見出し画像

三島由紀夫の長編小説すべて読んだので感想を書く

2021年の夏の終わりから三島由紀夫にハマりました。
三島由紀夫はおそろしく多作な作家で、小説・戯曲・評論など膨大な量の作品を遺しているのですが、2022年ようやく長編小説だけは読み終えることができました。
ぜんぶで34作品!
熱心な読書家とは言えなかった自分が、これほどたくさんの小説を短期間で夢中になって読んだのは生まれて初めてのことでした。
ので、せっかくだし、感想をまとめて記事にしてみました。
評論でもなんでもなく、感想というにもばらばらとした、感じたことの破片のよせあつめのようなものですが、おなじく三島由紀夫すきだよという方にも、共感できる内容があったら嬉しいですし、三島由紀夫あんまり読んだことがないという方にも、これを見てちょっと気になるかもなと思う作品があったら嬉しいです。

(2024年追記:2022年に書いている途中で力尽きていますが、初々しい感想が自分でもわりと嫌いではない気がしてきたので、せっかくなので公開してみます。体裁とかぐちゃぐちゃなのでちょっと恥ずかしいですが……。時間があったら追記していきたいとおもいます。)


感想コメントたち

盗賊(1947)

恋に傷つき自殺を決意した男女が出会う
おすすめ度:★★★
個人的にすき度:★★★
三島の処女長編作。
ラディゲの影響を受けているとは聞いていたが想像以上にラディゲだった。堀口大學訳で特徴的な「〜のだった」の多用がすんごいのだった。
秘密主義かつ感情の辻褄合わせを行う主人公・明秀のややこしい内面を緻密に描き切る手腕がすごい。お医者さんの解剖記録みたいな文章だと思った。
三島の硬質な文体と華族社会の描写は相性が良くて好き!
結末のタイトル回収が素敵!

 ──あまりに待ちわびたものだったので、夜のあとにそれが来るという法則され殆ど信じられなかった朝を、明秀は迎えた。朝の最初の光を見るや、明秀を又してもあの病的な快活さがそそのかしはじめた。

仮面の告白(1949)

セクシュアリティの悩みに切り込む自伝的な代表作
おすすめ度:★★★★★
個人的にすき度:★★★★★
小説である以上すべてが真実ではないだろうが、基本的に三島本人の生い立ちをなぞっているので、三島がどんな幼少期〜少年期を送ったか?どんな初恋を経験したのか?を知ることが出来る。三島由紀夫ってどんな人なのかしらんという方にまずおすすめしたい作品。
同性愛という題材が取り沙汰されるが、個人的には同性愛というか、異性に惹かれること・同性に惹かれること、ひとりの人間がどちらの側面も持ちうることと、その葛藤を描いていることに意味があるのではないかと思う。

純白の夜(1950)

既婚者同士の恋愛を優雅で悲劇的に描く
おすすめ度:★★★
個人的にすき度:★★★★
これもだいぶラディゲ。この時点ですでに「盗賊」より遥かに文章が洗練され、三島自身の文体として身につけており非常に読みやすい。エンタメ寄りながらも三島の哲学が随所に表出している。
「もっと激しい快楽と、もっと激しい快楽にも負けない心」という矛盾した二つを求めるヒロインの感情描写がお見事!
ぜひ最後まで読んで、沢田の食えない男っぷりを見てほしい。

愛の渇き(1950)

「幸福」を追い求める嫉妬深い未亡人の行き着く先
おすすめ度:★★★
個人的にすき度:★★★★
浮気者だった夫を亡くし、大阪にある義実家の農園に身を寄せることになった主人公・悦子は、舅と関係を持ちながらも若く純粋な園丁・三郎に惹かれるが、園丁の恋人への嫉妬に苦しむ……という、あらすじだけ聞くとちょっと日活ロマンポルノ感があるかもしれないが、主軸は悦子の心理的葛藤。
「精神の肉塊」と形容される悦子と、誰かを愛する/愛さないの論理を持たない純朴な三郎の対比が非常に面白い。
中盤の靴下事件から一気に三島らしいカタルシスへと物語が転がり出す!

青の時代(1950)

光クラブ事件を題材とした秀才青年の破滅の物語
おすすめ度:★★★
個人的にすき度:★★★★
主人公・誠は鬱屈していて愛されやすい性質ではないが、冷徹な微笑が美しくかえって無邪気に見えてそれが数少ない女への魅力になっている…というのが良い。あと誠と友人・愛宕(おたぎ)の関係が良い。こういう観念論争を交わせる友人がいるのは羨ましいよ、誠……。
幼少期から丁寧に話が始まったのにその後いきなり時がすっ飛ぶので「なんか急に飛んだな…」と思いつつ読んでたら、解説でちゃんと指摘されてたし、なんなら三島本人も「構成が乱雑だった……」と反省していたらしいことを知り、ちょっと和んだ。(こういう素直でかわいらしいところも三島の魅力)

こうした時の微笑の美しさは、それがいかにも無邪気に見えるので、成長してから女たちに与える彼の数少ない魅力の一つになった。

禁色(1951)

美しき行動者と敗北する認識者
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★★★
豊饒の海との共通点を随所に感じて面白かった。
「禁色」という題名で同性愛を扱う作品なので、禁じられているのは同性愛かと思いがちだが、きっと三島作品において禁じられているのは同性愛ではなく、恋そのものなのではないだろうか。
ギリシャ彫刻のような美少年・悠一へ惜しみなく与えられる賛辞の文章が美しい。
細かすぎて伝わらないとても好きな箇所:悠一が14章と19章で鏑木夫人と康子からそれぞれ上機嫌の理由を尋ねられた際の返答が対照的なところ

歩き出すと微風が感じられ、恭子は軽い熱っぽさを頬に感じた。一瞬病気ではないかと心配したが、実はこれが春なのであった。

夏子の冒険(1951)

お転婆なお嬢様、熊狩りに行く!
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★
三島作品では珍しく北海道が舞台となっている。北海道で熊狩りする話なので要素的にはゴールデンカムイかもしれない。楽しいラブコメがお好きな方におすすめ! カラッとしていて、明るくて、ほがらかな気持ちになる。すぐ読めちゃうと思う。映像化したら大衆ウケしそうだなと思う。

にっぽん製(1952)

にっぽん製の恋
おすすめ度:★★★
個人的にすき度:★★★
フランス帰りの飛行機で出会ったファッションデザイナー・美子と柔道青年・正の恋。かなりコミカルで読みやすい。
"美"子と"正"の組み合わせもそうだが、美子のパトロン・"金"杉、コソ泥の"根住(ねずみ)"など、ネーミングからいちいち露骨で面白い。

恋の都(1953)

白檀の扇
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★★
エンタメ小説だけど右翼少年が出てきたり三島の思想強い部分があらわれている。泣けちゃうよ。
ヒロインの名前は「まゆみ」なんだが、三島作品では〇〇子という名前が多い中、ひらがなの名前は珍しいな?と思っていたら、ちゃんと仕掛けがあって……。わたし、まゆみのこと好きだ。

潮騒(1954)

三島版ダフニスとクロエ
おすすめ度:★★★★★
個人的にすき度:★★★
みんな大好き潮騒。短いしサクッと読めて気持ちが良い。間違いない。
最後の一文が、ああ三島由紀夫だなあと思う。
でも個人的にはもっと胸に突き刺さる痛みのある作品が好きかも。

女神(1954)

とんでもないお騒がせ男の恋の顛末
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★★
理想の永遠の女性を求める男と女神に変質する女。舞踏会や乗馬など三島らしい貴族趣味が世界観を美しく彩る。
とにかく三島は男女の心理の食い違いを書くのがなんと巧みなことか!!と改めて感じた。初キスの描写が良い。
そしてなにより斑鳩一とかいう超面白い男……。これほぼ太宰治です。

「何故って、醜い女なら欲望なしに見ることができますからね」

沈める滝(1955)

ダム、冬ごもり、硬質な設定と対照的に柔らかな描写が際立つ
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★★★
人工的な愛の構築という主題も面白いが、雪深い閉塞的な環境の中で主人公や周囲の人々の心情が移り変わる様子が非常に面白い。
瀬山や田代等が生き生きしており良い脇役が多い。主人公の昇も好き。

わたし自身、雪国育ちなので、雪景色も雪解けの描写もどれも鮮明に目に浮かんできた。
なかでも、春が近づくにつれて変化する雪景色が「まるで奇蹟」と表現されているのが、わたしが今まで感じていたことと一致していてとても嬉しかった。三島の感性をもってして、雪に埋もれてたわんでいた木の枝が雪を蹴散らして持ち上がるような瞬間を「奇蹟の現場」と呼んでくれる事実が嬉しかった。
個人的にはそんな情景描写に着目して読んでみてほしい作品。

雪に包まれた山々は気高かった。日のあたったところからは水蒸気がほのかに立ち、山襞の影は青みがかって、あの紅葉の山よりもずっと原初の姿、今生れたばかりのような姿で、山がそこに在るのが感じられた。

幸福号出帆(1955)

遠くから軽快な歌声が聞こえてくるような、ポジティブ群像劇

おすすめ度:★★★★★
個人的にすき度:★★★★★
オペラのカルメンをモチーフとした実験的なエンタメ小説。
胸キュン兄妹愛だし、ギャグが面白いし、間違いなく楽しめると作品だと思う!(注:これはわたしが兄妹愛の物語がすきすぎるので過大評価してしまっている可能性はあります)
臨場感のある軽快な物語で、個性豊かなキャラの動く映像がありありと目に浮かぶ。なんだか手塚治虫作画で読みたくなった。基本的に三島の純文学作品では避けられている擬音語・擬態語をあえて多用した軽薄な文体にクスッとする。
でもちゃんと三島らしさは残っていて、時折でてくる意味ありげな文章にチクッと胸を刺されるのだ。

「青春をすぎてしまうと、青春って絵に見えてくるのね。もし又、その中へ飛び込もうとすれば、カンヴァスにおでこをぶつけるだけだわ」

金閣寺(1956)

「金閣を焼かなければならぬ。」不朽の名作
おすすめ度:★★★★★
個人的にすき度:★★★★★
代表作。
とにもかくにも日本語の美しさが群を抜いている。これがわたしが使っているのと同じ日本語の文章なの!?!?!?
たとえば以下のような文章がある。

その美はつねにどこかしらで鳴り響いていた。耳鳴りの固疾を持った人のように、いたるところで私は金閣の美が鳴りひびくのを聴き、それに馴れた。音にたとえるなら、この建築は五世紀にわたって鳴りつづけて来た小さな金鈴、あるいは小さな琴のようなものであったろう。

はじめてこの箇所を読んだとき、美を音に喩える表現に衝撃を受けたのを今でも鮮明に思い出す。 だって、音の美しさをなにかに喩えるのが普通なのに、美そのものを音に喩えるって!! そんなのアリ!?!?と読み返すたびに興奮する文のひとつ。
美麗な文体以外にも、主人公・溝口、辛辣な友人・柏木、心優しい友人・鶴川。彼らの人間模様も面白い。ジュブナイル小説かもしれない。
名作すぎて感想を書くのが憚られるが、間違いなく心に残る作品。

しかしこのシャツは何と白く光っていることだろう、皺が寄っているままに。……もしかすると私も?

永すぎた春(1956)

色々あったけど、幸せな恋
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★★★
婚約期間中の男女に訪れる様々な恋の危機を描く青春小説。
相手を愛おしく思った途端に面倒になったり、自分を良く見せたかったり、恋とエゴイズムの関係を洒脱に表現している。
登場人物が皆どこか愛らしい。郁雄と百子の許嫁同士もかわいいんだが、百子の兄・東一郎がかなり良いキャラだった。ぜひみんなも読んで東一郎〜!!となってほしい。東一郎すきだ。
他の三島作品でいうなら潮騒に似てるけど、個人的には潮騒よりも永すぎた春がより好み! 読後はちょうど永い春を終えたように爽快なきもち! なんの憂いもなくおすすめできる一作。

美徳のよろめき(1957)

よろめいたのは夫人か、美徳そのものか?
おすすめ度:★★★
個人的にすき度:★★★

いきなり慎みのない話題からはじめることはどうかと思われるが、倉越夫人はまだ二十八歳でありながら、まことに官能の天賦にめぐまれていた。

上記の書き出しが有名な作品。
ヒロインがあまりに妊娠中絶を繰り返すので、途中から倫理観どうなってるんだより身体がどうなってるんだと心配になった。でもこんなとんでもない背徳の物語を優雅に仕上げてしまう三島の筆力。
恋人と過ごしている最中に様々な小事件が起こることについて、「思い出を富ますために、どんなにいつも、偶然がいたずらをしてくれるか計り知れない。」という文章は、なんだか不思議な共感を覚えてとても好きだった。
他にも月経を「真紅の喪」と表現したり、「精神を凌駕することのできるのは習慣という怪物だけ」とか「一回きりというのは、人間の唯一の特権」とか、女性(および人間)に対する鋭い洞察力が光る文章がたくさんあって、読んでいて微妙な恐ろしさを覚えた。

鏡子の家(1957)

どの登場人物も、三島由紀夫のフラグメントなのかもしれない
おすすめ度:★★★
個人的にすき度:★★★★★
鏡子の家をハブとし、ストイシズムと孤独を抱え、互いに助け合わないことを信条とする4人の青年たちの物語。まさに千々に砕けた鏡の破片のように三島の思想が作品全体に散らばっている!
発表当時この作品があまり評価されなかった理由も、それで三島が傷ついた理由も分かる気がする。あまりに三島の性質が溢れているので……。
三島のことを好きな人ほど、この作品の空虚さに苦しさを覚えるのではないかなと思う。わたしは三島が好きなので、読み終えて何とも言い難い気持ちになった。
自然描写は100点!!!

夏のうちにすべてが終らなければならない。血と太陽のかがやきと腐敗と蠅の唸りとは、死のまわりの一連の装飾音符をなしている。それは夏のまひるのしんとした大道の上に、花束のように投げ捨てられた屍体のまわりに漂う音楽で、秋になったら、誰もそんな音楽に耳を傾けようとはしないだろう。

宴のあと(1960)

料亭の女主人、かづ(50代)。彼女の情念と意地!
おすすめ度:★★★
個人的にすき度:★★★
プライバシー裁判で有名な作品。
都知事候補の夫を支える妻・かづの恋愛と政治的葛藤。
「活力の孤独」を持ち、理想家の夫よりも政治的なかづという人物の造形が上手い。「政治と情事とは瓜二つだった」という言葉が印象的。奈良のお水取りの場面の描写の素晴らしさと、今回もまた題名の良さが沁みる。
主人公のかづが料亭の女将なので、お料理や和服の着こなしが逐一丁寧に記述されている。「青磁の地に細流れを白、蛇籠を銀、姫子松を緑のぼかしで染めた一越の着物」等々……。名詞の知識量に舌を巻く。
あと料亭の庭の描写も良かった。三島作品でよく出てくる庭は、やはりキーアイテムな気がする。

お嬢さん(1960)

三島ってどうしてこうも女性心理を上手に掴んでしまえるの?
おすすめ度:★★★
個人的にすき度:★★★
シンプルなタイトルだが、読み終わると、ああたしかにお嬢さんという朗らかでチャーミングな言葉がピッタリねと思える、そんなお話。
「一太郎は、人のいい、指でつついてブルブルふるえるお豆腐のような微笑をうかべた。」「二人はまるでフルーツ・ジェリイの中のくっついた果物の二片みたいに、寒天に閉じ込められて、皿の上でわなないているかのようだった。」というプルプル系の比喩が出てきて、どっちも愉快で好き。

獣の戯れ(1961)

美しく寂しい自然の中で罪と共に生きる人間の姿
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★★★
潮騒のような島を舞台とした夫婦と青年の三角関係の物語だが、単なる姦通小説ではない!! 主人公たち三人の死が明確に示されるところから物語が開幕するという推理小説っぽい構成がとても面白い!
「獣の戯れ」という題名で読む前に想像していた内容と全然違った。もっとずっと寂しくて、静かで、破滅的だった。夏と海への偏愛がよい。
「天人五衰」のような虚無感と、「潮騒」のような美しい自然描写を同時に感じたい方におすすめしたい。

「あんたと一緒にいる限り、俺は自分のこわれた人生とずっと仲好く暮せるような気がしたんだ」

美しい星(1962)

三島作品異色のSF×ドストエフスキー風の物語
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★★
人類救済派の宇宙人家族と人類滅亡派の宇宙人が論戦を繰り広げる……と言うと突飛に聞こえるかもしれないが、SF的手段を用いて政治や文明に疑問を投げかける。平和とは? 人間とは? 「美しい星」とは?
4人家族でそれぞれ出身惑星が異なり、そこに確執が生まれるのも面白い設定!
最後の論戦は期待通り手に汗握る面白さで、カラマーゾフの大審問官よろしく、悲劇以外にも論争が物語のカタルシスとなりうると証明していた。
特に人間の5つの美点がとても心に残った。
「彼らは嘘をつきっぱなしについた」ことを人間の芸術と呼ぶ三島が好きだ! あと人間は平和の存在様態でなく平和の本質に不満なのでは?と宇宙人が語る部分が超〜〜面白かった!
「彼らがしきりに願っている平和は、新鮮な瞬間的な平和か、金属のように不朽の恒久平和のいずれかで、中間的なだらだらした平和は、みんな贋物くさい匂いがする」などの部分は、読んでいてハッと目が覚めた。

愛の疾走(1962)

エンタメ版「禁色」と言えるかも
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★★
漁師の青年とカメラ工場で働く女性、二人に恋させ小説を書く男という構図がメタで面白い! 他人に恋愛させるという点で「禁色」と重なる部分があるように思えるが、これはばっちりエンタメ小説で、楽しくサラッと読めちゃう。全体を通して、三島の遊び心や実験欲が見え隠れしていた気がする。
八重垣姫の挿話が素敵だった!

鳥のように氷上を辷る快感は、決してスケート靴のおかげではなく、自分たちの幸福な心のおかげのような気がした。

肉体の学校(1963)

自立した大人の女と、なんだかほうっておけない男。うわてなのはどちら?
おすすめ度:★★★
個人的にすき度:★★★
主人公・妙子が、年下の意地悪な美青年に惚れた弱味で何度も傷つけられるので、そんな相手やめとこうよ!?!と言いたくなったけど、やっぱり妙子が彼女の強さや魅力を損なわず、晴れやかな結末を迎えるので良かった。
最後まで読んではじめて分かるタイトルが良い。どの作品でもそうだけど、三島のタイトルセンスが好き。

このままにしておけばいいことがわかっているのに、どちらもちょっと壊しにかかる。全部は壊したくなくても、一部分は壊したい。そうしなければこの不可解な自由に、窒息してしまいそうな気がするのである。

午後の曳航(1963)

一体なにが人を英雄たらしめるのか?
おすすめ度:★★★★★
個人的にすき度:★★★★
未亡人と船員の恋、そして息子による父殺しの物語。残虐で、自らを天才と信じる少年たちは天人五衰の透の原型のように見えた。
はじめて読んだ三島作品なので、個人的に思い入れがある。学校の授業で取り扱って、真面目な学生じゃなかったけどこれは面白いぞ!!とちゃんと読んでレポートも褒めてもらった記憶がある。良い出会いだった。
象徴的で美しい題名が好きだ。
「ライチ☆光クラブ」好きな人は同じ匂いを感じとるかも。

絹と明察(1964)

日本の「絹」と西洋の「明察」の対比
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★★
1954年に起こった近江錦糸労働争議を題材とした物語。
引用した文が本当にたまらなくカッコいい。↓
こんなにカッコいい文が出てくる一方で、「自分が気に入っている可愛い女の子の手紙を盗み読みしてあまりの可愛さにむしゃむしゃ食べちゃう(本当に物理的に食べるんよ)寮母のおばさん」という愉快な人物も登場する。
ほかにも岡野というハイデッカーとヘルダーリンに傾倒している男性が主要人物として出てくるので、そのあたり詳しい人はより面白く読めるかも。

夜も昼も、内も外も、牢内も広野も、陸も海も、すべてそういう風だとすれば、世界はまだ生乾きなのであった。いたるところで、凭りかかろうとする上着の背には、べったりと悲惨のペンキがつく。それならまだ、思っていたほど、世界は竣工していないのではないか?

音楽(1964)

精神科医が冷感症の美女の深層心理を探る
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★★★
エンタメ寄りの作品で、文章の絢爛豪華さは控えめだけど、精神科医の語り手による心理分析を通して、この引用にある不幸が不幸を嗅ぎ分けるとか、神聖さと猥雑さが実は似ているとか、性の世界に万人向けの幸福は無いとか、いろいろな考えが語られる。
そのどれも興味深くてなるほどなあ!と唸りながら読んだ大好きな作品。
ちなみに新潮文庫の解説は澁澤龍彦。最高だ!

海風と、幸福な人たちの笑いさざめく声と、ふくらむ波のみどりとの中で、ただ一つたしかなことは、不幸が不幸を見分け、欠如が欠如を嗅ぎ分けるということである。いや、いつもそのようにして、人間同士は出会うのだ。

春の雪〈豊饒の海・第一巻〉(1965)

至高の禁を犯す、優雅さの化身
おすすめ度:★★★★★
個人的にすき度:★★★★
清顕きみってやつは!(笑)→清顕なにやってるんだ!!??→清顕……(涙)という具合に、主人公の清顕が感情のままに動いていくのにあわせて、読者である自分の感情も揺り動かされる。
読書メーターで感想の投稿件数を見る限り「春の雪」を読んで「奔馬」にも進む人は全体の1/3程度のようだ。でも「奔馬」を読んだ人は「暁の寺」「天人五衰」まで読んでいる人がほとんどのようだ。
まずは「春の雪」を読んで、これで終わるもヨシ、奔馬へ進むもヨシ。
奔馬に進んだ人はぜひ完走してズタボロに傷ついてほしい。

複雑な彼(1966)

彼の背中に隠された魅力と秘密
おすすめ度:★★★
個人的にすき度:★★★
世界を飛び回るステュワード・譲二と、実業家令嬢・冴子の恋物語。
東京、ロンドン、リオ、サンフランシスコなど、登場する色々な土地を一緒に旅するみたいな感覚がして楽しい。
譲二がなんとも良い男に描かれていて、たしかにこんな人がいたら好きになっちゃうかもなあと感じる。飛行機内での逢引きなどドキドキする場面も。
そして譲二からは三島理想の男性像の片鱗が見える。海風のように自由で逞しく、そして最後は「冒険と戦いの日々」へ戻ってゆく男。この物語がいつか「午後の曳航」の展開に繋がっていくように思った。
譲二のモデルとなったのは安部譲二氏。芸名の「譲二」はこの作品が由来だそう!

「僕が僕だから好きになったって言ってもらえないかな。僕は少なくとも、君が君だから好きになったんだ」

三島由紀夫レター教室(1966)

手紙から覗き見る男女5人のどたばた劇
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★
文章ではなく、すべて登場人物たちがやり取りする手紙という形式で構成されたエンタメ性の高い作品。三島のユーモアがいっぱい楽しめる。
最後は「三島由紀夫から読者への手紙」というスタイルが良い。
これが好きな方はエッセイ「不道徳教育講座」も好きになるかも!

世の中を知る、ということは、他人は決して他人に深い関心を持ちえない、もし持ち得るとすれば自分の利害にからんだ時だけだ、というニガいニガい哲学を、腹の底からよく知ることです。

夜会服(1966)

「夜会服」がもたらす嫁姑バトル
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★★
まずブルジョワな社交界を「夜会服の世界」と呼ぶセンスが美しい!
初期の「盗賊」で目指したロマネスクな心理小説を、後年の三島が上手く仕上げてくれた感がある。
俊男と絢子のいちゃいちゃ場面がにやけるほど可愛い。
乗馬の場面が多々登場するのだが、乗馬を題材とした短編「白鳥」がすきなので、これもまた非常に爽やかで良かった。

「あなたは女がたった一人でコーヒーを呑む時の味を知っていて?」

奔馬〈豊饒の海・第二巻〉(1967)

「純粋」な精神につかまれた右翼少年のジュブナイル小説
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★★★(本当に大好き星100個)

いわゆる三島の政治的思想が色濃く反映されていると言われる一作。
作中作で「神風連史話」というのが挟まる。これが長い。長くてびっくりするかもだけど、大丈夫! これを乗り越えれば絶対たのしい! あとこの作中作を読んだことがきっと活きてくる!!

好きな場面が無限にあるんだけど、槙子との別れの場面の描写が美しい。
帯越しに抱きしめたから物理的には疎遠なのに「裸かよりももっと裸かな或るもの」と感じたのも、キスを「甘い流通」と呼ぶのも、「唇の接点で世界が慄えていた」のも、なにもかもがすきだった。

また、後半に出てくる裁判の場面も印象的。これは美しいというか、アツイ。登場人物たちの心の駆け引きに、これどうなっちゃうんだ勲は大丈夫だろうか(精神的に)とハラハラ息を呑んで見守っているところに、勲の堂々たる長台詞があり、終盤になっても展開から目を離せない。

好きすぎて選べなかったので二箇所引用しちゃおう。

そのときから酔いがはじまった。酔いは或る一点から、突然、奔馬のように軛を切った。

このタイトル回収がアツい!シリーズ。↑

「僕は幻のために生き、幻をめがけて行動し、幻によって罰せられたわけですね。……どうか幻でないものがほしいと思います」

勲のセリフ、胸が苦しくなるほど切ないよ……。

「奔馬」きになるけど長いから読めるか分からないという方、もしくは「奔馬」が好きだったので他のものも読んでみたいという方には、同じエッセンスが詰まった短編「剣」をおすすめしたい。この短編にグッときた方はきっと「奔馬」も楽しめるはず。

命売ります(1968)

死のうと思うと、なかなか死ねない。
やがて死にたくなくなったとき、その人の本質が見えてくる。

おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★
プレイボーイに連載されていたらしい、羽仁男(はにお)というちょっと変わった名前の男が主人公のお話。
三島作品は魅力的な男には惜しみなく美形だとか美しいという形容詞を使ってくれるのだが、羽仁男はモテるのに美形描写が殆どなかったのでこの人なんでモテてるの!?と思った。
これが三島作品なのか!と驚く人も多そうなライトタッチで読みやすい。

暁の寺〈豊饒の海・第三巻〉(1968)

老い、恋、観念の世界。
おすすめ度:★★★
個人的にすき度:★★★★
仏教思想や哲学的な話が多く、一番読むのに苦労した。ちょっとおすすめ度が低いのはそのため。
四部作のなかでは失速しているように感じられるが、この作品が本多の人生を辿るものでもあるとすれば、人生のなかで退屈で思考に沈んでいる時期だってあるはず。そう思うとこの巻の重たさにも納得がいくようなきがする。

天人五衰〈豊饒の海・第四巻〉(1970)

残されたのは、静かな庭。
おすすめ度:★★★★
個人的にすき度:★★★★★
それまでの巻と比べて、なんとこの巻の世界は静かで色褪せていることか。豊饒というタイトルを冠しながら描かれる徹底した虚無感。
うまく感想にまとめることができないほどに、この作品に打ちのめされてしまって、この気持ちをどうすればいいかわからず、twitterのアカウントを作ったものだった。
叶うなら記憶を消してもう一度よみなおしたい。

そしてわたしは透のことも好き。善良でもなんでもない、「透」という綺麗な名前が皮肉に思えるような性格なのだが、彼の辿った数奇な運命を一度知ってしまうとずっと忘れられない、独特な少年だった。

僕は死んでいたらよかったと思うことがときどきある。死の向う側からなら、この企図は完全に果たされる筈だから。僕は真の正当な遠近法を獲得する筈だから。……生きながらこれをやるのは、難中の難事だ。とりわけ君が十八歳だったら!

それじゃ、おすすめは?

代表作が読みたい

「金閣寺」「仮面の告白」
間違いないです。

美文に浸りたい

「金閣寺」「春の雪」「鏡子の家」「禁色」
メロメロになります。

読みやすいやつを読みたい

「潮騒」「永すぎた春」「夏子の冒険」「命売ります」
長さも内容も読みやすいです。

ダークな気分になりたい

「獣の戯れ」「愛の渇き」「午後の曳航」
いちおしです。

良い感じの兄妹が出てくるやつを読みたい

「音楽」「幸福号出帆」「美しい星」「永すぎた春」
これはわたしが兄妹モノ愛好家なのでまだ見ぬ同士のために書きました。

長くても大変でもいいので心がぐちゃぐちゃになりたい

「豊饒の海」
最後まで読んで、一緒にぐちゃぐちゃになってほしいです。

簡単にまとめると、三島由紀夫作品の主な文庫本は、いわゆる純文学系は新潮社さん、エンタメ・大衆小説系は角川文庫さん&ちくま文庫さんから出ているようにおもいます。

おわり

主観ばりばり、フィーリングばかりの文章でしたが、読んでくださってありがとうございました。
今度は三島由紀夫の短編ぜんぶ読むもしくは戯曲ぜんぶ読むしたいです。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?