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恋愛SF『ミッドナイト・ブルー グリフィン編』13章 14章 15章-1

13章 シヴァ

「通話だ、向こうと話す!!」

 艦の管理システムにそう命じた。話せば、紅泉こうせんはわかってくれる。他でもない、従兄弟の俺が言うことなのだから。

 あいつはまだ、子供の頃と変わっていない。一緒に野原を走り、木に登り、川で泳いだ。竹刀で打ち合い、柔道の技をかけ合い、取っ組み合いの喧嘩もした。ほとんど、男同士の付き合いだった。だから、わかっている。悪気のない、単純な奴だと。そうだから、報われない〝正義の味方〟なんか、やっていられるんだ。

 だが、首筋でバチッと何かが弾けた。全身を走る衝撃。視野に白い点が飛び、平衡感覚が失われる。

 嘘だろう。この俺が、床にぶっ倒れるなどと。そんなこと、強烈な電撃を食らいでもしない限り……

 いや、食らったのだ。他ならぬ、リアンヌの手によって。

 ルワナも、リアンヌがスタンガンを手にして、俺に忍び寄るのを知っていて、黙っていた。いや、そもそも、誰がそんなものをリアンヌに渡したのだ。

「……ごめんなさい、シヴァ。許してね。これしかないの。わたしが投降するから、あなたは逃げて。わたしの部下たちを、どうか守ってね」

 リアンヌの顔が逆さになって、俺の視野に入る。身をかがめて、俺の口にキスしてから、すっと消える。

 ちょっと待て。勝手に決めるな。

 それは、俺を忘れるということだぞ。

 くそ、声が出ない。全身がしびれて、力が入らない。

「記憶を失くしても、あなたを愛していることは、永遠に変わらない。待っているから、迎えに来て」

 何だと?

「逮捕されて何年かすれば、当局の監視もゆるむはずだから。もう一度会えば、そこからまた、始められるでしょ。わたしがあなたを忘れていても、あなたが優しくしてくれたら、またあなたを愛せるから……」

 しかし、そんな必要はないんだ。今、紅泉に助けを求めることさえできたら。

「では、ジョルファさま、いいですか」

「いいわ、やって」

 ルワナめ、何を勝手に段取りつけている。リアンヌに、保管庫の薬物を打ったのか。倒れかかったリアンヌを、アンドロイド兵が支えて運び去った気配がわかる。おまえたち、手際がよすぎるぞ。

 うつ伏せになって這おうとしたが、まだぴくりとも動けない。くそ。電撃ごときで、この俺が。

「いいか、シヴァ、よく聞くんだ」

 ルワナが、仰向けに倒れたままの俺の横に膝をついた。一瞬、別人かと思ったほどだ。いつも上品な女が、やけに素っ気ない、まるで男のような口の利き方をする。

「時間がない。わたしの言うことを、その鈍い脳味噌にしっかり刻んでおけ」

 おい、その言い方。

 まるで、誰かみたいだぞ。おまえが女でなくて、しかも人間でなかったら。

「リアンヌの身柄は、心配ない。紅泉が、妊婦に手荒な真似をするはずはないからな」

 紅泉? これまでは、リリーというコード名でしか呼んでいなかっただろうが。なぜ、一族の中でしか使わない、あいつの本当の名前を知っているんだ。俺はリアンヌにだって、そこまでは教えていないぞ。

「リアンヌは逮捕されるが、いずれは刑を終えて、自由になれる」

 市民社会に、死刑はないからな。どんな重罪でも、社会から隔離されるだけだ。情状酌量されれば、隔離の年月も短縮される。

「だが、彼女を迎えに行ってはいけない。そのまま、市民社会に戻してやれ」

 何だと。

「元々、市民社会にいるはずの女だった。辺境に出たことが、そもそもの間違いだ。きみのことを忘れれば、市民社会で幸せになれる。だから、リアンヌのために、このまま別れろ」

 だが、リアンヌ本人が、俺に迎えを頼んだのに。せっかく、愛してくれる女と暮らせるはずだったのに。

 アンドロイド兵士が俺を床から引き起こし、抱き抱えた。ルワナはそれを、横で見ている。腕を組んで、目を細め、口許を引き締めて。

「わたしはここまでだ。ルワナとして、きみを守るつもりだったが、とうに最高幹部会に知られていたようだ」

 ああ!?

 ルワナとして、だと!?

 おい、もしかして、おまえ……

「わたしは、ショーティの分身の一人だ。何年か前に、本物のルワナとすり替わった。彼女がリザードの秘書に抜擢される前のことだ。本物は整形させて、安全な場所に逃がしたつもりだったが、捕まったのかもしれないな」

 ちょっと待て。話が急展開すぎる。茜の事件の後、ショーティがあれこれ悔やんで自分を更に進化させ、宇宙の彼方に自分の分身を送り出したのは事実だが。

 俺たちは、その分身たちとは、連絡を断っていた。行方を知らなければ、敵に捕まっても白状しようがない。彼らがそれぞれ、辺境の宇宙で生き延びてくれることを祈って、別れた。いつか合流できる日が来れば、その時は、強力な同志になってくれるはずだと信じて。

 俺がすんなりルワナに馴染んだのは、そういうわけか。服や食べ物の好みも、何もかも……あまりにも完璧な秘書だった。

「だが、シヴァ、きみは忘れるな。この絵図を描いたのは誰か、突き止めろ。それがおそらく、きみから茜を奪った犯人だ」

「――!?」

 唐突に、何を言っている。最高幹部会や、リザードでない犯人が、別にいるとでもいうのか!?

「茜は自殺ではない。おそらく、自殺を強いられただけだ。きみに、行動の動機を与えるために!!」

 おい、待て。聞き捨てならないことを。あの日、茜は自分で頭を吹き飛ばして……俺の顔を見る前に……あれが、あれが、茜の意志ではなかったとでも!?

 だが、兵士たちは手足の利かない俺を抱え、エレベーターの扉を閉めた。ルワナの姿が視野から消える。待ってくれ。まだ、聞きたいことが山ほどあるのに!!

 自由になろうともがいたが、まだ力が戻らない。兵たちの手で倉庫に運ばれ、何かのカプセルに押し込められた。蓋が閉ざされ、ロックされ、周囲から冷気が満ちてくる。手足の先から、凍り始めるようだ。

 まさか、冷凍睡眠カプセルじゃないだろうな。やめろ、眠ってる場合じゃないんだ!!


14章 ショーティ

 冷凍睡眠のカプセルは、当然、強化体であっても問答無用で眠らせることのできる仕様だ。あとは、船倉にある本物の小惑星にカプセルごと押し込んで、宇宙空間に放出すればいい。カプセルにぴったり合う分だけ、空洞が作られている。

 それが、この周辺の何十万という小惑星に紛れてしまえば、おいそれとは発見されない。紅泉こうせんたちが引き上げたら、リザードの捜索部隊に回収されるはず。

 リアンヌには気密防御服を着せて、先に放出した。タイムリミットぎりぎりで小転移をかければ、この艦隊が自爆しても、彼女に悪影響はない。発信機の電波を探知し、紅泉たちが拾ってくれるはずだ。

 この事態を予期していた最高幹部会なら、わたし用の小惑星を用意することもできたのに、それをしなかった。

 つまり、わたしには、ここで死ねということだ。

 人間の女のふりをしていたわたしは、確かに、紅泉に投降することはできない。自分の短期記憶を消したとしても、犬だった記憶は残る。そこから、シヴァがグリフィンだと知られてしまう。

 最高幹部会は、それを許さない。懸賞金制度は、始まったばかりなのだから。

(甘かったな、ショーティ)

 ルワナとの入れ替わりなど、とうに見抜かれていたのだ。人間のふりも、まだ甘かったのだろう。

 シヴァが伴侶と子供を得て、幸せになるのを見届けたかった。人類の進化と、宇宙の未来を見届けたかった。

 だが、あちこちに散った分身たちがいる。彼らが生き延びて、真の敵と戦ってくれることを期待しよう。

 船の管理システムに超空間転移と自爆を命じようとした時、目の前の通話画面が明るくなった。

「待て、死ぬ必要はない」

 呼びかけてきたのは、ぴんと耳を立てた大型犬だった。暗灰色の背中、白い腹、太い尻尾。つまり、わたしの元の姿。

 オリジナルのショーティか!?

 それとも、わたしのような分身の一体!?

 互いに独自の進化を果たすため、また、敵に一網打尽にされる危険を回避するため、誕生以来、他の分身たちとは連絡を絶っていた。だから、オリジナルから分かれた兄弟たちが、どこでどう生きているのか、知らないままでいた。

「装甲服を着て、手近の小惑星に取り付け。迎えを出す」

「だが、それでは紅泉たちに発見される……」

「対策済みだ。向こうの探知は回避できる。わたしに任せろ」

 このショーティは、全ての事情をわきまえているらしい。迷う時間はなかった。紅泉は本当に、十分の猶予しかくれないだろうから。

15章-1 探春たんしゅん

 司法局と軍の代表、最高議会の特別委員会との間で、何度も話し合いが行われた。

 大きな問題点は二つ。

 司法局が独自の判断をして、小島に軟禁されていた〝リリス〟をこっそり脱出させたこと。辺境に出た〝リリス〟が勝手に行動して、グリフィン捕獲作戦を実行したこと。

 マスコミに〝リリス〟帰還の情報を流したことが、吉と出た。違法強化体に特権を与えることを苦々しく思っていた議員が多く、司法局の独断を咎める声も高かったけれど、結果としては連邦市民の大半が、〝リリス〟を擁護してくれたのだ。

 ――他に誰が、これだけの活躍をしてくれる!?

 懸賞金制度がなくても、要人暗殺の危険は前からあったではないか。
〝リリス〟が脅威だからこそ、〝連合〟はこんなことを考えたのではないか。それならば、〝リリス〟の手足を縛ってどうする!?

 議論の結果、〝リリス〟の現場復帰が正式に認められた。特別委員会も、速攻でグリフィンらしき人物を捕えた、わたしたちの功績を評価したのだ。

 調査した結果、本物のグリフィンではないと判明したとしても、それに近い立場の人物ではあるはずだ。〝連合〟には、ある程度の打撃だっただろう……と見ることができる。

 市民社会中枢の指導者たちも、市民に対して、

『懸賞金制度を潰すため、司法局が積極的な決断をした』

 という言い訳ができるだろう。

「まあ、何とか収まったわね」

 ミギワ・クローデルが、深く息を吐いてから言う。わたしたちを軟禁場所からこっそり脱出させてくれたのは、彼女の計らいだ。渋っていた司法局長に、自分が全責任を負うと確約してくれたおかげ。

「冷や汗をかいたわよ。あなたたちが何らかの成果を上げて戻らなかったら、わたしも特捜部本部長の椅子にはいられなかったわね」

 ミギワの出世については、本人の実力もあるけれど、悪党狩りのハンターの功績に負う部分も大きい。紅泉こうせんは笑って応じた。

「あのまま逐電しても、よかったかな」

 そもそもは紅泉が、隠れ暮らすことに耐えきれず、行動させろ、とごねたから。ミギワは厳しい顔をした。

「冗談じゃないわよ。あなたたちには、司法局の看板を背負ってもらわなきゃならないんだから」

 それは仕方がない。紅泉が依然、やる気なんだもの。

「あたしに宣戦布告してくれたのは、向こうだからね」

 わたしの自慢の従姉妹は、サファイア・ブルーの瞳に、陽気な光を躍らせて言う。

「最高幹部会が〝リリス〟を評価してくれたのなら、こっちも張り切らないと!!」


   『ミッドナイト・ブルー グリフィン編』15章に続く

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