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蚊子咬鉄牛、とりあえず毎日一〇〇〇文字は書くこと、ヴィーナスの喉仏、政界のボンバーマン、民族的自己愛、「それは落合博満にバントサインを出すようなものだ」、

十月十二日

すぐれた詩人はすぐれた散文も書けるはずだというのは、私は一面の真理に過ぎないのではないかと思っています。本気で散文を書こうと思ったら詩をあきらめるしかない、そんな緊張が詩と散文の間にはあるはずで、クンデラもそうですが小説を書くために詩を捨てた作家も少なくない。

谷川俊太郎『一時停止』「世間知らずの一滴の真情」(草思社)

午後十二時四〇分起床。紅茶、ココナッツサブレ。明日からは原則として午前十一時四五分には紅茶を飲みたい。きょうは木曜日。図書館に行かず部屋で原稿を書く日。

ルース・ベネディクト『菊と刀』(長谷川松次・訳 講談社)を読む。
原著が出版されたのは一九四六年で、日本語訳の出版は一九四八年。とうぜんまだ占領下。原題《The Chrysanthemum and the Sword: Patterns of Japanese Culture》。クリセンサマム。英語ってのは一つの花のためにずいぶん舌を動かす言語なんだな。英語ペラペラという言い方は語感的になんか分かるけど、日本語ペラペラという言い方にはなんか違和感がある。ちなみに「なんか」は俺が雑談中もっとも口にする言葉のひとつ。ほとんど間投詞みたいなもの。頭が疲れて言葉が出にくいときなど「なんか」を連発する。「より適切な表現」をひねり出すための「呼び水」みたいなものなのかもしれない。口癖というのは意識すると急に恥ずかしくなる。自由発話における「間投詞の種類と出現確率」を調べた方(村上仁一、嵯峨山茂樹)がいて、彼らによると、各話者における間投詞の出現頻度の五〇~七五%はたった四種類の間投詞で占められている(「えー」「あのー」「あの」「あっ」「ああ」など)。
『菊と刀』は、「日本人論」について研究しようとするならば、好むと好まざるとにかかわらず、一度は読んでおかねばならぬ古典。学生時代に地下書庫で齧り読んだことはあるが、真面目に通して読んだのは今回が最初。古典のわりには面白く、ほとんど退屈しなかった。有名な(一人歩きしている観のある)「恥の文化(shame culture)」と「罪の文化(guilt culture)」についての類型論が語られるところではつい感動してしまった。教科書で何度も見た金閣寺やコロッセオをじっさい目の前にしている感じ。「ああ本当にあるんだ」みたいな。だから批判的な読解をする余裕などなかった。
アン・アリスン『菊とポケモン』、ロバート・ホワイティング『菊とバット』、橋本治『蓮と刀』など、日本にはこのタイトルをもじったものが無駄に多い。『吾輩は~である』の次くらいに多いのではないか。「日本人ほど「日本人論」の好きな国民はいない」という指摘も分かる気がする。これはこれでステレオタイプ化の危険性がなくもないのだが、ややもすれば凡庸な「日本特殊論」に傾きがちな国粋趣味者に水を掛けるためにも、こういう冷めた観点は必要だろう。そういえばイザヤ・ベンダサン(山本七平)の書いた『日本人とユダヤ人』(一九七〇年)も大ベストセラーとなった(これを読むさいは浅見定雄『にせユダヤ人と日本人』も一緒に読むこと)。『日本/権力構造の謎』や『人間を幸福にしない日本というシステム』などで知られる「リビジョニスト」カレル・ヴァン・ウォルフレンのあの(知識人間における)モテぶりはなんだったのか。敗戦ショック冷めやらぬなかマッカーサーに額ずきまくった日本人。「黒船コンプレックス」。「われわれ日本人はどこから来てどこへ行くのか」という空しい自問自答。「民族的自尊心」という砂上の楼閣。アイデンティティは「他者の眼差し」によって形成される。「敗戦国にありがちな集団的ナルシシズム」というものがもし「ある」としたら? ひっきょう「国民としての自意識」は他国を鏡にした「自惚れ」なのだ。「われわれ」という集団幻想なくして人は生きられないのか。「なにかに所属している」という基礎的安心感。これがなくては実存は崩壊する。「何者でもない者」であり続けることに人は耐えられない。
第十一章「修養」では、「禅」についての言及が多い。Daisetsu Teitaro Suzuki(鈴木大拙)やKaiten Nukariya(忽滑谷快天)の著作も参照されている。私にとっては禅とは何よりもまず「いまここの認識」であって、禅宗のことではない。それゆえ禅と修行(修養)が結びつけられることにはいつも強い抵抗を感じる。座禅や問答や公案といったものは禅認識を得るための手段に過ぎない。禅と文化禅を混同しないこと。太陽と月はどっちも光っているが別々のものである。

紅茶と緑茶飲み過ぎてさっきから頻尿状態。蚤虱馬のバリーボンズの枕もと。『鈍痛ゲリラ』の原稿書こう。

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