見出し画像

恩人サキちゃんの消息

個人的にこれは「探偵ナイトスクープ依頼案件」かもと思っているのだが
依頼文を送る決心はついていない。

45年前の朝のことを、ここに覚え書きとして残したい。
そして出来る事ならばサキちゃんに、ちゃんとお礼が言いたい。



小学4年生だった私は、実にグータラな子供だった。
毎朝、迎えに来てくれる登校班の子に母が謝っている声を
寝ぼけながら布団で聞く。
母に怒られて起きて、用意された朝食にも手を付けず
家を出る。
あの日もそんな朝だった。

梅雨が明けて、蒸し暑い夏のはじめ。
小学校までは歩いて30分ほどの道のりだ。
人口3000人に満たない山あいの村の学校は、同じ敷地に
小中学校が隣接していた。
全校生徒を合わせても、200人ほどだったろうか。


学校へと続く一本道は、くねくねと曲がり、周囲は緑豊かな山々。
道下には緩やかに流れてゆく川面が見える。


遅刻ギリギリだと言うのに、
急ぎもせずに歩いていると
突然誰かに、頭のてっぺんの髪の毛を思い切り引っ張られた。

「何っ?やめてよッ」
振り向いたが誰もいない。

10メートルほど後ろにセーラー服の人が見えた。

(何?何なん?)

違和感のある脳天に手をやると、ミニ鏡餅のように腫れている。
次の瞬間、経験したことのない激しい痛みが走った。
たとえるなら、金槌で五寸釘を打ち込まれるような痛みか!?
(そんな経験はないので、ほんとのところは分からない)

泣き叫ぶ声と涙があふれだすのは同時だった。
目の前がグラリと揺れる。

大丈夫?はよ乗って!
駆け寄って、おんぶしようとしゃがんでくれたのは
中学生のサキちゃんだった。

いったい何が起こったのかは、わからない。
とにかく脳天が焼かれたように熱くて痛い。
ズキンズキンと波打つ。

私は、走るサキちゃんの背中に必死にしがみついていた。
そこからの記憶が飛んでいる。


次に覚えているのは病院だった。
村に唯一ある小さな内科医院。
何やらざわざわした声が聞こえる。
ベッドに寝かされて隣を見たら、5年生の女の子が寝ていた。
先生が、見たこともないくらい
ぶっとい注射器を持ってきて
私の左腕に刺し、
「これで大丈夫」みたいなことを言ったように思う。

頭のてっぺんがあまりに痛くて、注射の痛みは全く感じなかった。
そして徐々に痛みも意識も消えていった。

私と5年生の女の子は
通学路の山肌に巣くっていたスズメバチに刺されたのだった。

デッカイ巣が、村役場によって駆除されたらしい。

あれから45年が過ぎた今も残る疑問がある。

回復した私はサキちゃんに、助けてもらったお礼をちゃんと伝えたのか。
その記憶がないのだ。
恐らく両親は、当日にお礼に伺っただろう。
ご近所と言えど、学区の一番端だったサキちゃんのお宅は、我が家からは見えない場所だった。行ったとしたら覚えているはず。
サキちゃんは5つ年上の優しいお姉さんだった。

この一件を機に、私はちゃんと集団登校するようになった。

登校班の列から何度振り向いても、
セーラー服のサキちゃんを見ることはなかった。

私にはあのスズメバチの日以降、サキちゃんに会った記憶がないのである。

さすがに、この経験はグータラ小学生の私の目を覚まさせた。
もう二度とこんな目に遭いたくないし、万が一の時、1人は怖すぎる。
あの時、たまたま後ろにサキちゃんがいてくれたから助かったものの
もし、誰もいなかったら・・。


きちんとお礼を言うべきだったのに、いつの間にか
サキちゃんのご一家は
引っ越しされていた。

あれから長い時間が過ぎた。
私も、山深い故郷を離れてからの暮らしの方が長くなった。

サキちゃんの消息は分からない。
「探偵ナイトスクープ」に依頼して、探してもらうという手もなくはない。

でもな。

こんなに遠い記憶の事を、いまさら掘り返してお礼を言われたらサキちゃんも困惑するかもよ・・とも考えるのだ。

素早く助ける手を差し伸べ、おんぶして必死に走ってくれた優しいサキちゃんのことだから、きっとどこかで幸せに暮らしているに違いない。

noteを始めようとして名前を考えた時に
ふと窓の外を見ると、今年初めて見る蜂が飛んでいた。

遠い記憶の引き出しにしまってあった
サキちゃんのことを
思い出した。

サキちゃん
あの時は本当にありがとう。
ちゃんとお礼も言わずにごめんなさい。


この言葉を、せめてもの自分への戒めとしたい。
「脳天にスズメバチ」(のうすず)
ちょっと短めにして名前にした。

サキちゃんに会う事は、きっとこの先もないだろう。
















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?