけでも欲しかったのです。でも、まったく何も起こりませんでした。何も!」
助手 泣けてきますね。
教授 一八五三年二月、ケインは、北極周辺の水路について、ボストンのアメリカ地理学会で講演した。彼はマーガレットに、「講演は大成功だったよ。でも僕は『人間性』のために講演するのであって、『金』のために演じているわけではないからね」と、皮肉を込めた手紙を送っている。
助手 ケインさん、クールだわ……。
教授 それぞれの分野で有名人だった二人は、お互いの時間を工面しては、人目を避けて密会し、郊外にドライブに出掛けた。そして、マーガレットは、ついに過去からの苦悩のすべてをケインに打ち明けた。
助手 愛の力は偉大ですね。
教授 諸悪の根源は、長姉レアにあった。レアは「交霊会」は人助けの善行だと家族を説き伏せ、全員に協力を強いていた。誰も彼女に逆らえなかった。金儲けを優先し、妹たちを学校にさえ満足に通わせなかった。
 ケインは、マーガレットをレアから引き離し、「降霊詐欺」に加担させないように尽力した。向学心旺盛なマーガレットに女学校進学を勧め、その授業料は自分が出すと言った。ケインは、彼女を自分の妻に相応しい女性に育てようとしたんだ。
助手 「あしながおじさん」みたい。そんな男性、私の前にも現れないかなあ……。
教授 エリシャ・ケインがマーガレット・フォックスに送った手紙を読むと、彼がどんなに彼女を愛していたかが、よくわかる。彼が何よりも心配していたのは、彼女が足の指の関節を鳴らす「ラップ」で、再び降霊詐欺を働くことだった。
 「マギー、君のことを昼間ずっと思って、夜も夢に見て、明るい朝日が射してきた今も、考え続けている。愛するマギー、元気を出して、すべてうまくいくはずだから。……僕を助けると思って、二度とラップしないでほしい。二度と!」
 「君の友人は全員、君の呪われたラップ現象にしか興味を持っていない。君は、騙されている人間と話を合わせるだけで、すでに詐欺に加担していることになる。その欺瞞を警告する僕だけが、君の本当の友人だ。君の行動は、子どもだったらイタズラで済まされるが、大人になるとそうはいかないんだよ」

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さて、読者がマーガレットの立場だとしたら「降霊詐欺」を続けるだろうか? あるいは、愛する恋人エリシャの勧めに従って「降霊詐欺」を止めるだろうか? 今でもフォックス姉妹を「本物の霊能者」と持ち上げる「スピリチュアリスト」が、この実話(英語文献から日本語で詳細に解説した文献としては、おそらく本書が最初と思われる)に触れようとしないのは、なぜだろうか?

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