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満ち足りるということ

寝坊したっ!
その瞬間、頭が真っ白になった。

スヌーズにしておいたはずなのに、あまりの眠さに自分で止めてしまったのか?
そう、最近ずっとベッドに入る時間が24時を過ぎている。
さすがに睡眠負債が膨らんでいる。
とうとうやってしまった、どうしよう!

……

……?

んっ?まてまて…
ちょっと 待って えっと、焦るな自分!

少しだけ頭に冷静な部分を作って、その中で時計の針をアナログにぐるっと回してみた。
あぁ…かろうじて仕事に遅刻するような時間ではない。
今すぐ急いで身支度すれば、十分間に合う。
いつも出勤時間には余裕を持っている。その分を計算に入れれば全く問題はない。

私は20分で顔を洗い、髪を整え、歯磨き、簡単なメーク、着替えをして家を出た。

ホッ

一瞬焦ったけれど、冷静に対処すれば辻褄は合わせられる。何事もなかったように、いつも速足のスクランブル交差点、緩い坂道を登りコンビニの角を曲がる。最寄りの駅に着くころには少し息が上がっている。小走りに改札を抜け、乗り換えの人々が入り乱れる構内に突入していく。

ホームに降りる途中で、ふと気がついた。
いつもの慌しい光景、その中に溶け込んでいる自分、でも昨日とは少しだけ違う感覚があった。

なんだか、身体も気持ちもすっきりしている。

なんでだ?

そうか、寝坊した分の睡眠時間がよかったのかも知れない。身体と頭に充実感がある。なんていうか、不足がないというか。よく眠れた感がある。

なのに同じ時間に通勤できている。いつもの車両のいつものドアで、毎日会う知らない人に今日も会えている。それがなんだか得した気分で、さらに足元を軽くさせた。

自宅を出て50分、電車を1回乗り換えて仕事場の最寄り駅に着いた。改札を出て階段を降り始めると、またいつもと違う感覚に襲われた。

なんだかお臍の下あたりに穴が開いているような気がする…
そこらへんが…ちょっと寒い。触ってみるとさすがに穴はなかったが、確かに窪んでいる。
あー それは、お腹が空いているってことだっ。

そうだった!寝坊した分、朝ごはんを端折っていたことを忘れていた。
朝ごはんと言っても、そんなにたいそうなものではない。だいたい毎日、バナナ1本とゆで卵1個とヨーグルトとカフェ・オ・レ。頭痛や肩こりがひどい時には、なぜかカフェ・オ・レにお砂糖を入れて甘くする。

得した気分から一転、
やっぱり辻褄合わせをしたんだから、当然ごまかしている部分があるということだ。そんなに都合よくいくわけがなかったのだ。

どうしよう?
今の時間にこんなにお腹が空いているということは、多分14時くらいになるであろう昼食までもつわけがない。ぐるっと回って、空腹を感じなくなる可能性もあるけれど。

仕事場に向かう道に出る手前、駅ビルの角にフランス風のおしゃれなパン屋さんがある。ガラス張りになっていて、歩いて横を通るだけでどんなパンがあるのかよくわかる。ベージュのキャスケットを被ったこれまたおしゃれなユニフォームの店員さんが、美味しそうなところを強調しながらセンス良くひとつひとつのパンを丁寧に並べている。この時間、丁度ほとんどの種類が焼きあがっている。いつも横目で「おいしそうだなぁ」と思って通っているので、今の時間選び放題であることは知っている。

チャンスだ!

私はその店でくるみデニッシュを1つ買った。ひととおり全部のパンを見て、今食べたいと思うものを直感で選んだ。迷っている時間はない。

歩いて10分、仕事場に着きパックのドリップコーヒーを淹れる。これは毎朝のことだ。この香りに包まれながら心地よい苦みを感じるひと時で、私の細胞のひとつひとつが活動するモードに入っていく。

もうすぐ始業時間だが、今日はそのコーヒーと共にくるみデニッシュをいただこう!ブラインドから朝の光がストライプになって降りてくる。

サクサクッ じゅわっぁぁ スーー


”新鮮”という言葉を食に対して使う時、刺身や野菜などの生ものに対して使うことが多いが、このデニッシュのサクサク感とバターの香りは新鮮という以外に言葉がない。焼き上がりからそんなに時間が経っていないからだろう、もうたまらない!そのサクサクをじゃましない程度にはちみつが染みている部分があって、お腹が空いてることを知っている口の中が、その甘さを歓迎して喜んでいる。
でも喜んでばかりはいられない、甘い生活は長続きしないもの。熱いブラックコーヒーの苦さと爽やかさで、べたべたした関係を一気に洗い流す。その甘さと苦さと爽やかさがいっしょになった、修羅場みたいな瞬間が大好きだ。

身体と心に本当の栄養が入っていくのを感じた。私の身体が、五感全部 内臓全部を使って「おいしいっ!」と言っている。そして身体の隅々までなにか温かいものが届けられていった。しばらく私はその感覚を全身でじっくり味わった。 

そうかきっと “満ち足りる”って、こういう感覚なんだ。

「あぁ、私は大丈夫、生きていける。」


食べることに罪悪感を抱いていた時期が長いことあった。
いつも何かを我慢しているのが当たり前で、自分にOKを出していいということを知らなかった。頑張っても頑張ってもこれでいいと思えることはなく、足りないものが何なのかわからないまま、自分の存在を認められなかった。

寝坊した朝の、思いもかけない私の中の出来事。
この感覚を知るまで随分遠回りした。
でもだからこそ、満ちる自分が嬉しく愛おしい。


結局、食う・寝る・遊ぶ
これが満たされれば、人間幸せ💕ということだっ!

次は、ただただ子供のように遊んでみよう。

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