「私は彼女の親友だったらしい」第14話
「大丈夫?」
ゴミ箱をもって来てくれた。その中に写真を入れていく。一瞬、紙だからリサイクルボックスに入れないといけなかったかなと考えてしまった。自分も優等生ちゃんなのだ。その思考回路に嫌気がさす。
「知ってたんでしょ?」
前田さんを睨む。別に彼女だけが悪いわけではないとわかってはいるが睨まずにはいられない。彼女は気まずそうに顔を逸らしたが、
「昨日ラインで写真が回ってきたんだ……。もちろん、こんなの嘘だってわかってるんだけど」
分かってくれたのは一部の人だろう。大多数の人は面白がってそれを回したに違いない。
相手が達海でなければここまでひどい目には合わなかったのかもしれない。彼には多くのファンがいる。甲斐田さんが死んだことで彼の隣を狙う女の子たちも少なくないはずだ。
達海の人気がこんなところで裏目に出た。しかしこれは、彼のファンの行動なのか。
「先生に言った方がいいよ」
本郷さんが心配してくれたけど、これ以上先生たちに心配をかけたくはないと思った。
「いや、別にいいよ」
それでなくても先生たちは普段の業務に加えて今回の事件の対処など、たくさん働いているらしい。これ以上激務を与えてしまえば倒れてしまう。特に担任の堺先生には知られたくないと思った。去年から私のことを知っている先生は私のことを信じてくれるとわかってはいたけれども自分のプライドがそれを許さない。
「え、でも……」
本郷さんが急に顔を暗くした。嫌な予感がする。
「もしかして、もう言っちゃった?」
「ごめん……」
この優等生が。
ため息をつく。自分で先に言っておきながら、私に「先生に言った方がいい」だなんてどの口が言うのか。
「ほんとごめん」
「いいよ、私が言わなくてもあんなに騒ぎになってれば他の人が言ってたかもしれないし」
頭ではわかっていた。逃れることはできない。
達海は私たちのやり取りを黙って見ていた。
一組は普段の私のことを知ってくれている人が多いので、どちらかというと気遣ってくれる人の方が多かった。あの井上くんでさえ
「大丈夫か? 俺もあれは嘘だろって昨日ラインで回したんだけど……」
と言ってくれた。
普段の彼とは違ったしゅんとした顔に、少し驚いてしまう。
「ありがとう」
「でも、高橋の家に行ってたっていうのは本当なんだよな?」
「うん……」
達海の方を見ると、井上くんもその視線をなぞった。
達海は私からの助けを感じたのだろう、
「俺から行くって言ったんだよ」
と素直に白状した。クラスが少しざわめく。
これだと私ではなく達海が甲斐田さんを裏切ったことになってしまうからだ。今頃訂正された噂が学校中を駆け回っているかもしれない。
「それは、どうして?」
「……」
達海は答えない。何といえばいいのか分からないのだ。甲斐田さんの死の真相を知りたいから、それに私が怪しいと思ったから、素直に言ってしまってもいいのだが、どういう言い方をしても嫌な形でうわさに残ってしまうと思った。
「俺が、耐えられなかったんだ……」
しばらくの沈黙ののち、彼は自分がその対象になることを選んだ。
「佳代子が死んで、どうして死んだのかずっと考えてた……。でもいくら考えてもわからない。もしかしたら俺のせいなんじゃないかって思ったりもした。そんな時親友の高橋と一緒にこの悲しみを分け合えたら楽になるんじゃないかって思ったんだ」
間違いではない。しかし正解でもない答えだった。
「高橋には無理言って一緒にいてもらったんだ。でもこんな形で迷惑をかけてしまうなんて思ってもみなかった。ごめんな」
首を振って、大丈夫だと答えたが、達海はもう私の顔を見てはくれなかった。
「高橋! 」
堺先生が勢いよく教室に飛び込んできた。その顔にはたくさんの汗がはりついている。
「大丈夫か? 」
じっと顔を見られる。
「大丈夫です」
そう答えると先生はほっとした顔になったが、
「きついなら渡利先生のところに行ってもいいんだぞ」
と言われる。
「いえ、大丈夫――」
「大丈夫なわけないでしょ」
ぴしゃりと言い切られた。
堺先生の後ろにいたのは渡利先生。
「高橋さんは部屋で少し預かります」
「いや、行かないってば」
渡利先生が手をつかんできたので少し引っ張って抵抗する。しかし、先生の力は思っていたよりも強くてびくともしない。
「でも、先生。本人は大丈夫だって言ってますけど……」
「堺先生は、生徒たちの心の底の声を聞いていますか? 口ではなんでも言えるんですよ、それこそ先生に心配をかけたくないっていう気持ちで自分の気持ちを隠すことなんて造作もない」
「……そうなのか? 」
堺先生の心配そうな顔なんて見たくない。顔を背けると先生は、渡利先生の言ったことが正しいと思ったらしい。
「じゃあ、ちょっとだけ渡利先生の部屋に行ってこい。大丈夫になったら帰ってきたらいいから」
と頭を撫でてくれた。まるで自分の娘にするみたいに優しく。
じんわりと涙がこぼれそうになった時、渡利先生がゆっくりと歩き出した。手をつかまれたままの私も一緒に進む。廊下ですれ違う人みんなが私のことを面白いものを見る目でじろじろと見てきた。その視線に耐えきれなくてじっと床の木目をなぞりなから進む。
「顔をあげて。自分は悪くないんだから自信もって」
そう言われてもなかなか難しい。
甲斐田さんが死んでから初めて泣いた。
こんなことで泣くなんて思わなかった。
管理棟につくと人の量が一気に減った。静かな空間の中で足音だけが響く。
「達海くんも呼んだ方がいい? 」
「……なんで、ですか」
「二人って、運命共同体みたいなところあるじゃない」
言い得て妙だ。
「付き合ってるんでしょ? 一緒にいてもらった方が落ち着くんじゃない?」
「そもそも付き合ってないんで」
その言葉に先生は驚いた顔をした。
「周りから見たらやっぱりそう見えます? 」
先生は今朝の写真のことを思い出したのだろう、
「急に仲良くなったんだなとは思うけど……ごめん、配慮が足りなかったね」
しゅんとしてしまった。別に先生が悪いわけではない。
「先生こそ、あの記者さん……村瀬さん?と付き合ってるんでしょう? 」
逆に聞いてみる。
「ううん……違うね」
「仲がいいのに? 」
「私たちの仲がいいのは、腐れ縁だからなあ」
「先生は好きなんですか? 」
「どうかなあ……。でも向こうは私のこと何とも思ってないと思うよ」
少し寂しそうな顔をした先生が扉を開けると部屋にはすでに先客がいた。
「よっ」
話していた当人がいるとは思っていなかったらしく、一瞬目を見開いた先生は、勢いよく部屋の扉を閉めた。
私をソファに座らせず、部屋の隅にある小スペースに連れて行く。
そこはカーテンで四角に区切られた空間で、ふかふかのカーペットと小さなクッション、可愛らしいぬいぐるみが置かれた部屋だった。
そこだけ幼稚園にタイムスリップしたような可愛らしさだ。
「靴履いたままでいいから」
先生はそう言うとカーテンをしっかりと閉めた。視界はピンク一色で囲まれてしまった。
数秒の無音の後に、先生の小さな声が聞こえた。
「ちょっと、なんであんたがいるのよ」
「……タイミング悪かったか? 」
「どうみても最悪でしょ。出て行ってよ」
いつになく厳しい口調。しかし、
「いや……でも……」
と煮え切らない返事が聞こえる。
「何? 言いたいことがあるならはっきり言ってよ」
「あのな……」
村瀬さんは聞き取れない声で何かを話す。それを聞いた先生は
「はあ? ふざけんじゃないわよ! 」
と怒りをあらわにした。
「どうにかできないの? 」
「無理だな」
「それをどうにかするのが、仕事でしょ! 」
「とりあえず伝えに来たんだ。それだけでも十分仕事をしていると思うぜ」
「それだけで働いたつもり? 人の気持ちなんて全然考えないのね……! もう、いいわ……あんたに話した私がばかだった」
「涼子……! 」
「ごめん、高橋さん開けてもいい?」
すがりつくような村瀬さんの声を無視して先生が近づいてくる。
「あ、はい」
返事をした瞬間、カーテンが勢いよく開く。まぶしい日差しが差し込んできて思わず目を細める。カーテンの向こうの先生の顔は険しい。
「本当に世の中は低俗なやつばかりよね」
眉間にしわが寄っている。美人も険しい顔をすれば、そうではなくなってしまうのだなとぼんやり思いながら、後ろの村瀬さんを見る。ソファにどっぷりと座った彼はつまらなさそうに口を尖らせている。
「ごめんけど、事態はよくない方に進んでいるわ」
「どういうことですか」
「今朝の写真のことだよ」
「もしかしてあれは村瀬さんが? 」
カーペットから立ち上がって抗議する。
「いや、俺じゃない。俺だって記者のはしくれだ。あんなことはしない。あの印刷の仕方は素人だろうな」
「ちょっとまって、貼られてるのを知ってて無視したわけ? 」
「怒るな怒るな、問題はそこじゃないだろ」
先生が代わりに怒った。その通りだ。私にとっては十分問題なのだ。
「ほら」
村瀬さんから鞄から取り出したのはタブレットだった。背筋を伸ばしてソファに座り直し、問いかけられる。
「ツイッター。使ったことは? 」
「あんまり」
「珍しいな、高校生なのに」
「そういうのあんまり好きじゃないので」
手招きをしてソファに座るように促された。
立ち上がって村瀬さんの方へ向かい隣に座る。ツイッターのアイコンをタップされ、開いた画面を見つめる。タブレットを渡されたので受け取った。
「ここで検索ができる。高校名を入力してみろ」
言われたとおりに入力し、検索ボタンを押す。
そこには今朝見た写真が何枚も投稿されていた。顔はスタンプやぼかしで隠されているが、私と達海だということは知り合いの人ならわかってしまうだろう。
「なんで……」
『親友のマンションの前で仲睦まじそうに話す彼氏』
『親友のマンションに入っていく二人』
撮ったばかりの写真をすぐに投稿できてしまうところは便利だと思うが、事実無根のことを書き連れられても迷惑だ。しっかり内容も読みたいと思ったが、どうしても頭に入って来ない。視界はぐらぐらと揺れて、文字はかすんで見える。
「こんなの……」
「嘘なんだろ? だとしてもこの写真は多くの人に見られる。そうしたらもう取り返しがつかない。お前らは世間の格好の餌食になって、いいようにむしり取られて終わりだ」
ほら、と指さされた先にはネットニュースのリンクツイートがあった。タップしてみると同じ写真と
『有名公立高校で自殺! 原因は恋愛のもつれか? 』
どこかで見たような文句だ。
内容は甲斐田さんの死についてと、その原因が親友に彼氏を取られたことだと書いてあった。
『警察は自殺かどうかを明らかにしていないが、これが原因で自殺したのだとしたら、それは自殺ではなく殺人事件ではないだろうか』
読むだけでめまいがする文章で記事は終わっていた。
「誰かがニュースサイトに売ったんだろうな」
村瀬さんも気まずそうに目を逸らした。
「これ、消すことはできないんですか? 」
「ネットニュースやツイッター上に投稿された写真は削除することはできるが、一度ネットに出てしまったものは、すでに他のサイトや掲示板に転載されているだろうな」
「つまり? 」
「つまり、全部をきれいさっぱり消すことはかなり難しい」
頭を強く殴られた気がした。視界が暗くなり、めまいも吐き気もする。
渡利先生がさっと隣に来て背中をさすってくれた。
事実ではないことを事実かのように言われる恐怖。私の味方はいないのだ。
「こういうことに対する一番の対処法を教えてやろうか?」
かわいそうになったのか村瀬さんが窓の外を見ながら言った。
「無視することさ。何も見ない、気にしない。それが一番だ。情報を目に入れることが一番ストレスたまるからな。これ以上検索しないことだ」
「そんなこと言ったって……」
「まだ高校生なのよ、そんなことできないわよ」
「できないなら仕方がない。諦めるしかないな」
村瀬さんの言うことはもっともだ。ネットを見なければ情報を気にすることはない。周りからの視線やこそこそ話も気にしなければ、だが。
「本当にあり得ない、一体誰がこんなことを……! 」
渡利先生は憤慨していた。
「まあまあ、落ち着け」
一方、村瀬さんはこういうことには慣れているのか冷静だった。
「涼子、俺コーヒー飲みたい」
「はぁ? 何言ってんのこんな時に」
「こんな時だからこそだろ。ここでイライラしても仕方がない。なあ、コーヒー淹れてくれよ」
先生はぶつぶつと悪態をつきながらも席をはずし、コーヒーメーカーに向かう。
村瀬さんはそれを確認すると私に向かって小さな声で言った。
「大丈夫だ。各新聞社はもうこの事件のことを報道する気はない」
「何でです?」
「もう、時期が過ぎたからだよ。彼女が亡くなってから一週間。これといって新しい情報もない。こんな根拠のないネットニュースを取り上げるほど暇でもないんだ。もう、この事件は飽きられたんだよ。わかるだろ?」
頷く。昨日大物芸能人のスキャンダルが取り上げられて、ニュース番組はその話題で持ちきりだ。
「旬が過ぎたんですね」
「お、いい表現するな」
誉められてしまった。
「涼子! 俺砂糖とミルクで頼むわ! 」
「最初からそれで作ってるから黙ってて! 」
村瀬さんは、まだ怒ってるなと笑う。怒られているのになんだか嬉しそうだ。
「涼子はな、昔、学校の先生をしていたんだ。その時の癖でちょっと熱くなりやすいんだ。暴走しないように見てやらないといけないんだけど」
「学校の先生って、担任ってことですか?」
「ああ、中学の教師だけどな」
「どうして先生やめちゃったんですか?」
「どうしてだろうなあ……」
ソファにもたれかかり、宙を見上げる。本当ならたばこの煙を吐きたいところだろうが、ここは禁煙。村瀬さんはふうと息だけを吐いた。
「まあ、いろいろいっぱいいっぱいになっちまったんだろうな」
「詳しくは知らないんですか? 」
「いや、知ってるよ。でもあんまり楽しい話じゃないからな」
渡利先生に視線を移し、見つめる村瀬さんの顔は優しかった。
「俺がもっと近くにいてやれたらよかったんじゃないかとはずっと思ってるよ」
その言葉だけでなんとなくわかってしまった。
「前から思っていたんですけど、村瀬さんと渡利先生ってどういう関係なんですか?」
「高校生ともなるとそう言うのは察せるもんじゃないのか?」
肩をすくめられる。
「だって、さっき付き合ってるんですかって聞いたら、違うって言われたんで」
「まじか」
少し傷ついた顔をした村瀬さんが面白くて思わず笑ってしまう。
「ちゃんと付き合おうって言ったんですか?」
「ああ、そう言われると……」
視線を宙にさまよわせて過去を思い出す。
「言ってませんね?」
「……昔馴染みだからな、言わなくても分かるかと思って」
「女性はみんな言葉に出してほしいと思っているんですよ」
「それは涼子にも言われたことがあったな」
まさか、高校生にお説教されるとは。村瀬さんは照れたように笑った。
「どうぞ」
村瀬さんの前に置かれたコーヒーはなみなみと注がれていた。
「高橋さんも飲んでみる? 」
渡されたコーヒーは砂糖が入っていて、ほんのり甘かった。たっぷり時間をかけてそれを飲んだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?