古典リメイク『レッド・レンズマン』2章-1
2章-1 クリス
「お呼びですか、ヘインズ司令?」
技術部との打ち合わせから戻ってくると、わたしは自分のオフィスを通り過ぎて、隣接する司令官室に入った。司令官に面会する者は、全て……レンズマンを除いてだけれど……補佐官のオフィスを通過する仕組みになっている。
銀河全域からの情報が集まる広いデスクには、銀髪に灰色の目の屈強なダンディが待ち構えていた。この銀河にわずか数十名しかいないグレー・レンズマンのうちでも、最古参の闘士。
「ああ、クリス、いや、マクドゥガル補佐官、きみに伝えることがある」
最高基地全体が、お祭りのような活気に包まれている時期だった。試作品であるブリタニア号が海賊退治に成功し、海賊船の技術情報を持ち帰ったので、技術部は海賊船の性能を超える新鋭艦の建造に忙殺されている。現場の艦長たちは、一日も早く新しい艦で出撃したいと、技術部を急き立てている。ブリタニア号のリックからは毎日のように、新たな海賊船を撃破し、海賊基地の手掛かりを得たとの報告が入ってくる。
これで海賊問題は先が見えた、あとは掃討戦にすぎないと、みんな浮かれているのだ。逮捕できたのは下っ端ばかりだし、突き止めたのは下級基地ばかりで、ボスコーンの中枢は、まだ霧の中だというのに。
「これが何だかわかるかね、マクドゥガル補佐官」
ヘインズ司令はわざとらしく、しかめ面のまま、一枚の紙切れをひらひらさせた。まずい、と思ったけれど、わたしもそれなりの修羅場をくぐってきた中堅だ。素知らぬ顔で返す。
「さあ、何でしょうか?」
「きみの勤務記録だよ。過去五年間に遡っての。これによると、この五年というもの、きみはまともな連続休暇を取っていないな」
「そんなことはありません。週に二日は休んでいますし、夏の休暇も新年の休暇も取りました」
「その、休んでいるはずの日に、兵器研究所を視察したり、負傷休暇中の兵たちを見舞ったり、現場の艦長や技術者たちと会合したりしているのは、一体何かね。政治集会に小学校の授業見学に、民間人との懇親会まである。新作映画の試写会もな。しかもあらゆる場所で、パトロール隊の活動についての広報を行っている!!」
まあ、よくも調べたわね。
「単なる趣味です。隊員ではなく、個人としての行動になっているはずです」
ヘインズ司令はびしりと、罪のない紙切れを机に叩きつけた。
「ああ、そうだろうとも。きみの趣味は仕事だ。しかし、部下の労務管理も、わたしの仕事のうちでね。知っているかもしれんが、わがパトロール隊では、隊員にまとまった休暇の取得を義務づけている。疲労が溜まっては、仕事の能率が落ちるからだ。視野が狭まり、新たな発想も生まれにくくなる。司令官付き補佐官だからといって、その義務を免れられるものではない」
いやだわ、ヘインズ司令。これまで、どんな無理難題も、わたしがいたからこそ乗り切れたという事実、無視するつもりね。
「お言葉ですが、閣下こそ、まともな休暇をいつお取りになりました? たしか六、七年前、奥様とご旅行に行かれたきりのような……」
少なくともレンズマンで、規定通りの休暇を取っている者など一人も……まあ人類では……いない。レンズマンには、大きな裁量権が与えられているからだ。任務上必要と本人が判断すれば、ぶっ通しで働き続けても誰にも止められない。やはりヘインズ司令は、澄まして言う。
「わたしとて、上司からの命令があれば、休暇を取るさ」
まああ。
「それは卑怯です。パトロール隊中でただお一人、上司のいないお立場じゃありませんか」
リックも独立レンズマンになった時点で、上司というものを失っているけれど。あの子はまあ、大きなことでは、ヘインズ司令や他の独立レンズマンに相談しているから。
「悔しかったら、きみもここまで出世するんだな」
何ですって。よくも言ってくれたわね。女はレンズマンにはなれない、だからどんなに出世しても、ここが限界だと知っているくせに。
「そこで、上司としてきみに命令する。向こう二か月、連続休暇を取りたまえ」
愕然とした。
「二か月ですって!!」
そんな馬鹿なこと。わたしが戻るまで、このオフィスはちゃんと機能しているだろうか。
ヘインズ司令は、最重要の大きな狙いは外さないけれど、細部までは考えられない人だ。大きな流れを滞りなく進めるため、細かな問題点を解決するのがわたしの職務。
そして、その細かな問題点というのは、毎日、無尽蔵に発生する。技術陣からの要望や一般人からの苦情処理、マスコミ対応、大小の作戦会議、予算の修正、人事の遣り繰り……それらがきちんと処理されていてこそ、戦闘で勝利できるのだ。
「ゆっくり旅行でもすることだ。その間、この最高基地に戻ってきてはいけない。他の基地に立ち寄ってもいけない。完全に、仕事を離れたバカンスにしたまえ!! きみは本来なら、優に二年分の有給休暇を溜め込んでいるんだぞ!!」
試しに、ちょっと逆らってみた。
「ボスコーンが完全に退治されたら、まとめて休みます」
せっかく今、新造艦をがんがん送り出して、海賊退治を徹底しようとしているところ。でも、ヘインズ司令は折れない。
「そうこうしているうちに、また次の問題が持ち上がるというわけだ。この件に関しては、抗議は受け付けない。海賊退治は、既に先が見えた。三十分で引き継ぎを済ませ、オフィスから出たまえ。ここを出るための船を待たせてあるから、それに乗ることだ。出航は三十分後だからな!!」
わたしが唖然としていると、銀髪のハンサムはにやりと笑う。
「心配するな。〝鬼のクリス〟がいなくても、みんなちゃんと働くさ。きみが戻ってきた時、首を絞められるのはごめんだからな」
***
三十分後、わたしは最高基地を離れる小型輸送船の中にいた。最寄り惑星の民間宙港で、民間の客船に乗り換えるための特別便だ。乗客はわたし一人だけ!!
他の補佐官たちや、直属の部下たちへの連絡調整を優先にしたので、まだ制服を着替える暇がなく、階級章や勲章の付いた濃紺のスーツのまま。この格好で民間の港に降り立ったら、たちまちマスコミの餌食にされてしまう。これまで何百回も、ヘインズ司令の代理として記者会見をやってきた結果、わたしの顔は知られすぎているのだ。
わたしが冴えない顔をして、一人で客船に乗ったりしたら、
『ヘインズ司令、マクドゥガル補佐官を更迭か』
なんてニュースになりかねない。
それともまさか、本当の更迭なんじゃないでしょうね……休暇が終わって司令部に戻ったら、わたしのオフィスは新人に取られていて、わたしは下級基地の司令官職に飛ばされるとか?
仕事で大きな失敗をしたことはないと思うけれど(一時的な失敗や間違いはあっても、後でちゃんと挽回しているつもり!!)、ヘインズ司令に煙たがられた事実は……そうね……たくさんあるかも。
レンズマン同士の会話に出しゃばって口をはさんだり、司令の考えに反対したり、レンズマン秘の情報を知ろうとしたり……あいつは司令部から遠ざけた方がやり易い、と思われたのかも……
ああもう、落ち込んできたわ。なぜ今、強制休暇なの。
わたし、そんなに口うるさくて、傲慢な仕切り屋だった? いいえ、必要なことを、必要なタイミングでしてきただけのはず。男なら、このくらい強気で当たり前でしょう。それが女だと、すぐさま鬼呼ばわり!!
がっくりしたまま、堅苦しい上着を脱いだ。その下は白いシャツブラウスと濃紺のタイトスカートだから、多少はまし。最低限の身の回り品を詰めた旅行鞄を持ってはいるけれど(急な出張のため、常にオフィスに置いてある)、休暇らしい華やかな服は入っていない。
ひらひらした服を買って、サングラスでもかけて、変装した方がよさそう。この赤毛を隠す帽子をすっぽりかぶれば、きっと大丈夫。
それでもマスコミに発見されてしまったら、休暇だと答えるしかない。海賊退治に目鼻がついたので、絶好の機会だからと。
そうね。そうすれば、民間人に安心感が広がるわ。とすると、こそこそせず、派手に振る舞った方がいいのかしら。
それにしても、どこへ行けばいいのだろう。
故郷の家にはもう、誰もいない。両親はとうに死んでいるし、唯一の弟は、宇宙のどこかで海賊退治。四人の祖父母のうち、存命の三人を訪ねることはできるけれど……会えばすぐ、お見合いを勧められてしまうのがわかりきっている。
お祖母さまたち、わたしの顔さえ見れば、早く曾孫を見せてくれという懇願だもの……ああ……お見合いなんかしたって、断られるのは見えているのに。
誰がわざわざ〝鬼〟なんかと結婚したがるのよ。興味本位で見合いの席に来た男なんか、結局は、みんな逃げていったじゃないの。
わたしが男嫌いなんじゃなくて、男たちが〝きつい女〟を嫌うだけなのよ!! だからといって、〝控えめな女〟のふりなんかできますか!!
そこへ、陽気な通話が入った。
「ハイ、クリス。司令閣下に強制休暇をくらったんですってね」
「やあだ、やっぱり潮垂れてるわ。辛気くさい」
二分割された通話画面の向こうでにやにやしているのは、同期入隊のベスとアマンダだった。ベスは小麦色の肌の金髪美人、アマンダは褐色肌の黒髪美人。二人とも有能で、それぞれに昇進しているけれど、いまだ独身のまま。ただし恋人は、いたりいなかったり、時期による。
「なんで知ってるのよ」
「あら、もう基地中の噂よ。〝鬼のクリス〟が長期休暇だなんて、天変地異の前触れじゃないかって」
「うそうそ。みんな安心してるわ。あなたが司令部を離れるくらいなら、海賊一掃は確実なんだろうって」
ああ、それならよかった。実際にはまだ根気強い掃討戦が必要なのだけれど、勝利は確実という、明るい空気が世界に広まるのなら。
「それで、わたしたちも休暇を取ることにするから、一緒に旅行しない?」
驚いた。ヘインズ司令が、ここまで手を回していたなんて。たぶん、わたし一人では、未練がましくどこかの視察にうろつくと思ったのだろう。
「わたしたちも、休暇が溜まってるのよ。あなたほどじゃないけどね。どうせなら、パーッと派手に遊びましょ」
「殿方をナンパするにも、グループ同士の方がやりやすいしね」
まあ、それならそれでいいかもしれない。わたし一人では、時間潰しに苦労しそうだから。
「二人とも、どこか目当てはあるの?」
「もちろん地球よ、地球に行きましょ」
ああ、人類の故郷、新婚旅行のメッカ。最高基地があるこの星系からは、二日ばかりの船旅になる。
「ほら、今ってレンズマンの卒業時期なのよ」
「うまくしたら、若いレンズマンとお近づきになれるかもしれないでしょ」
思わず、友情を疑いかけた。
「そういう、不純な動機!?」
人類社会のレンズマン養成所は、地球のオーストラリア大陸にある。各星から選抜された若者たちが、五年間の訓練を終えて、卒業式を迎えるのもそこだ。
「クリスったら!! これ以上、純粋な動機はないわよ!!」
べスは怒ったふりをする。アマンダは澄ましてのたまう。
「女にとって、子供の父親になる男を探すのは、大事なことでしょ。人生最大の重要事と言ってもいいわ」
「何も、結婚してくれと頼むわけじゃないわ。精子の一滴でいいんだから」
とベスは人差し指を振る。アマンダはにんまりして言う。
「子供さえ出来たら、育てるのはこっちでやるわよ、喜んで」
思わず、こちらがひるんでしまう。
「えーと、あなたたち、一回り以上も年下の男の子を、本気で狙っているわけ?」
わたしたちはもう、三十代半ば。新たに卒業する若いレンズマンたちは、だいたい二十二、三歳。
この時期、彼らをものにしようとする若い娘たちが、養成所周辺の町に集まることも知っている。
ことに新レンズマンを兄弟に持つ娘たちは、家族として卒業式後のパーティに招かれるから、そこで優秀な伴侶を得ようと、必死になって美容に励み、ドレスアップする。女はレンズマンにはなれないけれど、レンズマンになる息子を産むことはできるから。
そういう競争なら、勝ち目があるのは、どうしたって若い娘に決まっている。
「別にレンズマンじゃなくてもいいけど、若い男の子の方が精子も元気でしょ。わたしはまだ、子供を持つ夢をあきらめていませんからね」
「どうせなら、最高の子種が欲しいと思ってもいいでしょ」
わたしは降参の印に、両手を上げた。
「はいはい、わかりました……地球に行くわよ、喜んで」
「じゃあ、客船ターミナルで合流ね」
「こっちも引継ぎを済ませて、すぐ行くから」
水を差す気はないけれど、彼女たちの野望が叶うことは、たぶん、ない。若いレンズマンたちは、早く一人前の戦士になろうとして燃えているから、モテて有頂天になるのは卒業式前後のことだけで、すぐ頭を切り替え、任務に飛び立ってしまう。弟のリックだって、滅多に連絡もしてきやしない。
ああ、そうだわ。改めて、リックをけしかけてやらなくちゃ。海賊退治も先が見えたのに、いつまでべルを待たせておくつもりかと。これについてはヘインズ司令もウォーゼルも、みんな意見が一致しているのだから。
『レッド・レンズマン』2章-2へ続く
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