マワタの夢(2)
マワタは一年前に亡くなったこの家の猫です。十五歳でした。マワタはほとんど白猫でした。鼻先と、右前足と、右側のお尻らへんにある黒っぽい小さなぶちを除いては。その小さなぶちも、晩年は周りの白い毛に溶けていくかのように、すっかり色が薄くなっていました。
家族は皆マワタのことが大好きだったし、マワタもまた、家族のことが大好きでした。とりわけ彼女のことが好きだったようです。
彼女がリビングのソファやダイニングチェアに腰かけると、必ずと言って良いほどマワタは彼女の膝に飛び乗り、お尻を撫でて欲しいとせがむのでした。もちろん彼女はそれを拒むはずもありません。マワタの細くてふんわりとした毛並みの感触を掌でめいっぱいに感じながら、至福の時を噛み締めました。
マワタは時々、彼女の夢の中に現れました。もちろん、彼女の潜在意識の中にマワタが存在し続けているためだと思えますが、彼女は絶対にそれだけではない、と確信しています。例えば名前を呼べばすぐに駆け寄ってくれたあの頃のように、彼女の寂しさに呼応してマワタは現れるようでした。
それは、マワタの意志で。マワタが彼女を慰めるべく。
マワタを失った哀しみは計り知れませんが、それでも家族の誰もが新しく猫を迎えたり、他の動物を飼ってみよう、などとは一切口にしないのでした。マワタは皆にとって唯一無二の家族であったし、その他の小さき生き物達がその代替になってはならないのでした。
彼女はこんがりと焼けたパンにかじり付き、マワタがまた夢の中に現れる瞬間に思いを馳せながら、そっと目を閉じるのでした。
その日は土曜日で、大学の授業はありませんでしたが、夕方からはアルバイトの予定が入っていました。自宅の最寄駅にほど近い大型書店に勤めています。
彼女は読書することにこの上ない喜びを感じていましたので、書店での勤務はうってつけでした。また、読書することだけでなく本そのものの存在も愛しているのです。
ページをめくる際の指先の感触、その瞬間放たれる紙とインクの匂い。美しい装丁。ハードカバー、ソフトカバー、文庫本、ムック本に雑誌。なめらかに仕上げられた天地と小口のありさま。(もちろん、あえてなめらかにされていないそれも愛していました。紙の集合体が織りなす凹凸を眺めるのも彼女は大好きです)
そして何よりも彼女は絵本が好きでした。絵本が好きな一番の理由としてはその絵本ごとの内容、個性に合わせて判型を変えているところです。