「我輩もねこである」 (雑記)
吾輩は猫である、との有名な書があると聞くが、何を隠そう我輩もねこである。
名前は「このコの行く末がしあわせにあふれるように……」と付けてもらったが、それが何かまでは記憶してない。
主人がめずらしく魚釣りに赴くと言い出し、いそいそと早朝より準備をしていた。
新鮮な魚にめっぽう目がない我輩は、居ても立っても居れず主人に内緒で車に忍び込むことにした。
季節外れの寒波が平日の雨と共に去って行った土曜日、太公望にも知られてないような小さな漁港にたどり着くと、いそいそと竿を延べる。
車の陰から主人を見ると、養殖業者よろしく撒き餌を打っていたがなかなか竿のしなりがないようだ。
我輩もひさびさの陽気と「ひねもすのたり」感にうつらうつらと船を漕いでしまう。
はたと気がつくと、主人がこちらに向かっているのが見えたので急いで車内の後部座席に滑り込む。
主人が肩を落としてるのは、きっと釣果が芳しくない所為だと我輩にもわかる。
そこに妙齢の女性が近づいて来て何やら会話をしていると、主人はごそごそと箱を開けた。
何という奇跡。
何という僥倖。
この素晴らしい贈り物に、また妙齢の女性に祝福あれ。
自宅のにおいが近づいてきたので、大きく伸びをして次の動きに備えた。
車が停まると我輩は先回りをして、いつものように帰宅を迎える体を取って、主人の脚元にまとわりつき厨房まで進んだ。
鯵のなめろうとは、なかなか贅沢な肴である。
表面を直火で轟々と炙る手のかけように、主人の機嫌の良さがわかった。
いつもの甘えた声を出してやれば、我輩に甘い主人はすぐに数切れを差し出す溺愛っぷりをさらすのだ。
人間とは何と孤独を嫌い自己認証欲の強い生き物だろうか。
至福の時はあっという間に去っていく。
主人がお酒のせいで饒舌になった赤ら顔を我輩に向けて、二度三度と目を細めてひとりごちる。
「グレもいい日になったようやね」
グレ……。
遠い記憶に、主人に拾われて来た日につけられた名前がよぎった。
グレイス。 祝福、恩寵。
だが満腹から睡魔の強襲を受けた我輩には、どうでもよいこととして微睡みに落ちていった。
足掻いても、まぁ仕方ない。
我輩はねこなのだから……。
〔完〕
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