「私は彼女の親友だったらしい」第15話

村瀬さんに気にするなと背中を押され教室に戻ったのは二時間目が終わったころだった。

 クラスメイトたちの、聞きたいけれど、聞いてはいけない雰囲気が漂ってきて、居心地が悪い。

 じっと席に座って耐えていると、前の席に座ってきたのは達海だった。

「大丈夫か? 」

「達海こそ」

周りに聞こえないような小さな声で会話する。周りのみんなが我々の会話に耳を傾けているのが分かったからだ。

「俺は平気だけど……」

大変なのはそっちだろ?と続けられて、思わず鼻がつんとする。

 返事ができないでいると、困った顔をされてしまった。

「何かあったら言えよな」

そう言うと自分の席に戻っていった。

 検索してはいけないと分かってはいても、どうしても気になってしまう。 

 スマホを取り出して先ほどと同じやり方で検索をかける。削除要請もしていないので先ほどよりも写真を使っている投稿は増えてしまっていた。一緒に書かれている投稿を読むと、次第に気分が悪くなってきた。

 私はあばずれでもないし、非道な人間でもない。

 ふと思い立ち、甲斐田さんの名前を検索してみる。かなりの投稿が出てきた。

 彼女の名前はニュースでは報道されていないはずなのに彼女の情報までネットには書いてあった。これが死人に鞭打つ行為なのだなと思いつつ、眺めていく。

 私の写真を受けて彼女への同情の意が示されたツイートもあったが、

「ん? 」

 ある投稿が目についた。

『自殺した甲斐田佳代子のアカウント見つけた! 』

 その投稿をタップすると、あるアカウントへと飛んだ。

アカウント名は『JK』

自己紹介の欄には『JK。愚痴も言う』

それしか書かれていない。投稿を見ていくと最後の投稿は

『もう無理、つかれた』

だった。その日は確かに彼女が屋上から飛び降りた日。他の投稿も見ていくと、授業がだるいだの、雨で自転車で行けないのが面倒だ、だの。これだけで甲斐田さんだと判断するのは厳しい気がした。

「あ、そのアカウント」

スマホを覗き込んできたのは前田さんだ。

「知ってるの?」

「うん」

「これって……甲斐田さんの? 」

「いや、それが分からなくてさ。そうじゃないかって言われてたんだけど。佳代子、ツイッターのアカウント全然教えてくれなくて。でも、うちらのアカウントをフォローしてきたし、学校行事の日とかはそれについて呟いてたりしたからうちの学校の人だっていうのは確実なんだよね」

アイコンは真っ黒い丸。深淵の色だ。病んでいるのか、不思議なオーラを出したいのか。

「そのアイコンはセンス悪いなって思うけどね」

「……そうだね」

前田さんは笑って去っていったが、私はそのアカウントの投稿を全てさかのぼって見て

いった。

 これは本当に甲斐田さんのアカウントなのか。なにかそのヒントになるものはないのか懸命に探していく。愚痴の多いアカウントだが、数か月さかのぼったところでようやく明るい話題を探すことができた。

『彼氏ができたよ! やった! 』

 三か月前の投稿だ。日付は三月五日。これは達海に確かめる余地はある。

「達海」

教室の隅の席で本を読んでいる彼に話しかける。小説を読んでいるのかと思っていたが新書だった。それも自己啓発本。こういう本を読む人とは仲良くなれないんだよなあ、なんて心の中で悪態をつきつつ、

「これ、ちょっと見て」

スマホを手渡した。

 達海はアイコンを見た瞬間、眉間にしわを寄せる。

「これは……?」

「甲斐田さんのアカウントじゃないかって言われてるものなんだけど、何か知らない?」

「知らない」

即答されてしまった。

「え、でも」

「俺、佳代子のアカウント知らないから」

 これ以上聞いてくるなと言わんばかりの圧を感じる。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。

「このアカウントの人、三月五日に彼氏ができたって呟いてるんだけど、達海たちが付き合い始めたのっていつ?」

「……三か月前だから」

「このくらいの時期だよね?」

「……そうだな」

 このアカウントが甲斐田さんのものである可能性は高い。これを探っていけば、彼女の死の真相に近づけるかもしれない。

 放課後になるのを待って渡利先生の部屋に行く。

 先生の部屋の扉は閉まっていて、先客がいるようだった。

 しばらく待っていると出てきたのは、堺先生だった。

「おう、高橋。すまんな」

 堺先生は片手をあげる。

「渡利先生に用事か?」

「そうです」

「そうか、どうぞ」

扉を開けてもらって、

「先生、高橋が来てますけど入っていいですか?」

代わりに声をかけてくれた。

「ええ、どうぞ。いらっしゃい」

でてきた先生の顔は心なしが疲れていた。

「だいじょうぶですか」

「もちろん、どうしたの?」

扉を閉めると廊下の音が遮断された。

「甲斐田さんのツイッターがあるんです」

そう言ってアカウントを見せると、渡利先生はびっくりした顔をした。

「実は堺先生に同じ話をされたばかりなのよ」

「堺先生?」

「ええ、生徒たちが騒いでいたからって」

「じゃあ、先生たちはもう知ってるんですね」

「でも、本当に甲斐田さんのかどうかわからないし。本物だとしてどうしてまだ放置されているのかが謎よね」

ため息をついた先生の様子を見て、間瀬さんのことを思い出した。何かあったらいつでも連絡してねと言われていたのだ。聞いてみてもいいかもしれない。そのことを話すと、ここで電話していいと言われた。

 間瀬さんの携帯に電話をかけると思いかけず、ワンコールで出てくれた。

「もしもし、この前お話した高橋ですけど……」

「ああ、高橋あずみちゃんね。久しぶり、元気だった?」

名字を名乗っただけで私のことをわかってくれた。アカウントのことを話すと、

「最近ネットでも話題になってるよね。よかったら直接お話したいんだけどいいかな?」

「直接会いたいって」

横で待っていた先生に確認すると、変わるようにジェスチャーされる。スマホを渡すと

「お電話変わりました、カウンセラーの渡利です」

先生は電話を代わると、はい、はいと軽快に返事をしながら約束を取り付けた。

「五時にここに来るように約束したわ。時間大丈夫?」

「大丈夫です」

 間瀬さんは時間よりも早くにやって来た。

「お待たせしてごめんなさいね」

「いえ、ありがとうございます」

渡利先生も立ち上がり、間瀬さんの名刺を受け取る。

「本題に入ってもいいかな?」

「お願いします」

「高橋さんが言ってたのはこれのことよね?」

間瀬さんは持参したタブレットを見せてくれた。

「そうです」

「これが甲斐田さんのかどうかは教えられないんだけど、実はもう一つ話題になっているアカウントがあるんだけど知ってる?」

首を振ると、間瀬さんは悲しそうな顔をした。

「じゃあ、これは知らない方がいいのかも……」

「教えてください」

勢いよく言ってのける。じゃあ、としぶしぶ見せてくれたのは

「……なにこれ」

見せられたのはあずみ、というアカウント。

高校生という自己紹介文しか書かれていないが、私の名前だ。

「これ、高橋さんのじゃないのよね?」

「違います」

やっぱりね……と呟いた間瀬さんの表情は晴れない。

「これの怖いところはね、高橋さんの情報が書かれているっていうことなんだ」

見せられたのは先月の中間テストについての投稿。

『現代文、八十九点。古典九十五点。数学八十五点』

「あってる……」

なぜだ。テストの点数なんて他人には見せていない。何点だった?と聞かれても内緒にしてきた。それをネットにあげるなんてこと絶対にしない。

 他にも体育の授業で卓球をした、勝ってうれしかったなど、まるで私自身が書いているようにたくさんの投稿があった。

 そしてそれが止まっているのは甲斐田さんが亡くなった日。

「さっきのアカウントと、この高橋さんのようなアカウント、実は同じスマホから投稿されていたみたいなの」

 それが答えだった。

甲斐田佳代子は私のなりすましをしていたのか?

「なにか心当たりはない?」

「ありません……」

「そうよねえ」

間瀬さんは大きなため息をついて天井を見上げた。

事件は迷宮入りしてしまうのだろうか。そう思ったけれど、再び私を見つめる間瀬さんの顔は真剣だった。

「……高橋さん」

「はい」

「これ以上は関わらない方がいいと思うの」

「……というと?」

「甲斐田さんがどうして亡くなったのかを探るのはやめなさい」

ぴしゃりとした言い方に思わずひるむ。

「どうして……?」

助けを求めて渡利先生を見た。先生もこの事件の真相を追っているのだから、鍵となる私が外れることをよくは思わないだろう。そう思ったのに、先生はふいと視線を逸らしてきた。

目を大きく開いて、それが乾くまで大人たちを見つめたけれど、もう何も教えてくれなかった。

間瀬さんは私を先に部屋から追い出した。どうやら先生と話すことがあるらしい。私は帰るふりをして締め切った扉に耳を澄ます。なにか漏れ聞こえるかもしれない。

中の話は明瞭には聞こえなかった。ただならぬ空気で話しているのは伝わってきたが、肝心なことはなにも分からなかった。

私に関わるなというからにはなにか理由があるはずだ。大人だけが知っている、大人だけが知るべき理由が。



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