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【短編小説】鳥籠の煙管


 ひとりの遊女が柵越しに男を見つめていた。彼の息遣いが聞こえるほど近く、微かな目の動きさえ見えるほど注意深く、彼の顔をというよりその表情を、思い出そうと思えば思い出せる脳裏に擦り付けていた。そして彼女は彼越しの夕日を眺め、こんなに綺麗で良いのかと、涙を流した。

 彼女の涙は、決して誰にも拭えないほど湿っていて、その愛はその涙に溶けているようだった。彼が去ったあと、彼女は心の臓を少しも乱さないまま、色を売っていた。夕日がすっかり見えなくなる頃に煙管をふかし、ただ、ただ雪になりたいと願うばかりであった。

 一方で男は昔、その遊女によく似た女に思いを寄せていたが、彼はその遊女に言葉を落とす程に、その遊女が全てにおいて似ていることに気がついてしまった。薄くてピンク色をした唇も、細い鼻筋も、笑って細くなる目つきも、冷静な思し召しも、情熱的な感性も、あのえもいえぬ優しささえ。

 空をゆっくり降りてきて、彼の肩の上に落ちる雪と対照的に、煙管の煙は街灯の方へ登っていった。彼女がいつも彼のことを思い浮かべないのは、その思い出と今感じているものがあまりにも異なっており、苦痛を覚えたからだ。だがそこに彼への迸る閃光が加われば、両者は掛け合わさり、落ち着くものだった。

 これを親和力と呼ぼうか。或いは残酷な悪魔による戯れと呼ぼうか。彼女は自由を手にした後でさえ、彼の元に行くことはなかった。だがそれは彼女は彼が思い人には二度と会えないと知ったためだった。彼女は十分理解していたが、その足を動かすほど彼女はその雪の陰に陶酔しているわけではなかった。

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