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学会遠征編ショート版 第49話 東京駅

日本

 クゥちゃんは先に新橋でよさげな店がないか探してくれていたらしい。しかし、まだ早い時間ということもあってか見つからなかったとのことだったので、東京駅まで移動した。いつ見ても広い駅だが、何度か来たことがあるので、既視感の塊のような場所である。そんな中で、お手軽に食べられる和食ということで干物屋さんに入ることになった。まずは約束のブツを渡した。とても喜んでいるようだった。欲しがっていたものはこういうもので間違っていなかったらしい。そしてそれぞれ食べたい定食を選んだ。クゥちゃんは、僕が大のサバ好きだということを知っていたので、裏をかいてサバ塩定食を選んだようだった。僕はさらにその裏をかいて鮭ハラミにした。クゥちゃんからすれば読みが外れて不本意だったようだが、僕は単純に脂ののった鮭が食べたかったので、これでいいと思っている。僕は小学生の頃、母が毎週火曜日に焼き鮭を夕食に出してくれた。近所のスーパーで火曜市をやっているからだ。あの頃は何とも思っていなかったが、今になってそれはとてもありがたいことだったと実感している。一人暮らしの自分にはなかなか焼き魚にありつけないからだ。まず、グリルがない。フライパンや電子レンジでできるレシピもあるようなので、気が向いたら挑戦してみたいが、物価の上がっている今だと難しくもあったりする。そう思いながら骨以外を食べつくした。
 この後クゥちゃんは友達と夕飯を食べる約束があるらしい。それまでは時間が空いていると言っていたが、特にすることがあるわけでもないので、ここで解散することにした。その友達は今はカラオケをしているらしい。そこに合流してはどうかということだ。こうして短い時間ではあったが解散し、一人で東京をふらつくことになった。予定では大手町まで歩き、クレープでも食らってやろうかと企んでいたところだが、地上はあいにくの雨天だった。残念だという思いよりも寧ろ、ここまで雨に打たれなかったのがありがたいことだったという気持ちの方が強かった。こちらはリュックとウエストポーチにスーツケースまで持っていて、実は移動するのも大変なのである。脳がバグを起こしてここまで長距離歩行も厭わず楽しんでいたが、帰宅という現実を目前にした今、疲労は具体的な形となって襲ってきた。空港で2時間寝ただけでは回復できない疲れである。正直、もう立っているだけでも苦痛なのだ。思えば、この旅は知らないこと・やったことないことで溢れていた。1日目に難波を通過して以降は、東京に戻ってくるまですべて僕にとっては行ったことない場所だった。和歌山も、徳島も、学会会場も、淡路島も、明石も、関西空港も、そしてバンコクも….
ここまでで見たこと、起きたこと、会話したこと、思ったこと、手に入れたことを一つ一つ整理するには、体も心も休める時間が必要である。武人に会えなかったのは残念だが、会えたとしてもその時間まで体力が持つかは怪しかったことだろう。半端にはなってしまったが、ここで新幹線に乗ることにした。自由席の予約も取れている。14:30頃に名古屋方面の新幹線に乗れた。意外にもガラガラだったので、心置きなく席を倒すことができた。飛行機とは大違いだ。乗ったのはひかりなので浜松にも停車するようだが、東京駅からおよそ100分間はただじっとしていればいい。荷物を上に載せ、そっと目を閉じたら、浜松を知らずに名古屋到着10分前のコールが鳴っていた。この新幹線のチャイムは、何かものさみしさを感じさせる。僕は何かにつけてよく東京に行ったりするのだが、その出張の始まりと終わりを知らせるチャイムである。この旅もこれで終わりなのか、深く、強烈な旅にしてはあっけない最後だった。
 名古屋駅にまで戻ってこれた。

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