小説家の連載 妊娠中の妻が家出しました 第4話

〈前回のあらすじ:浩介は仕事どころではなく会社に休む連絡を入れる。自分の母にも相談し、警察に行く事をアドバイスされた矢先、華の妹から連絡が入る。〉

 すぐにかけ直すと、時間帯的に昼休みだったのか、すぐに出てくれた。
「あ、雪ちゃん、ごめんね、忙しいのに」
「いえいえ、こちらこそ、姉のせいで申し訳無いです」
 華の3歳下の妹、雪は金融系の会社で働く27歳。小柄で黒髪ロングの姉とは違い、背も高くて、ボーイッシュな短い髪の似合う女性だ。
「姉が家出したって親から聞きまして・・・本当に申し訳無いです」
「いやいや、雪ちゃんが謝る事じゃないから」
「でも、妊婦ですよ?妊娠7か月で家出なんて、一体何考えているんだか」
 電話口の向こうで溜息をついているのが判る。雪は華より年下なのにしっかりしていて、そういう妹を妻も頼りにしていた。二人の姉妹はとても仲が良い。
「あの、それで華の行方について何か知ってるかなと思って。雪ちゃんは華と仲が良いし」
「うーん、実はあたしも何にも知らないんです。お姉ちゃんとはここ数日連絡取っていなかったから・・・ごめんなさい」
「そっか」
 浩介はがっかりした。血を分けた妹ですら行方が判らないなら、もうどこに行ったかわからないじゃないか。
 そこで、あ、と雪が思い出したように言う。
「お姉ちゃんのXのアカウントは知ってますか?」
「華の?一応知ってるけど、見た事は無いけど。何で?」
 ここで雪の声が曇る。
「お姉ちゃん、家族と何かあったら必ずSNS上の人に愚痴るから・・・前の人ともそこで出会ったし。もしかして、手掛かりがあるかも」
 前の人と言うのは、浩介と出会う前に華が付き合っていた元カレの事である。彼とはXを通じて出会ったらしい。
「まぁ、妊婦だからそういうのは無いと思うけど・・・その、浮気とか」
「浮気?まあ、妊婦だしね」
「そうですよね。ごめんなさい、早とちりで。まあ、そういう訳で、アカウントを見てみれば何か手掛かりがあるんじゃないかと。行き先とか、何か書いてるかも」
「ありがとう。後で見てみるよ」
「そうしてください。もう警察には相談したんですか?」
「いや、今行こうと思ってたところ」
「そうですか。父と母も、B市に行って探した方が良いんじゃと話してるところです。浩介さんはお仕事があるだろうから、自分達が代わりに探そうかって」
「いや、それはいいよ。気持ちはすごく有難いけど・・・華は俺の妻だから、俺自身が探さないと」
「そうですよね。両親にもそう伝えておきます」
「うん。それに今日は流石に仕事が身に入らなくて、休んでる」
「そうなんですか?」
 驚く妻の妹。浩介は力なく答えた。
「・・・うん。俺もこんな事は初めてだよ。体調不良以外で仕事を休んだ事無いから。家に一人で居ると、華が居ない寂しさが襲ってくるけど、でも、流石に仕事に行ける状態じゃない。仕事から帰ってきて誰も居ないなんて耐えられない」
 暗い声になってしまう。雪は黙って聞いていたが、浩介がしゃべり終わると、義兄に質問した。
「お姉ちゃんと最近喧嘩でもしたんですか?」
「いや、してない。全く身に覚えがないから、困ってる。華は何でも話してくれる方だから、余計に」
 それを聞いて雪は黙り込んだ後、
「・・・お姉ちゃんは、嘘をつくのが下手って皆知ってるけど、たまにものすごく上手に嘘をつく事があります。その、お姉ちゃんはちょっと、計算高い所があるから」
「あぁ、そうかも」
「笑顔でしゃべってても実は嫌ってたり、言葉にするの難しいけど、ちょっとずる賢いところがある気がする。気を付けて探してください」
「判った。ありがとう」
 電話を切ってから、華が自分に何か隠しているに違いない、と考えた。でもそれが何なのかは判らない。
 適当に昼食を済ませた後、警察署に行って捜索願を出したが、警察官はめんどくさそうだった。
「まあ、離婚届を置いて奥さんが家出っていうのは、よくある事だからねえ。成人の家出だから、意志は固いと思うよ」
 その言葉に、思わず、あんたに何が判る、と怒り出しそうになったが、ぐっとこらえた。
 警察署から帰ると、誰も居ない家がずっと広く感じた。ペットでも飼っておくんだったな、独りぼっちで家に居るのが耐えられない。
 今更だが、妻の私物も全然無かった。多分、ちょっとずつ運び出していたんだな。生まれてくる赤ちゃんを育てるスペースを広げるために断捨離しているのだと思っていたけど、そうじゃなかった。
 華、帰って来てくれ。一体今頃どこに居る?
 そうだ、Xを見てみよう。
 妻のアカウントを見ると、特に目立った投稿は無かった。更新も数日前で途絶えてる・・・と思いきや、あ、これは昨日の投稿だな。
 浩介が帰宅する数時間前の投稿だ。
「誰にも私の気持ちは判らない」
 たった一言、これだけ。
 判らないって何だよ、何に悩んでたんだよ、言ってくれよ。どうして言ってくれなかったんだよ。俺達夫婦だよ。
 気が付けば目からは大粒の涙がこぼれていた。浩介は気が済むまで泣き続けた。
 泣き止んだ後、浩介は改めて妻を探す事を決意した。警察は頼れない。自力で探さなければ。でも、どうやって?
 仕事を何日も休むわけにはいかない。
 そこで、名案が思い付いた。
「・・・そうだ、探偵に頼むのはどうだろう?」
                             次回に続く

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