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恋愛SF『ミッドナイト・ブルー グリフィン編』2章-3

 

2章-3 リアンヌ

 リザードの艦隊は、わたしたちの拠点がある違法都市《ルクソール》に向かっていた。その中の一隻で、わたしは毎日、シヴァやルワナと話し合いを重ねている。

 まず、繰り上げ候補者のリストが必要だった。最初の三十人に欠員が出た時、誰をその代りにリスト入りさせるか。

 その場合、その人物の周辺で、こちらの手先として使えそうな人物も、目星をつけておかなくてはならない。標的の人物の暗殺を手伝わせるか、それとも妨害させるかは、場合による。

 市民社会の情報なら、基本的には《フェンリル》のデータベースを使えるが、それで足りなければ、他組織の持つ情報や人脈も利用する。手先として目星をつけた人物に、あらかじめ、こちらから働きかけておくか。それとも、どうしても必要になってから接触するか。

「場合によっては、リストの人数を増やすこともあるな」

「堕落した者が出たら、それをすぐに発見して、リストから外さなければ」

「相当、細かい監視が必要になりますね」

 基本方針が定まったら、細かい部分はグリフィン事務局に引き渡すが、その事務局の人選もまだ途中である。六大組織とその系列組織から、有能と思われる人材を引き抜いてあるが、誰をどの役職に就けるかは、我々が最終決定することになる。

 三十チームがそれぞれの標的を担当しつつ、次の候補者の監視もすることになるので、業務は多い。各チームの人材の組み合わせも大切だ。

 毎日、ああでもない、こうでもないと、テーブルをはさんでシヴァと議論した。ルワナだけでなく、途中からはセレネとレティシアも、わたしの補佐として、データ分析や議論に加わっている。

 もし、グリフィンの役職がわたしに回ってきたら、この二人には、全面的に助けてもらうことになる。今から、細部まで把握しておいてもらわないと。

 シヴァもわたしたちを警戒しつつ、仕方なく、相談相手として受け入れている。

「おはよう」

 と言えば、

「ああ」

 と返す程度の反応はするようになった。いかにも渋々、嫌々だが。

 計算外だったのは、セレネとレティシアが、本気でシヴァにのぼせたらしいことだ。いや、まあ、多少は予測しないでもなかったが、これほど燃え上がるとは。

「あんないい男、中央でも滅多にいないわよ」

「辺境の男なんて、ほとんどクズですもんね」

「あの重低音!! 声だけで、とろけちゃう」

「どっちが射止めても、恨みっこなしよ」

 と熱く言い合っている。

 無論、二人とも、それなりに修羅場をくぐってきた女たちだから、仕事が手につかなくなる、ということはない。だが、暇さえあればシヴァを追い、まとわりついている。

「グリフィンさま、この船にはプールがありますのよ。後で一緒に泳ぎません?」

「お夕食の後、わたしたちの部屋にいらっしゃいません? お好きなお酒を揃えてありますわ」

「わたし、ジョルファさまの警備隊長として、常に自分を鍛えていますの。よかったら、休憩時間に、格闘技の稽古をつけて下さいません?」

 しかし、シヴァは憮然としていた。美女に両側からすがられても、

「邪魔だ、歩けん」

 と迷惑顔で、彼女たちの肩を押しやるだけ。それが余計、二人をじれさせ、燃え上がらせる。

「わたしたちのどちらか一人を選べないなら、両方を愛人にして下さっても、いいんですのよ」

「わたしたち、そんなことで喧嘩はしませんから」

 と食い下がっては、閉口した様子のシヴァに逃げられてしまう。置き去りのセレネとレティシアは、地団駄踏んで悔しがる。

「ああん、もう。ほんとに女嫌いなのかしら」

「一回だけでも構わないのに」

「あら、一回だけなんて、とっても足りないわ。わたし、もう十年近く、まともに男と付き合ってないのよ」

「とにかく、最初の一回で、こっちの虜にするしかないじゃない?」

「香水、変えてみようかしら」

「肌見せは逆効果かもね」

「男性をそそるのは、やっぱりチラリズムでしょ」

 傍で見ているわたしは、いい加減にしろ、と叱責したかった。女がそんなに自分を安売りしたら、男が付け上がるではないか。

 けれど、建前上、わたしは部下の個人的恋愛に文句をつけることはできない。わたしは、自分で集めた部下を信頼しているはずだからだ。精々、さりげなく注意するくらいのこと。

「二人とも、少し、はしゃぎすぎていないか……」

 ところが、他のことでは冷静な女たちが、揃って反発する。

「ジョルファさま、辺境であんな男性に出会うなんて、奇跡ですよ!!」

「わたしたちだって生身の女なんですから、たまには、まともな男性と付き合いたいんです!!」

「でなかったら、人生の意味がありません!!」

 わたしは、内心でひるんでしまう。二人とも、仕事で十分充実していると思っていたのに、それほどの欠落感を抱えていたのか。

 本当は二人とも、組織外でいくらでも、男を調達できるのだ。辺境では本物の女は希少だから、何かあれば、他組織の幹部たちがすり寄ってくる。ちょっと微笑んでみせれば、贈り物が山と積まれる。たとえ、アマゾネス軍団の一人と知られていてもだ。自信のある男ほど、手強い女を落とすことに情熱を燃やす。

 けれど、二人とも、卑しい男とは付き合いたくないプライドがあるから、これまでは、難攻不落の冷血女ような顔をしてきた。過去に、何十人もの男を振ってきているはずだ。

 それが、これほどシヴァに入れあげるとは。

「しかし、グリフィンは、きみたちに興味がないように見えるが……」

 やんわり指摘したつもりだが、むきになって反論された。

「それは、わたしたちが恐怖のアマゾネスだと思っているからです」

「うっかり付き合ったら、後が怖いと思っているんでしょう」

「そりゃあ、仕事の時は強面のふりもしますけど、個人的には、普通の女だとわかってもらいたいんです」

「職務には支障のないようにしますから、どうかお構いなく」

 二人はシヴァを陥落させる作戦を話し合いながら、行ってしまった。わたしは取り残されて、立ち尽くす。

 腹心の二人があのざまでは、他の部下たちにシヴァを見せるのは、いかがなものか。下手をしたら、女たちが全員、恋愛惚けになってしまう。まさか、こんなことで『アマゾネス軍団』が瓦解するなんてことは。

「ご心配は無用です、ジョルファさま」

 気の毒そうに笑いかけてきたのは、ルワナだ。

「今のグリフィンさまは、〝リリス〟のことしか頭にありません。それに、ジョルファさまを心底恐れていますから、あなたの部下に手出しなど、とてもできません。いくら誘惑されても、罠ではないかと勘ぐりますから」

「わたしを、恐れている?」

「当然でしょう。あなたを怒らせたら、去勢されるかもしれないと思うのは」

 ルワナはそれを、冗談ごとのように言う。わたしには、何年経っても苦い記憶なのに。

「グリフィンをどうこうできるのは、最高幹部会だけだ」

 それにあれは、どうしても必要な見せしめだった。ただの女に過ぎないわたしが、この冷酷な世界で生き残るために。

「わかっていますわ、女の自己防衛の大変さは」

 ルワナは、口に出さなかったわたしの思いを見透かしたように言う。

「でも、男にはわからないのですよ。だからこそ、心の底ではつい、頼れる男を求めてしまうことが」

 柔らかい言い方だったが、何かが刺さった。ルワナがほのかな香水の香りを残して立ち去ってから、わたしは自問自答してしまう。

(あれは、セレネとレティシアのことだ……わたしのことではない、はずだ。そうだろう?)

 頼れる男など、いるものか。市民社会ならともかく、この辺境では。リザードでさえ、わたしが大きな失策をすれば、あっさりと切り捨てるだろう。女が頼っていいのは、女の絆だけ。

 肉体的な快楽ならば、求めてもいい。だが、心を許してはだめだ。女が頼れば、男は裏切る。彼らは、そうやって何千年も、何万年も、女を虐げてきたのだから。

 ***

「何だって!?」

 シヴァがグリフィン事務局の人員を、全員女にしろと言ってきた時、わたしは、すぐには理解できなかった。

 彼が懸賞金リストの順位や、賞金額に文句をつけてきた時は、それなりに配慮したが、今度は何だ。事務局の人員の半数は、既に系列組織から引き抜いて《ルクソール》に呼び集め、残り半数の選定にかかっているのに。

「公私混同はやめたまえ。きみのハーレムじゃないんだぞ」

 しかし、シヴァは譲らない構えだ。

「俺には、自分の部下を選ぶ権限があるはずだ。男の部下は欲しくない。おまえだって、自分の部下を女だけに限っているだろうが」

「それは、チームワークのためだ。男が混ざると、統制がとりにくい。きみのは、個人的な願望だろう」

「そうじゃない。男はどうしても、奴隷女を必要とするからだ。俺は極力、そういう意味でバイオロイドを使いたくない」

「えっ?」
 
 わたしは戸惑い、混乱した。辺境で生まれ育ち、自分の組織を育てた男が何を言う?

「きみの組織だって、バイオロイドを使っていただろう……」

「前からいる者だけだ。新しいバイオロイドは増やしていない。男の部下には、女を買うなら一生責任を持てと命じてきた。バイオロイドを買って、飽きたから捨てる、なんてことは許していない……いなかった」

 本当に? リザードから、シヴァに関する調査資料は受け取っていた。しかしそれは膨大なもので、わたしはざっと一読しただけだった。それに、彼は単に、バイオロイドを長生きさせることが経済的だと計算しただけかもしれない。

「他組織を乗っ取った時は、バイオロイドの待遇を改めている……改めていた。五年で殺すこともしていない。新しく組織を作るなら、最初から女だけで固めた方が、無用なストレスがなくて済む」

 信じられない。男が、わたしと同じ考えを持っているなんて……?

「彼は本気なのか?」

 わたしは後で、ルワナに確かめた。

「本気だと思います」

 ルワナは見通した態度で言う。

「事前の調査を担当しましたが、あの方の組織では本当に、バイオロイドの人権を守っていました。他組織を併合した場合も、そこで働いていたバイオロイドたちは、きちんと保護していました」

 聞いてみればいい。シヴァの組織は今、リザードの部下が管理している。いずれシヴァがグリフィンになりきったら、接収した組織は返却する予定だそうだから。

「彼らに教育を与え、長く使っていることは事実です。その分、人間の男の採用は、最小限に絞っています。ジョルファさまも、報告書はご覧になったでしょう?」

「見たが、しかし……」

 そうだ、ちょうどいい。前から、ルワナに聞いてみたかったことがある。

「彼が、以前……娼館から買ったバイオロイドの娘を愛していたという話だが……きみは信じたか?」

 ルワナは少し意外そうな顔をし、それからにっこりした。

「それはわかりません。買い取った事実は追跡調査できましたが、それをした彼の心情は、他人には見えませんから」

 なるほど、ルワナらしい言い方だ。

「でも、ジョルファさまが、そういう疑問をわたくしにぶつけて下さったことは、嬉しいと思います。これまでずっと、わたくしを敬遠していらしたでしょう?」

 そうだ。ルワナは、わたしの部下ではない。リザードが目をつけ、下部組織から引き抜いた女。

「わたしは、きみの過去を知らないからな。警戒して当然だろう」

 市民社会から誘拐され、売り飛ばされたのは本当でも、その後はあちこちの組織を渡り歩き、何十年も生き延びてきた。それだけで、したたかさは保証付きだ。もしも、わたしが何か大きな失策をしたら、わたしの後を引き継ぐのは、この女かもしれない。

「わたくしは《フェンリル》に引き抜かれて、安心しています。二流の組織と違って、内部抗争や、他組織の攻撃を心配しなくて済みますからね」

 確かに、リザードの統率力は群を抜いている。最高幹部会の信頼も厚い。《フェンリル》は安泰だろう。ルワナは花のようににっこりした。

「あとは、グリフィンさまの地位が安定することを願っていますわ。そうすれば、わたくしも落ち着けますもの」

   『ミッドナイト・ブルー グリフィン編』3章-1に続く

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